第五十一話 Calling
真貴が千年前に戻ると決断した翌日、知佳は、結衣、真貴、二人に語り掛ける
「結衣と真貴とが一緒に過ごした日々は、ずっと結衣と真貴のものだよ」
翌朝、結衣も真貴も朝食には現れなかった。
真貴は昼少し前に母屋の台所に顔を出した。「すみません。起きられませんでした」とだけ言って、昼食を食べ、自室に戻った。結衣は、昼過ぎに起き出して、少しだけ食事を取り、部屋に戻った。
美和子と圭が心配して、声をかけに行こうとしたところを義弘が止めた。義弘は「あとで、詳しい話をするから」と言って、しばらく二人にかまわないように指示した。
重たい沈黙の昼食が終わると、義弘は美和子、義人、圭を集め、昨晩の出来事を話した。美和子は少し涙ぐみ何度もうなずいた。義人は腕を組み下を向いていた。圭は義人の肩に自分の手を添え、義人の顔を見つめていた。
義弘が言った。
「私だけじゃなく、皆も、少しずつこうなる予感があったのではないかと思う。来るべき日が来てしまったと腹を括るしかない。こうなった以上、来年の六月十二日に向けて、準備を進める」
義人が尋ねた。
「叔父さん、叔母さん、それに昌平と知佳には連絡したのですか?」
「午前中に、メールで連絡したよ。仁と礼司は明後日来る。昌平は『了解』、知佳は結衣と真貴の様子を聞いてきたよ。二人とも元気をなくし、お互い声もかけられないでいると伝えたところ、私が話してみるとの返事が返ってきたところだ」
圭が言った。
「たしかに、結衣と真貴に声をかけるのは知佳に任せるのがいいと思います」
美和子が続けた。
「そうね、ほんとうに妹たち思いのやさしい子ですから」
その日の夕方、結衣のスマートフォンに知佳から『二十一時ごろ、二人で話そう』と連絡が入った。結衣は早々に夕食を切り上げ、自分の部屋で知佳からの連絡をじっと待った。部屋の明かりをつけないままじっと待っていると、二十一時五分に知佳からの連絡が入った。
「もしもし、結衣。大丈夫?」
「姉ちゃん……真貴ちゃんがね、千年前に戻るっていうんだよ」
「うん、じいちゃんから話は聞いたよ」
「もしかして……姉ちゃんも、真貴ちゃんが千年前に戻るかも知れないって、前から知っていたの?」
「ごめんね、結衣。姉ちゃんは四年前に教えてもらったんだ。その時に、じいちゃんが真貴と結衣には伝えないことに決めたんだ」
「なんで、私には教えてくれなかったの?」
「だって、結衣は真貴のいちばんの親友じゃない。結衣が知ったら、真貴はすぐに気づくことになったんじゃないの?」
「……」
「じいちゃんはね、もし真貴がこの時代で幸せに生きていけるなら、それが一番だってずっと願ってたんだよ。でも同時に、戻る日が来たときのために準備してた」
「準備って……姉ちゃんも?」
「うん。真貴が強くなれるようにって協力してきた」
「兄ちゃんも?」
「そう。詳しくは知らないけど、兄ちゃんは真貴がどうして現代に来られたのか、どうすれば戻れるのかを研究してた」
「……でも私、どうしてもわからない。なんで真貴ちゃんは、自分を生贄にした村の人たちのために、また命を懸けようって思えるの?もう関係ないじゃん」
「それは真貴にしかわからないよ。でもさ、もし私が同じ立場なら……自分が犠牲になったことで本当に村が救われたのか、気になると思う。もしまた危なくなるなら、何かできないかって考えるんじゃないかな」
「また危なくなるって?」
「贄を捧げても村の窮状は変わらないでしょう。そして伝説通りなら、蜘蛛の怪物が村を襲うことになる」
「……でも、なぜ、真貴ちゃんは命を懸けて怪物と戦わなくてはならないの?逃げてはいけないの?自分の幸せを大事にしてはいけないの?そもそも“使命”って、なんなのよ?」
「結衣……幸せって、安全な場所で心穏やかに過ごすこととは限らないんだよ」
「……じゃあ、なに?」
「例えば、姉ちゃんは国際医療団にいて、正直めちゃくちゃ辛い現場とか危ない現場にも行く。でもそこには、助けを待ってる人がいる。そういう人を一人でも救うこと、それが姉ちゃんの幸せなんだよ」
「……姉ちゃんにとっては、それが使命ってこと?」
「そう。英語なら“mission”、でもね、もうひとつ言い方がある。“calling”」
「呼び出し……?」
「うん。神さまからの呼び出し。……神様に呼ばれたら、応えたくなるでしょ?」
「……少しわかった。でも、やはり、いやだ。姉ちゃんは時々帰ってきてくれるし、電話で話もできる。真貴ちゃんが千年前に戻ったら、もう二度と会えないし、話もできなくなるんだよ」
「そうね、とても寂しいし悲しいよね。でも、人は出会った人とは必ず別れが来るの。それは友達でも家族でも一緒だよ」
「そんなことわかってる、でも……」
「あのね、もう二度と会えなくなっても、ほんとうに大事な人は自分の一部として、ずっと一緒に生き続けるんだよ」
「ずっと一緒に生き続ける……」
「結衣と真貴とが一緒に過ごした日々は、ずっと結衣と真貴のものだよ」
結衣は思い出した。母屋の座敷で心細そうにしていた白装束の真貴を、一緒に学校に通っていたキラキラした日々を、夏の中学の教室で遠くを見ていた真貴を――そして祖父の前で使命を語った真貴を。
胸が熱くなり涙が溢れ嗚咽が込み上げてきた。
「結衣、泣かないで。真貴が龍神様の呼びかけに応えようとしているんだ。親友はどうしたらいいかな?」
真貴はこの日、一日を鬱々と過ごした。結局、結衣とはできるだけで会わないようにし、一言も話さなかった。美和子、義人、圭とも話しづらく、最小限の会話しかしなかった。
ほとんど黙ったまま夕食を食べ、自室に籠ったが、これからどうすればいいのか途方に暮れてしまった。
午前零時近くなり、眠れないでいると電話が入った。知佳からだった。
「真貴、おじいちゃんから聞いたよ。大丈夫?」
「お姉さま……心配をおかけし、申し訳ありません」
「うん、心配してる。真貴のことだから、一人で悩んでいるんじゃないかってね」
「……はい、そのとおりです」
「もしかして真貴は結衣や家族を裏切ったような後ろめたい気持ちになっているんじゃない?」
「はい……」
「家族は誰も真貴が裏切ったなんて考えていないよ。皆、心配はしてる。そりゃ、とてつもない道を選んだんだから、当然だよ。でも、反対はしていない。応援している。真貴は自分が選んだ道を堂々と進めばいいんだよ」
「でも、結衣ちゃんは『いかないで』って……」
「結衣はそう言うよね。真貴のことが大好きでずっと一緒と思っていたから。結衣にも言ったんだけど、いつか必ず別れは来る。でも、終わりじゃない。二人が一緒に過ごした日々は、ずっと二人のものだよ」
真貴は結衣の龍口家ではじめて会ったとき自分を抱きしめてくれた泣き顔を、昨晩、両肩をつかみ「いかないで」と叫んだ悲しそうな顔を思い出した。
「真貴、ちょっと勇気がいるけど、明日の朝、結衣に『おはよう』って声かけてごらん。きっと上手くいく。来年の六月まで、友情と思い出を積み増す時間はあるんだから」
「お姉さま、ありがとうございます」
「六月までには、私も必ず帰る。私の一番弟子に最後の稽古をつけなくっちゃね」
佐間は高原の町なので、昼間は三十度近くあった気温も夜には二十度くらいまで下がる。秋の虫が鳴き始めていた。夜空には、千年前からと変わらず南北に天の川が横たわり、夏の大三角形がよく見えた。
知佳は真貴に言った
「私の一番弟子に最後の稽古をつけなくっちゃね」




