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第四十五話 ガールズトーク

新年を前に、知佳、結衣そして真貴のガールズトークが始まる

 年末は時間が過ぎるのが早い。旧家の龍口家では新年の準備としてやることが多い。結衣と真貴は受験勉強の合間に家事を手伝った。そして小晦日こつごもり十二月三十日になった。


 結衣と真貴は、夕食後、結衣の部屋でパソコンを立ち上げて午後十時になるのを待っていた。シンガポールの知佳から「久しぶりに三人でガールズトークをするよ」と連絡があったからである。 

 十時になった。ネットミーティングアプリがログインを告げるチャイムを鳴らし、知佳が画面に現れた。

「結衣、真貴、元気?話すのは久しぶりだね」

 結衣が答えた。

「お姉ちゃん、元気だよ、そして真貴ちゃんも…」

 真貴も答えた。

「お姉さま、ご無沙汰しています。私も元気です」


 ネット越しに見る知佳は、いつもの通り、髪をポニーテールにまとめ、白いパーカーを羽織っていた。

「お姉ちゃん、シンガポールの十二月ってどんなかんじ?パーカーを着てるけど、すこしは涼しいの?」

「街中は暑い!佐間の夏よりぜんぜん暑いよ。でもね、建物の中は冷房が効いていて涼しい、っていうか寒いくらいなんだ。ヒートショックがきついのよね。そうそう、二人の活躍する動画、ありがとう。すごく楽しめた」

 結衣と真貴の動画は、義人や圭が撮ったものに加え、いろいろな行事で学校や地域社会で撮られて公開されたものを、圭が家族向けのSNSを使ってたびたびアップロードしていた。


「結衣のバスケットボールの県大会、残念だったね」

 結衣は長野の高校でバスケットボール部に入り、二年生の秋からはキャプテンを務めた。そして集大成として臨んだ三年生の全国大会の長野県予選ではベストエイトまで進んだものの、ベストフォーには手が届かなかった。

「あれが限界だったと思うよ。何しろ部員数が全学年合わせても十四人しかいなかったんだから」

 長野県の高校の女子バスケ部で実績があるのは、ほとんど私立だった。スポーツ振興を図る学校は、スカウトで特待生を集め、設備やコーチに資金を投じて鍛え上げる。そういう学校を相手に、結衣が通う進学校がベストエイトまで行けたのは上出来といえた。


 結衣が不満そうに言った。

「私さあ、あの特待生チームって納得いかないんだよね」

「どういう意味かな?」

「だって、実質的にお金をもらってプレーするわけじゃない?だとしたらプロだよ。高校生でプロっておかしいでしょ」

「なかなか鋭いじゃない。だけど、そういう人たちのおかげで全体のレベルが上がって、オリンピック選手とかが出てくるんじゃないの?」

「そうだけどさー」

 結衣は納得できていない様子だった。


「真貴、今年は剣道の練習に付き合えなくてごめんね」

「私こそ、ずっとお姉さまに頼りきりで……」

「流鏑馬、見たよ。すごかったね。右と左に射るなんて、もうびっくりだよ」

「いい先生に教えていただいたおかげです。おばあ様や結衣ちゃんも衣装を作ってくれて」

「そう、その衣装がすごくよかった。真貴、ほんとうにきれいでりりしくて、かっこよかったよ。同僚にビデオを見せて自慢しまくってるんだ」

「恥ずかしいです」


「姉ちゃんは、この頃、忙しいようだけど、大丈夫?ミャンマーの山奥とかに行くって聞いて、皆、すごく心配してたんだよ」

「結衣、ありがとうね。たしかにミャンマーは大変だったよ」

 知佳は十月の終わりくらいから何度か国際医療団サンダーバードの招集に応え、シンガポールの大学病院からタイを経由してミャンマーに支援活動に行っていた。軍事政権下のミャンマーでは反政府組織と軍の衝突が繰り返されている。治安は乱れ、民衆は疲弊している。そういう国では天災が起きると、実態の把握も救助活動もままならない。知佳が支援に向かった現場は、ミャンマーの首都ネピドーの北東の山中にある少数民族の居住区だった。大雨で山体崩壊が起こり村が呑み込まれた。土砂に埋まった人の救助は急務だったが、生き残った人も怪我をしたり、病気になったりして、緊急医療支援を必要としていた。

「酷い道を三時間くらいかかって現場に着いたら、もう一面泥の海。そこに、生き残った人があちこちに集まってうずくまっているんだよ。飲み水も体を洗う水も確保が大変でさあ。しばらくまともなものを食べられてなくて体調を壊していて、さらにそこに盗賊が現れたとかの情報もあって」


 真貴は浅間山が噴火した後の上野の国の様子を思い出した。一面灰色の火山灰で覆われ、作物はすべてダメになった。雨が降ると灰はドロドロになり家中に入り込んだ。飲み水も体を洗う水も容易には手に入らなかった。そして野盗の群れが村々を襲っていた。


 知佳が続けた。

「私はあの現場を見てると悲しくなっちゃってね。なんでこの国は建物や記念碑や武器なんかにお金を使って、死にそうな国民を放っておくのかって……私たちのような緊急支援部隊は、当面の状況が落ち着いたら引き上げるんだけど、この後、あの村はどうやって生き延びるんだろうって、考えるんだよね」

 真貴は言葉がなかった。千年前、自分らが住んでいた、あの過酷な世界が、この時代になっても再現されていることがいたたまれなかった。


「ところでさ、ふたりとも進路希望が決まったんだよね。結衣は京都の同立舎大学の文学部を受験する。真貴は佐間看護学校の推薦入試ということだよね」

 真貴が答えた。

「はい、幸いなことに推薦をいただけるということです。三年制の看護科ですが、お姉さまのような、現場で役に立つ看護師になりたいです」

「真貴なら私と同じ信濃大の看護科でも大丈夫と思ったんだけど……うん、いいと思う。結衣の方は試験を受けるんでしょ?行けそうなの?」

「姉ちゃんは、きついところをきっちり聞いてくるよね。でも大丈夫と思う。国立と違って理系科目は数Ⅰだけだし、配点少ないから。私、姉ちゃんみたいに理系ができなかったから……なんか先生が姉ちゃんと比べてくるの、嫌なのよね」

「結衣はまだいいわよ。私なんか東大理学部に行った兄ちゃんと三年間比べられたんだから」

「ああ、兄ちゃんと比べられたら耐えられないわ」


「そうそう、真貴。佐間看護学校に来年度から行くようになったら、もしかしたら私の知り合いと同期になるかもよ」

「お姉さまの知り合いですか?」

「そう、ミャンマーの現場でね、私たちの手伝いに現地のスタッフとして来ていた看護助手の女の子がいてね、その子が日本の学校で看護師資格を取れないかと、日本人スタッフに熱心に相談していてね。なんかミャンマーには看護師学校は国立が二校しかないうえに、実質的にはビルマ族の子弟が優先で、少数民族の子はほとんど無理らしいんだ」

「国立大学に入るのに差別があるんですか……」

「まあ、発展途上国では珍しいことじゃないよ。それでさ、私の所属する医療団の運営団体本部は長野にあるんだけど、本部が県下の看護学校に呼びかけたら、佐間看護学校が手をあげたということなんだよね」

「わかりました。お姉さまの知り合いでしたら、私もお友達になりたいです」

「もしかしてだけど、よろしくね。小柄で子どもっぽい感じの子だけど、なんか真貴と通じるものがあるような気がするんだよね」

「楽しみにしてます」

「そうそう、結衣。数Ⅰさぼっちゃだめだぞ。足切りに引っかかったら、他の科目がいくら良くても落ちちゃうからね」

「はーい、頑張りまーす」


 ガールズトークは日が変わるまで続いた。


 新年を前にして、佐間の空気は冷たく澄みきり、空には満天の星が輝いていた。


佐間の町に新年が来る 新しい出会いが真貴を待っている



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