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第四十四話 クリスマスカード

佐間にクリスマスの日が近づいた

義人は、かつて関わったスリランカの少年、マニから手紙を受け取った

 十二月に入ると佐間の町はすっかり冬模様になった。昼間の気温は十度に届くことはなく、最低気温はほぼ毎日氷点下となり、朝、田畑には霜が降る。


 高校三年生の結衣と真貴の進路希望が固まった。結衣は仁に相談し、歴史や文学を深く学べる京都の名門・同立舎大学を目指すことになった。真貴は早く実務的な力を身につけたいということで、三年制の看護学校を検討していたところ、佐間総合病院附属の看護学校に推薦で入れる条件を満たしていることが分かった。


 年末が近づきつつあったが、龍口家の長男、昌平も長女、知佳も帰省することはないと連絡してきた。

 昌平はカリフォルニア工科大学に研究員として赴いていた。昌平の研究は長年蓄積してきた豊富なデータに基づき、大きな地震発生を予兆現象により予知することについてある程度の成果を出しつつあった。

 知佳はシンガポールの大学病院で国際看護師として経験を積みながら、すでに長野県の特定非営利活動法人が運営する国際医療団サンダーバードの登録メンバーとしての活動にも参加していた。


 クリスマスが近づいたころ、龍口義人は宮地弁護士から、ややボリュームのある封書を郵便で受け取った。開封してみると、三年前、佐間のショッピングモールで窃盗未遂で捕まったタミル人のマニ少年についての報告とマニ少年自身からの手紙が同封されていた。義人は熟読した後、この手紙を結衣、真貴と一緒に読もうと心に決めた。


 結衣は十二月二十三日の夕方、迎えに行った圭の運転する車で帰って来た。翌二十四日のクリスマスイブの夕食は、結衣と真貴とが圭を手伝い、クリスマスらしいメニューになった。楽しく夕食を終え、義弘の体調を気遣い美和子が一緒に自室に戻った後、義人は二人の娘と圭に、手紙の話をはじめた。


「結衣、真貴そして圭さん、三年前のショッピングモールでの窃盗未遂事件を覚えているよね?」

 三人は小さくうなずいた。

「じつは、あの時の少年、名前はマニというのだけど、宮地先生経由で彼からの手紙が届いたんだ。宛先は、私と、結衣、真貴となっている。とてもクリスマスにふさわしい手紙なので、一緒に読みたいけど、いいかな?」

 結衣がちょっと驚いて尋ねた。

「お父さん、私たち宛の話もあるの?私たちはあの子を捕まえたのに?」

「そうとも。じゃあ読むよ。もとの手紙は、英語で書かれているんだけど、日本語に直しながら読もう」

 真貴が静かに言った。

「ぜひ聞かせてください。あの子のことはずっと気になっていました」

 義人はうなずいて手紙を読み始めた。


「佐間町の町長さん、僕たちがスリランカに戻るときにお金を出していただき、ありがとうございました。あのお金で、僕たちは母の故郷の村に戻ることができました…」

 結衣が言った。

「お父さん、お金を出してあげていたんだ」

「ああ、あのとき宮地先生から無一文のまま強制送還されると聞いて、いたたまれなかったんだ。それと、彼と彼の母親のこの町での思い出が、辛いものだけになるのは、町長として……いや、この町を愛するものとして、避けたかったんだ」

「お父様らしいです」

 真貴が呟くと、圭と結衣がうなずいた。

「続きを読むよ……僕は、今、母の故郷の村で農業をしながら学校に通っています。英語が少しわかるようになったので、先生に手伝ってもらいながら、この手紙を書いてます」


「僕は夜中の山の中で車から降ろされ、母と一緒に歩いて佐間の町に入った時のことを忘れられません。母はずっと咳をしていて、だんだん歩けなくなりました。寒くてたまらなかったので、風を避けられるところを探して小さな小屋に入り込みました。母はそこで倒れて起き上がれなくなりました。母が水を欲しがっていたので、僕は、大きなお店に入り、空のペットボトルを拾って、水道の水を入れて小屋に何度も運びました。でも、母の具合は悪くなっていきました。僕は母にはお薬とお医者さんが要るのだとわかってました。でも、どうしたら手に入るのかわかりませんでした。ずっと考えて『お金』があったらいいと思いましたが、どうしたらお金が手に入るのかわかりませんでした」


「僕は母を助けるために、お金を盗もうと決めました。ショッピングモールの駐車場は、人があまりいないので、そこで盗めば逃げられると思いました。僕は、オバさんがハンドバッグを置いたまま荷物を積んでいるのに気が付きました。思い切ってバッグをつかんで走り出しましたが、すぐに捕まってしまいました」


「今、僕は、あの時捕まってほんとうによかったと思っています。あの時、捕まって、宮地先生に会えたから、僕のお母さんは助かりました。僕はモップの柄でお姉さんを殴ろうとしました。でもお姉さんは、僕からモップを取り上げてくれました。あの時、お姉さんに怪我をさせていれば、僕の罪はずっと重かったでしょう」


「宮地先生から、先生に僕の話を聞くように頼んでくれたのは、町長さんと聞きました。二人のお姉さんは町長さんの娘さんと聞きました。ありがとうございます。あなた方のおかげで、母の命は助かり、僕は悪い人にならずにすみました」


「僕は、今、少しだけ英語が分かるようになりました。次は日本語が分かるようになりたいと思っています。分かるようになったらお金をためて、日本に行って町長さんにお金を返して、お礼を言いたいです。時間がかかると思います。でも必ず行きます。待っていてください。 マニ」


 圭は目に涙をいっぱいにためていた。結衣は口を一文字に結び、義人を見ていた。真貴は両手を胸元で合わせ、うつむいていた。


義人はマニからの手紙を三人に示した。B5版くらいの紙に鉛筆で書かれたぎこちないアルファベットが並んでいた。封筒も示した。日本でよく使われる封筒よりも正方形に近いもので、薄茶色だった。封筒の右肩に七十と数字が書かれた青い切手が二枚貼ってあった。


「調べてみたよ。この切手二枚は現地のお金で百四十ルピー、マニにとっては二日分の食費くらいだったと思うよ」

 義人の説明に結衣が続けた。

「私、自分のお小遣いをマニに送ってあげたいな。ねえ、真貴ちゃん」

 真貴は困った顔でうつむいた。代わりに義人が答えた。

「それはやめた方がいい。マニは施しを受けたくないと思うよ」

 真貴が小さくうなずいた。そして義人に尋ねた。

「お父様、私は今の世に来た時に、その豊かさに圧倒されました。それなのに、なぜ世界には今も、貧しい国や貧しい人々がいて、苦しみ続けているのでしょうか?」

 義人はしばらく黙って二人の娘を見つめていた。そして答えた。

「その答えは難しい。もっともらしい言葉で説明する人もいる。しかし、それでは納得はできない。真貴がよく知っているように、千年前は、この国だってごく一部の裕福な人と生きるだけで精一杯の人の国だったんだから」

 結衣が言った。

「自分たちばかり贅沢していた人が悪いと思う。皆で分かち合うべきだったのよ」

 しばらく考えて真貴が言った。

「私は今の世に来るまでみやこがどんなところかまったく知りませんでした。貴族の人たちも私たちがどんな生活をしているか知らなかったと思います。分かち合うなどということは考えたこともありませんでした」

 義人は二人の答えを聞いて言った。

「先ほどの真貴の問いかけへの答えは今の時代でも見つかっていないと思う。この答えを考え続けることが大切だと私は思うよ」

 二人の娘の後ろで黙って聞いていた圭が言った。

「クリスマスイブに素晴らしいクリスマスカードが届きましたね。ほんとによかった」


 イブの佐間の町は氷点下に冷え込んでいた。雲が多く、ときおり小雪が舞い、町全体がうっすら雪化粧をしていた。


真貴は問う「なぜ世界には今も、貧しい国や貧しい人々がいて、苦しみ続けているのでしょうか?」

義人は答えた「この答えを考え続けることが大切だと」

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