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第五十話 託されていたもの

湯多神社の例祭の夜、真貴は義弘のもとを訪ねる

「私には使命があるのではないでしょうか?」

 龍口家では、湯多神社の神楽を鑑賞した後、大人たちが居間に集まりアルコールを楽しむのが慣例になっていた。しかし今年は、昌平、知佳は海外におり、仁、礼司も来ることがなかったので、祭りの後、静かな夜を迎えていた。


 真貴は自室でひとり考えていた。窓の外では夏の虫の音が盛んであった。

『やはり、今日、確かめなくてはならない』


 真貴は、義弘の書斎へと行ってみた。書斎の戸の隙間から細い光が廊下に漏れていた。

「おじい様、真貴です。お疲れのところ申し訳ありませんが、いいでしょうか?」

 少しあって、義弘の声が聞こえた。

「入りなさい」

 真貴が書斎に入ると、義弘は椅子に座り机の方を向いていたが、デスクライトは消されていた。義弘はゆっくり振り返り、真貴にソファをすすめた。

「かけなさい」

 真貴が腰を下ろすと義弘が言った。

「こちらに座ったままでいいかな?ソファに深く座ると腰が痛くなるのでね」

「お加減がよくないところ申し訳ありません。おじい様、話を聞いていただきたくて参りました」

 義弘が無言でうなずいた。


「九年前、龍の洞から今の世にたどり着いた私を、龍口家の子どもとして育てていただいたご恩はけっして忘れません。ほんとうにありがとうございました」

 義弘は真貴の顔を見るのが辛かった。真貴はつづけた。

「つい先ごろまで、私は看護師になって、そのうち結婚して子どもを持つ……と思っていました。ただ、龍神様がなぜ生贄の私を千年先の世界に送り込んだのか、私はどうしたらいいのかとの思いがいつも心の奥にありました」

 真貴がこの言葉を口にしたのは、一度や二度ではなかったことを義弘は思い出した。

「三日前、私は、留学生のイェイェさんの話をお聞きしました」

 やはり、あのミャンマーの子の出現は啓示だったか、と義弘は思った。

「彼女の故郷は荒廃し、多くの家族を亡くしています。なんとかこの地にたどり着き、言葉を覚え技術を身に着けようとしています。このまま、この地で幸せになろうと思えばなれる。私となんら変わるところはありません」


 話している真貴の眼に強い光が宿っていた。

「しかし彼女ははっきり言いました。わが身、わが心はこの地に属していない。私のいるべき場所はあの貧しい村だと。龍の一族として村を救うと。……私は彼女の言葉に貫かれました。そして龍神様に命ぜられていたものが分かったように思います」


 やはり真貴は気が付いてしまった、と義弘は思った。

「私はこの時代に属していない、私のいるべき時はあの千年前の日々だと。龍神に選ばれた者として、かの地に戻り、村を救うのが私の使命ではないでしょうか?」


 結衣は帰宅して新居の自室に戻った後、この数日の真貴の様子を思い出していた。真貴は「自分の考えを整理できてから話す」と言っていたが、結衣は、それでは遅いのではないかと思いはじめていた。真貴が決心したら翻すことはないことを結衣はよく知っている。

『今夜のうちに話そう』

 結衣は母屋の真貴の部屋を訪ねたが、部屋の電気は消え、ノックしても返事がなかった。母屋の奥、祖父の書斎のある方に、人の気配があった。そっと近づいてみると、祖父と真貴が話しているのが聞こえてきた。


「私は、生贄の洞から今の世にたどり着いたことも不思議でしたが、さらに不思議なことに、今の世で私を待っていてくれた人たちがいました。幼くか弱かった私は、何不自由なく、生きて行くことができました。少しずつ賢く、強くなることができました。まるで龍神様がすべてを見通して使命を果たせる用意されていたかのように思えました」


 真貴は一度、言葉を切った。そして意を決して尋ねた。

「おじい様……おじい様はもしかしてすべてをご存じなのではないでしょうか?私の果たすべき使命を、そして千年前のあの村に戻る方法を?」


 核心を突く質問だった。それでも義弘はあえて尋ねてみた。

「……真貴、私はお前に幸せになってほしい。この時代にいても弱い人のために尽くすことはできるぞ」

 思った通り、真貴はひるまなかった。

「それも考えました。でも私は使命を知りながら背を向けることはできません。いつか死を迎えるとき『やるべきことを、できる限りやり切った』と思いたいのです。お願いします。おじい様、教えてください」

 義弘は、もはや隠し通せないと観念した。


「真貴、覚えているか、龍口家の言い伝えを?」

「覚えています。『千年の後の世に至りて、龍神の御心に適ひし童女、龍の洞に現れ出づべし。一族の寶として崇むべし。恭しく迎へ奉り、慎みて仕ふべし』です」

義弘は静かにうなずいた。

「――じつは、それには続きがある」

 義弘の声は低く、しかし確かだった。

「其の童女、十とせの久しき時をこの地にて過ごし、学びを積まん。その後、千載の昔へと還り、龍神の御巫となりて顕れ、里に降りし禍ひを祓ひ、民を救はん」


 真貴は息を呑んだ。

「……そうだったのですね。すべてのことが胸に落ちました。……どうすれば千年前に戻ることができるのでしょうか?教えてください」


 いきなりドアが開いて結衣が入ってきて、義弘と真貴の間に割り込んだ。

「おじいちゃん!教えちゃだめ!真貴がいなくなっちゃう」

 結衣は、真貴の両肩をつかんだ。

「真貴ちゃん、いかないで。無事に戻れるかどうかもわからない、戻れても生きて行けるかわからない。そんなことしないで、私と一緒に、この時代を生きて行こう」

「結衣ちゃん、ありがとう。でも私……」

「おじいちゃん、ひどいよ。私に秘密にしていたのね。なんでこんな大事なことを……」

「すまない、結衣。お前に教えれば、真貴は気づいてしまうだろう。私は、真貴に宿命を押し付けたくなかった。できれば、この時代で私たちと一緒に幸せになってほしかったんだ」

 結衣は懸命に言葉をつづけた。

「……真貴ちゃん、我が家の言い伝えなんてどうでもいい!真貴ちゃんは一度は生贄として村のために命を捧げたんじゃない!なんで、二度も命を捧げなくちゃいけないの!?もう、そんなことしないで!」


 真貴は黙って下を向いていた。少しの沈黙の後、義弘が言った。

「結衣、使命を果たすことができる人は限られているんだ。神はそういう人を選んで使命を与える。お前のお父さんが、町長になろうと決意したときのことを思い出してごらん。あのとき、お父さんに替われる人がいたと思うかな?」

 結衣は何か言いかけたが、真貴の肩にかけていた手を離し、床にひざから落ちた。


「真貴、戻れる可能性がある日は来年の六月十二日、正午だ。その日は皆既日食の日だ。昌平が調べてくれた。無事に戻れることを保証できるわけではないが、最も可能性がある日時だ。言い伝えとも一致する」

「……おじい様、ありがとうございます。すべての準備を整えていてくださったのですね」


 義弘の目は涙で潤んでいた。その表情は穏やかだった。

「今、分った……龍神様に預かった子を、賢く、強く育み、龍神様にお返しする。それが私に託された使命だったんだよ。……私は龍神様に託された務めを果たせそうだ。安心して目を閉じられる」


 結衣が振り返り義弘を見た。両の頬が涙で濡れていた。

「おじいちゃん!おじいちゃんまでどこかに行くの?」

 そのまま結衣は真貴に向き直り、真貴のひざを両手でつかみ顔を寄せた。

「真貴ちゃん、思い直して!私たち“ともでやから”でしょ。ずっとずっと親友でいようよ!」

 真貴が結衣の両肩に、そっと手を乗せた。 

「結衣ちゃん、私たちはずっと親友です。離ればなれになっても“ともでやから”です。行かせてください。お願いです」

「……いやだ……そんなのいやだーっ!」

大泣きする結衣を真貴はしっかり抱きしめた。


ついに真貴はすべての伝承を知った

私は……どうすれば千年前に戻ることができるのでしょうか?教えてください

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