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第四十二話 騎乗の巫女(二)

小昏鹿島神社の例祭の日が近づく

美和子と結衣は、真貴の流鏑馬の衣装を完成させた

 十月、佐間の田は黄金に染まり、山も色づき始め、朝晩の気は冷たかった。


 十月第二週の金曜日、真貴が高校から戻ると結衣が帰っていた。

「ともーっ!おかえり!」

 真貴は、母屋の玄関で結衣らしい挨拶を受けた。

「ただいま、結衣ちゃん。そしてお帰りなさい」

「今日は、お父さんの会議が長野でがあったから、一緒に帰って来ちゃった」

「よかった。今日は皆でご飯になりそうね」

「うん、楽しみ。そしてその後も楽しみがあるんだよ!」

「えっ、なあに?」

「それは、後ほどのお楽しみー!」


 結衣を迎え、普段はなかなか夕食時に帰ってこれない義人も加わった夕食は、にぎやかなものになった。結衣は真貴の流鏑馬練習の進行具合を聞きたがったが、真貴は普通に左に射る話だけをして、右に射る話は出さなかった。


 夕食が終わり食卓の片づけが済むと、結衣は美和子と小声で打ち合わせ、いったん部屋を出て、風呂敷包みを抱えて戻ってきた。結衣は皆が座るのを待って言った。

「流鏑馬の練習を頑張ってる真貴ちゃん、これは私とおばあちゃんが一緒に考えた、流鏑馬本番用の衣装です。“龍神の巫女”の衣装をもとに考えました。本番に備え調整が必要と思うので、是非、今、着てみてください」


 このところ、毎日、美和子が部屋で何かに集中して取り組んでいることに真貴は気が付いてはいたが、自分の衣装を手掛けているとは考えていなかったので、真貴はびっくりした。美和子を見るとにこにこして小さく何度もうなずいていた。

「おばあ様、結衣ちゃん、ありがとうございます」

 美和子も真貴に促した。

「さあ、真貴、着てみせてちょうだい」


 真貴は風呂敷包みを持って自室に行った。広げてみると、中には神楽の際の巫女の衣装と同じく、白衣、緋袴、千早が入っていたが、神楽用の衣装とは材質や仕立てが異なっていた。


 神楽の際の白衣は薄手で柔らかなものだったが、今回用意された白衣は、厚手でしっかり目が詰まっていて暖かそうだった。


 緋袴は素材も、色も、仕立ても異なっていた。神楽用は軽めの素材で、色は紅色であった。しかし、今回用意されていたのはかなり厚手の生地で色は赤身の強いワイン色ともいうべき色だった。さらに舞衣装にはない裾が広がらないよう締める紐がついていた。真貴は父や叔父が馬に乗るとき直垂の裾を同様の紐で絞っていたことを思い出した。


 千早も素材が異なっていた。舞の時に羽織るものは、薄手のポリエステル素材のものだったが、美和子が用意したものは、薄手で透け感があり、適度なハリと艶があった。舞衣装の千早には赤い紐が飾りとして付いていたが、今回のものは実際に前を閉じたり袖を絞ったりできるよう工夫されていた。そして前身頃左右に淡緑の龍の刺繍されていた。


 用意してもらった衣装に着替えて、真貴は母屋の居間に戻った。

 皆が真貴を待っていた。

「とても似合ってるわ」

 圭がつぶやいた。義弘と義人が大きくうなずいた。

 美和子は立ち上がって、真貴の着用の様子を見て回り、袖丈や袴の長さを丁寧に確認した。


「袴の色が、神楽用のものとは違うね」

 義人が言うと、美和子がこたえた。

「この色と仕立ては平安時代初期の采女つまり高位の女官が乗馬するときに着ていた指貫という袴を参考にしたものなの。仁さんに相談して作ったのよ」

 結衣が袴の裾を見ながら言った。

「そうか、それで裾を絞ることができるようになっているのね」

 美和子がこたえた。

「そうなの、流鏑馬にぴったりでしょ。真貴、皆さんに、千早がよく見えるように、手を少し広げてみて」

 真貴が両手を横に広げると、美和子は袖口をつまんで説明した。

「この千早は、神楽用のものより、袖を小さく作っているの。そしてこちらも、この赤い紐で袖口を絞ることができるの」

 義弘が言った。

「なるほど、矢を射るときに邪魔にならないようにできるのか」

「ええ、そうよ。そして生地はどれも舞で着るものよりしっかりしたもので、万が一の時にも怪我が少なくなるようにしたわ」

 真貴は美和子の心遣いが嬉しくて、胸が熱くなってきた。


 結衣が真貴を見ながら嬉しそうに言った。

「真貴ちゃん、これだけじゃないの。まだあるの」

 真貴がびっくりしていると、結衣はやや大きな箱を持ってきた。

「開けてみて」

 真貴が開けると、中には金色の天冠と幅五センチほどの光沢のある生地でできた濃い緑色の帯状の布が入っていた。

 結衣が天冠を取り出し、真貴にかぶせた。真貴は恥ずかしそうにしていたが、大人たちは目を細めて真貴を眺めていた。

「この天冠は私が作りました」

 結衣が得意そうに言った。

 美和子が緑色の帯を取り出した。

「これはね、千早の袖が邪魔にならないようにする襷です。真貴、袴の裾や、千早の袖口を絞って、襷をかけてみましょう。本番の時に具合が悪いことがあると大変ですから」


 結衣と美和子が手伝って、真貴が乗馬するときの状態に衣装を整えた。美和子は真貴に騎射のポーズをとらせて、何度も入念に、不具合がないことを確かめた。

 確認が終わり、美和子がさがって全身を見ていると、その背後から義弘が言った。

「素晴らしい。これで黄金の太刀を佩けば、まさしく龍神の巫女だな」


 小昏鹿島神社の例祭の日が近づいてきた。宮司の吉野は二週間前に龍口家を訪れ、当日の動きや衣装の打ち合わせをしていった。義人も圭も仕事の都合で会えなかったために、義弘と美和子が対応した。衣装の件では、美和子が用意した乗馬用の巫女装束を見て大いに喜んだ。当日の動きについては、流鏑馬の本番を午前十一時半から始めるのを前提に、乗馬クラブからの馬の搬送時間、真貴の神社に入る時間、衣装を着けての練習時間、お披露目をはじめる時間などについて、当日の段取りを詰め、翌週に最終確認を行うことで帰っていった。


 真貴は乗馬クラブで最終調整を行っていた。伝統ある流鏑馬では、騎乗する馬に着ける馬具一切も日本古来からのものになる。しかし、そこまではさすがに用意できないので、馬具類は普段使っているものを使い、足元も袴に隠れるので、いつも使っている乗馬ブーツに滑り止めを装着して用いることにした。


 大伴は真貴の技量を最大限に披露できる演出を考えた。


いよいよ例祭が始まる


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