第四十九話 使命を果たす道
例祭の日が来た
真貴は”龍神の巫女”を舞う
結衣は八月十日の夕方、龍口家に帰省した。結衣が通う同立舎大学は京都の真ん中に位置する。覚悟はしていたものの京都の夏の暑さは耐えがたかった。
真貴の神楽の練習があったため、夕食はやや遅い時間になったが、このところ帰宅が遅くなっていた義人も間に合い、久々に家族そろっての食事をすることができた。結衣は京都での生活を報告していた。
「だから、京都の暑さはただごとじゃないの。昼間に構内を歩いていると、肺の中にまで熱気が入り込むの。そんな中で一日過ごして、夕方アパートに戻るともうぐったり」
圭が言った。
「そういう話はよく聞くわよね。でも、なんで桓武天皇はあの場所を都に選んだんでしょうね?」
「まったく何考えてたんだろうね?」
結衣には、義弘と美和子は結衣のおしゃべりを楽しく聞いているのが分かったが、真貴の様子が不安だった。いつもより反応が薄く、表情が冴えなかった。どうしようかと一瞬迷ったが、さらっと聞いてみることにした。
「真貴ちゃん、大丈夫?元気ないような気がするけど……」
「結衣ちゃん、ありがとう。学校でちょっと心配な友達がいて気になっていて……。それとお神楽の練習の疲れが出たのかもしれません」
「そうだったね。今年は真貴の“龍神の巫女”が見れるんだよね。すごく楽しみ」
義人が言った。
「真貴、体調がよくなかったらすぐに休んでくれよ。写真の件は嫌だったら断るよ」
「お気遣いありがとうございます。体調は大丈夫です」
結衣が尋ねた。
「お父さん、写真て何?」
義人の前に義弘が答えた。
「結衣は井桁さんを覚えているかな?」
「おじいちゃんの昔の剣道仲間で、黄金の太刀を再現するって言ってた?」
「そう、その黄金の太刀が完成して、今年の例祭の時に奉納されるんだ。井桁さんは社内報で報告するため、神楽の衣装を着た真貴が黄金の太刀を佩いている写真を希望していてね」
義人が続けた。
「その奉納の話が町役場の方にも伝わってね、歴史的価値があって話題性のある話なら町の広報にも写真を載せようということになったんだ。観光誘致に使う話もあるみたいでね……。私は太刀の写真のつもりだったんだけど、龍神の巫女が佩いていないとインパクトがないって話になってね」
結衣が答えた。
「すごいね、黄金の太刀!でも、真貴ちゃんはいいの?周りに押し切られたんじゃない?」
「そんなことはありません。おじい様やおばあ様からも写真を楽しみにしているとおっしゃっていただいて、嬉しいです」
「そか……うん、わかった。私も楽しみ!」
真貴は夕食の後、部屋に戻り一人で考え込んでいた。
真貴は、今抱えていることを誰かに相談したいと思っていた。九年間、最も長い時間を一緒に過ごした結衣は、真貴が何かを抱え込んだことに気が付いたことだろう。相談相手として、自分のことを最もわかってくれて親身になってくれるのは、間違いなく結衣だ。しかし、この問題は結衣と分かち合える種類の問題ではない。
もしかしたら、自分が使命だと考えているものは、ひとりよがりかもしれない。そうであってほしい。もし使命などなければ、今の世の佐間で穏やかに暮らしていける。しかし、使命があるのなら、それに背を向けて生きて行く自分を許せるだろうか?
真貴は自分の衣類を仕舞ってある箪笥の引き出しを開けた。いくつかの衣類の下から、千年前に生贄として纏った白装束を出してみた。今の時代の布と比べると、糸も織目も不揃いで、少し粗い手触りがする。千年前、自分は自らの意思で生贄となり、今の世にたどり着いた。あの時からずっと、龍神様が何故、自分をこの世界に送り込んだのか、託された使命があるのではと考えてきた。
『確かめなければならない』
真貴は、白装束を仕舞った。
例祭の日、八月十二日が来た。青空のところどころに積雲が浮き、朝から蝉の声がかしましかった。
午後から町の写真館で、真貴は神楽の“龍神の巫女”の衣装に着替え撮影に臨んだ。富士野株式会社会長の井桁高久は会社の広報のスタッフを従え、桐箱に収めた黄金の太刀をもって現れた。佐間町役場の広報係も現れた。美和子が付き添い、着付けを手伝ってくれたが、カメラマン以外にもメイクやヘアのスタッフもやってきて、撮影は本格的なものになった。
一時間ほどかけて撮影が終わると、井桁と会社の広報スタッフは、黄金の太刀を奉じて参進し、奉納の式に臨むため湯多神社へ向かった。
真貴がいったん龍口家に戻り休憩をしていると、結衣がかき氷を持って来た。
「真貴ちゃん、『削り氷』だよ。一緒に食べよう」
「ありがとう、結衣ちゃん」
かき氷を食べながら結衣が言った。
「真貴ちゃん、大丈夫?やはり、昨日の真貴ちゃんはいつもとは違ってたよ。真貴ちゃんは、周りのことを優先して一人で頑張るようなところがあるから心配してるのよ」
「結衣ちゃん、心配かけてごめんね……やはり、結衣ちゃんは私のことをよくわかってる。今、いろいろ考えていることがあるんだけど、もう少し待って。自分の考えを整理しているところだから……」
「じゃあ待つよ。でも、話したくなったら、いつでもいいから話してよ」
「うん……ありがとう」
二人はかき氷を食べ終わると、新茶をいれた。ややぬるめのお湯でゆっくり時間をかけてだしたお茶は風味が立ち夏の香りがした。障子越しの光が少しずつ黄金色に変わり始めていた。
今年の湯多神社の例祭は、第二次世界大戦の際に失われた黄金の太刀の復元品が奉納されるというイベントに加え、前年の秋、小昏鹿島神社で見事な流鏑馬を奉納した望月真貴が“龍神の巫女”を舞うという話題も加わり、ローカルテレビ局までもがスタッフを送り込んで来る盛大なものになった。
例祭での神楽の奉納は、十八時半から始まる。真貴は早めに夕食を済ませ、十七時過ぎには控えの間に入った。西の空が徐々に夕焼けに染まっていった。時間になると祝詞が奏上され、奉納が始まった。
神楽は全五曲奉納されるが、真貴が舞う“龍神の巫女”は四曲目である。龍口家の義弘、美和子、義人、圭、そして結衣も観客席に居並んだ。
三曲目の「水継の舞」が終わるころには、あたりはすっかり暗くなり、篝火が舞台を照らすようになった。三曲目の舞手が捌け、真貴が舞台袖に現れると、観衆のざわめきが小さくなっていった。
真貴は左手で佩いた舞用の黄金の太刀の柄を軽く握り、右手に扇をもって舞台中央にすり足で進み静止した。顔を少し俯かせ、ゆっくり息を整える。観衆のざわめきが消え、篝火の爆ぜる音が聞こえてきた。
真貴の気が満ちるのを待っていたかのように篳篥の鋭い音が響いた。真貴はゆっくりと顔を上げて、扇を、扇を胸の高さに捧げ持った。
真貴はふと気が付いた。
『今、私は千年前のあの村に立った』
結衣は真貴が心配だった。昨晩は、何かをずっと考え込んでいる風であった。笑顔で振るまってはいたが、結衣は、真貴の千年前から来たばかりの頃の不安を感じる表情を思い出していた。
舞台中央に真貴が現れた。これまで見たことのない表情をしていた。会場が静まり、緊張感が最高に達したとき、舞が始まった。
真貴はすり足で動き出し、ゆっくり舞台を回る。篳篥に和太鼓と龍笛とが加わった。
『遠くから災いが近づいてくる』
真貴は、贄に立った日の村人たちの表情を思い出した。抗えない猛威にさらされ、龍神様に縋るしかない目が真貴を見つめていた。
義弘は、真貴の舞を見ながら、来るべき時が近づきつつあると感じていた。昌平は答えようがないと思われたタイムスリップの要件に答を出した。真貴は流鏑馬で奇跡のような騎射を見せた。ミャンマーのパオ族、龍の一族だという少女を佐間看護学校が受け入れたと聞いた。
大太鼓の音が短く、激しく響く。真貴は右手の扇を放ち、太刀を抜いた。
『ついに災厄が姿を現した』
大太鼓の音が大きく響き舞は佳境に入る。大蜘蛛の八本の脚を切り落とすため真貴は太刀を八方へ祓うように太刀を振るった。
そして、すべての音が止まった。
真貴は一呼吸で息を整え、太刀の柄尻を左手で握り左腕をまっすぐ伸ばし、大蜘蛛の喉を突いた。すぐに両手に持ち換えて太刀を大きく払い大蜘蛛の頭を切り落とした。
龍笛が穏やかに響き戦いの終わりを告げた。真貴は太刀を鞘に納め顔を上げた。
義弘には、いま目にしている真貴は、もはや数日前までの真貴ではないと分かった。真貴はついに使命に気が付いたのかもしれない。
舞い終わり、観衆に礼をしている真貴の耳に、流鏑馬のときの祝詞がこだました。
「この奉納の矢は、邪を祓ひ、道を拓く祈りをこめて捧げ奉るものなり。
願はくは、この地に安寧と豊穣を授け給ひ、氏子らが営みを守り導き給へ。
また奉仕の者の身魂を清め、その使命を果たす道を、照らし給へ」
真貴には使命を果たす道がいま確かに照らされたと感じた。
真貴は自分の使命に向き合う覚悟を決めた




