第四十七話 黄金の太刀、再び
湯多神社の例祭を前に富士野株式会社会長の井桁が龍口家に来た
井桁は黄金の太刀の再現を完成させていた
真貴の通う三年制看護学校の夏休みは八月から始まる。京都の同立舎大学に行った結衣の夏休みは七月半ばから始まったが、結衣は入学後に参加したサークルの合宿や旅行に行くということで、帰省は八月の二週目になるという連絡があった。
八月二日、龍口義弘に来客があった。真貴がお茶と菓子を盆に載せて座敷に行くと、義弘の大学時代からの剣道仲間で富士野株式会社会長の井桁高久が義弘と向かい合って座り、談笑していた。真貴は膝をついて、お茶と菓子を井桁と義弘の前に置き、お辞儀をして下がろうとすると、井桁が声をかけてきた。
「ありがとう。望月真貴さんだね。高校選手権での活躍をネットで見せてもらったよ」
真貴は二年前の高校二年生の時、決勝戦で惜しくも敗れたものの、全国二位となっていた。
「いやー、あれは惜しかった。でも二年生で全国二位は初めてじゃないかな?」
「ありがとうございます」
「そして、つい先ほど龍口君に見せてもらったのだが、昨年の流鏑馬、素晴らしかったよ」
気が付くと、義弘の膝にはタブレット端末が置いてあり、どうやらこれで、真貴の動画を紹介したらしかった。義弘が真貴を見て、小さくうなずいた。真貴は井桁に小さく礼をして言った。
「ありがとうございます」
今度は義弘から声がかかった。
「真貴、三年前の黄金の太刀の話を覚えているか?」
三年前、井桁は日本軍が持ち去り行方不明になった湯多神社の黄金の太刀の再現に挑んでいるという話をしていた。
「はい、覚えています」
義弘は井桁と目を合わせた。井桁が小さくうなずいた。そして言った。
「完成したんだよ。今ここに持ってきている」
井桁の傍らの畳の上には、縦長い桐箱が置いてあった。
「井桁君は次の湯多神社の例祭で奉納できるように、今日、持ってきてくれたんだ」
「ちょうど望月さんもいることだ。早速、二人に見てもらおう」
「私も拝見していいんでしょうか?」
「もちろんだとも」
義弘が真貴に声をかけた。
「真貴、居間に行ってマスクを三枚と、白手袋を美和子に出してもらってきてくれ」
真貴はいったん居間に行って頼まれたものを揃えてきた。
義弘は手袋をし、マスクをつけた。 井桁は桐箱を机の上に移動させ、蓋を取った。中には濃い紫に唐草の金色の刺繍が入り、濃い黄色のふさ付きの組み紐で括られた刀袋が入っていた。井桁は桐箱の向きを変えて義弘の方に押しやった。義弘はうなずいて箱を引き寄せ、刀袋を取り出し、手に持って立ち上がり、机からやや離れた場所に正座し、袋から太刀を取り出した。柄から鞘まで鈍い金色に輝いていた。
井桁が説明した。
「祖父が残した覚書には刀身の話は詳しく書かれていたのだが拵[日本刀の外装]についてはほとんど記載がなかった。そこで、いろいろ調べて平安時代末期の兵庫鎖太刀の拵とした。鞘は、漆を塗った表面に金粉を蒔き、その上に龍を蒔絵で表している。柄や鞘の金具にも龍をあしらった」
義弘が、井桁と真貴を見て言った。
「では抜こう」
井桁は大きくうなずいた。真貴は目を見開いて義弘の所作を見つめていた。
義弘は右手で刃が上向きになるように柄を握った。左手で鞘を持ち、鞘から抜いた。見事な黄金色の刀身が現れた。義弘は鞘を自分の左側に鞘口が手前になるように置き、刀身を区から切先まで棟と刃を観察した。
義弘が口の中で呟いた。
「美しいな」
十数秒間鑑賞して、義弘は刀を鞘に納めた。
「素晴らしい出来だな」
義弘が言うと、井桁が答えた。
「作法にのっとって見ていただけて、本当に嬉しいよ。少し話させてくれ。この刀身は高速度鋼っていう特殊鋼でできている。ただ鋳造しただけじゃない。何度も何度も同じ方向に叩き鍛えて、粘りを持たせてあるんだ。折れない、欠けない、そういう強さを追い求めた」
義弘と真貴は大きくうなずいた。
「祖父が残してくれた試料と覚書を手がかりに、組成を調べて、組織を見比べて……そうしていくうちに、ここに行き着いた。まるで導かれたようだった。そして刀身を覆うこの金色の皮膜、これはチタンナイトライド(TiN)のコーティングだ。金色の硬質皮膜なんて、世界中探してもこれしかない。古代の技術ではありえないが“黄金の輝き”と“刃文を損なわぬ強さ”を考え合わせると、これが答えになった」
井桁は義弘の答えを待った。義弘が答えた。
「ということは、再現ができたと言えそうだな」
「そういってもらえると、ほっとするよ。そうそう、コーティングをした副次的効果があるんだ」
「それは……?」
「錆にくくなった」
日本刀が損傷する原因は多々あるが、取り扱いやメンテナンス不備で問題になるのが錆である。鑑賞の時の呼気すら錆の原因になってしまうため、昔は懐紙を口に挟んで手入れを行っていたと言われている。
真貴は黄金の太刀の姿を見ることができたので下がろうと思い、お辞儀をしてお盆をもって立ち上がろうとした。すると井桁が思いもかけないことを言い出した。
「望月さん、あなたにも、この黄金の太刀を手に取ってもらいたいんだが、どうだろう?」
しかも義弘も続けた。
「それは、いい。剣道を十年やってきたんだ。そろそろ真剣を手にする機会があってもいいだろう。私の前に来て、私に背を向けるように座りなさい」
真貴は躊躇したが、義弘に目で促されて、お盆を置いて義弘の前に移動した。義弘は真貴に場所を譲り、真貴の前に黄金の太刀が置かれた。義弘から指示が出た。真貴はマスクを着けて手袋をした。
「では、鞘を左手で握り、右手で柄をつかむ」
真貴は神経を集中して黄金の太刀に向き合った。手にすると太刀は考えていた以上に重かった。先ほど義弘がやった通りに刀を抜いた。離れて見るのと、実際に太刀を手にして眼前で見るのでは太刀の迫力はまったく違っていた。目の前に現れた黄金の刀身に、真貴は身震いする思いがした。
抜き身を鞘に戻し、刀袋に収め紐で括ると、緊張が解けていくのが分かった。
刀袋を桐箱にしまい終わると井桁が言った。
「望月さん、次の例祭の時、神楽の衣装を着け、この太刀を持った写真を何枚か撮らせていただけませんか?当社の社内報に載せたいのです。そのモデルをやっていただきたいのです」
真貴はびっくりして義弘を見た。
「真貴、すまないがやってくれないか?正直なところ、私自身がその姿を見たいと思っているんだよ」
真貴は恥ずかしそうにうなずいた。
「はい、私がお役に立てるようでしたら、よろしくお願いします」
夏は盛りを迎え、例祭の日が近づいていた。
真貴と龍口家の家族にとって、運命が変わる例祭が始まる




