第四十話 昌平の仮説
湯多神社の例祭の日がやって来た
その夜、結衣と真貴が自室に退いた後、大人たちだけが居間に集まった
三年前に昌平に課せられたタイムスリップの要件についての報告がはじまった
八月十二日、湯多神社の例祭の日がやって来た。例年通りに神楽が奉納される。今年の“龍神の舞”は結衣が舞った。姉の知佳譲りの容姿と運動神経の良さで、結衣の舞は華麗だった。太刀を抜く場面と大蜘蛛を仕留める場面とでは会場から一斉にシャッター音が響いた。
仁、礼司さらに東京から昌平も帰省し、海外研修に行っている知佳を除いて龍口家は全員で結衣の舞を鑑賞した。
帰宅後、各々風呂やシャワーで汗を流したのち、大人だけで軽く乾杯することになり、結衣と真貴は自室に退き、大人たちだけが居間に集まった。実際は三年前に昌平に課せられた課題についての報告が行われることになっていた。
昌平がノートPCを居間のテレビに接続した。義弘が昌平に言った。
「素人にも理解できるよう説明してくれるかな?」
「そのつもりで準備してきました」
昌平の説明が始まった。
「現代の科学では、まだタイムスリップ現象を説明する理論は存在しません。そこで現象が実際に起きたという前提で物理的な背景を探ることからはじめました」
全員が見つめる中、昌平はつづけた。
「八年前の六月十一日の午前四時十九分、湯多神社付近を震源とする地震があり地震発光がありました。そして真貴が現れました。なぜあの場所、なぜあの時間に真貴が現れたのか、場所と時間の特殊性を考えてみました」
画面に何枚かの薄暗い写真が出た。一部だけ少し明るくなっている。
「まず地震発光の説明をします。これらは地震発光を撮った写真です。地震発光は地震のときに地面から光が放たれる現象です。地中の岩石は周囲からの力を受けて電荷を帯びていきます。コンデンサのようなものです。これが限界を超えて一気に解放されると、プラズマ化して発光します。ちょうど巨大なスタンガンが地面の下で起きるようなイメージです。通常、この際の電流は微弱です。ただ半径数十から数百メートル規模で放電すると、夜間なら観測できるほどの明るさになります」
画面が変わった。フォッサマグナと中央構造線が記された日本地図が示された。
「まず場所の特殊性を説明します。僕は佐間付近は地質学的にかなり特別な場所だと考えています。ここは日本の二大構造線、フォッサマグナと中央構造線の交点なのです」
画面が変わり、佐間付近の拡大図が出た。拡大図にはいくつかの矢印が記されていた。
「この地にはフォッサマグナによる北西と南東の方向の圧縮応力に加えて、中央構造線由来の北東・南西方向に引張応力がかかっています。このあたりは地震発光が起きやすいのです。実際、何度も地震発光が観測されています」
説明は続いた。
「しかしながら八年前の六月十一日の午前四時十九分に湯多神社付近からの地震発光は違いました」
新たな図が示された。濃い灰色の中に白い点がある写真と、線グラフの中央に棘部があるチャートが示された。
「地球観測衛星のデータです。輝点が表れていました。範囲こそ狭いが、放電強度は既知例を桁で上回っていた」
礼司が組んでいた手をほどき、右手をあげて発言した。
「ようするに、このあたりは地質に特異性があって地震発光が起きやすいが、真貴が現れたときの地震発光は特別に強力だったということなんだね」
「はい、その通りです」
礼司はうなずき、再び手を組んだ。
昌平の説明は続いた。新たに示されたのは、佐間の西側、湯多神社一帯の地質図だった。
「なぜ、こんなことが起きたのか。僕は湯多神社の地質にさらなる特殊性があると思います。湯多神社の一帯は北八ヶ岳の活動が盛んだった時代の火山噴出物に覆われています」
画面は潜龍窟あたりの写真に代わった。
「ところが湯多神社の裏手の潜龍窟あたりは大きな岩が露出しています。僕は溶岩円頂丘だと思っています。これはフォッサマグナの厚さ六キロメートルの土砂堆積物のはるか下側のマグマだまりから吹きあがって固まった安山岩の柱です。火山活動によって突き上げられた“マグマの突起”のようなもので、地下にある巨大な岩塊にたまる電荷がこの一点に集中したために強力な発光が起きたと思います」
「つまり、水を入れたポリ袋の一か所に空いた小穴が潜龍窟ということか?」
礼司が皆にわかりやすいよう比喩を示した。
「はい、そのイメージでいいと思います」
義弘ら全員がうなずいた。
昌平は説明をつづけた。
「次の問題は時間の特殊性です。これまで知られている地震発光は地震に誘発されて起きていました。しかし湯多神社の溶岩柱は巨大です。例の地震の震源深さは一キロメートルもありませんでした。この地震が溶岩柱を刺激したというより、溶岩柱からの放電の際に地表付近を揺らしたと考える方が自然です」
「先ほど例えでいえば、水を入れたポリ袋の一か所に空いた小穴から水が噴き出した時、小穴付近を振動させたのが、六月十一日の地震ということだな」
礼司が説明を補足した。昌平がうなずいてつづけた。
「その通りです。問題はどうやってポリ袋全体に力が加わったかです。プレート境界で起きる巨大地震なら地下数十キロメートルに達する巨大な溶岩の柱全体にかかるストレスをかけられるでしょう。しかしそんな地震はありませんでした」
皆も記憶をたどった。誰の記憶にも、あの日の揺れは“小さかった”。
「どんな力なら地下深くまで作用するか?地殻でおきる様々な現象を考えましたが、そんなものはありません。考えあぐねていたある晩、窓から月を見ていました。そこで、はっとしました。月の引力なら地下深くまで問題なく届きます」
月の引力と聞いて、皆が怪訝そうな顔をした。昌平はつづけた。
「月の引力は小さいですが、引力は質量に比例しますから、質量が巨大であれば、大きな変化を引き起こします。よく知られたところでは海の満ち引きです」
画面には地球表面の海水が月の引力で引き寄せられるイラストが示された。
「後で知ったのですが、じつは僕の所属する研究室の先輩が関わる、東大の地震研究チームは、過去の地震データと潮汐図を比較分析し、地震と大潮の間に相関関係がある可能性を指摘していました」
皆が納得してうなずいた。
昌平は新たな画面を出した。地球を回る月の軌道が数字とともに示されていた。「時間の特殊性の話に戻ります。八年前の六月十一日は満月でした。しかも普通の満月ではなくスーパームーンでした。月の軌道は楕円なので同じ満月でも地球と月との距離は変化します。スーパームーンの時、月は地球に最接近します。月の引力が一層大きくなるのです。スーパームーンは年に一、二回ほどしか起きません」
腕組をして、片手を口元にやりながら昌平はつづけた。
「ただ、ここまでの話は真貴が八年前の六月十一日に潜龍窟に現れたバックグラウンドにはなりますがタイムスリップを説明するには弱い気がしてます」
腕組を解いて昌平は両手を広げた。
「僕は満月の時の潜龍窟はラジオの受信機のように機能していたのではないかと考えました。そこで真貴を送り出した送信機としての潜龍窟はいつ、どのように機能したのかを考えました。手掛かりは真貴が生贄として潜龍窟に入った日時です」
昌平はいったん礼司を見た。目が合った礼司がうなずいた。
「僕のいる研究室のコンピュータには太陽系シミュレータが入っています。これは任意の時間、何万年前であろうと未来であろうと指定された日時の太陽と惑星、そしてその衛星の位置を計算できます。天永二年、一〇一一年六月、真貴が潜龍窟に入って二日目が新月ということでした。月齢を調べているうちに、僕はこの翌々日が太陽、地球、月の位置関係できわめて特殊な日だと気が付きました」
話が核心に迫りつつあることは皆わかっていた。昌平は次の画面を出した。地球と月に加え太陽が描かれ、太陽の光が月に遮られ地球に影を落としているイラストだった。全員が昌平の次の言葉を待った。
「地球の太陽に対する公転面と月の地球に対する公転面は少し傾きがあるので、普通の大潮の時は並び方にずれがあります。しかし“きちんと” 一直線に並ぶ時があります。日食と月食の時です。地球への引力が最大になるのは太陽と地球の間に月が入る日食の時です。一〇一一年六月の新月の日、地球の真裏、南アメリカ大陸沖の大西洋上では皆既日食が起きていました。スーパームーンと日食が重なる、つまり、太陽と月の地球への引力が最大化し、その中心軸上に潜龍窟が位置する、まさに特殊な時間だったのです」
先に示されたイラストで地球に落ちる月の影の地球の反対側にマークが出た。しばらく沈黙が続いた。礼司が言った。
「真貴が千年前に送り出されたときの状況は分かった。では千年前に戻れる可能性についてはどう見るんだ?」
昌平は小さくうなずいて答えた。
「はい。伝説では真貴は現れてから十年後に千年前の世界に戻るとされてます。十年というのが正確かどうかはわかりませんが、一〇一一年六月と同じようなコンディションとなる日時を調べました。地球の裏側の日食の予想はありませんでした。しかしながら、驚くべきことに真貴が来て十年目にあたる再来年の六月十二日、日本の北陸から関東北部で皆既日食が起きます」
昌平は次の画面を出した。日本地図の中部地方から関東地方が示され、その上に長方形のグレーゾーンが、福井県沖の日本海から茨城沖の太平洋まで描かれていた。その中央部あたりに佐間の町は入っていた。昌平は全員を見渡し言った。
「この先は、仮説の中でも最も大胆な部分です」
昌平はいったん息を整えた。
「地球の裏側で日食が起きると、こちら側の重力は最大化しますが、我々の側で日食が起きると重力は最小化します。地球の裏側で皆既日食が起きた時、未来へのスリップが発生した。では逆に――我々の側で日食が起きたら?」
「過去へ戻れる……というわけか」
義弘が低い声でつぶやいた。全員が息を呑み、しばらく沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは仁だった。
「昌平、よくやった。私は科学のことはさっぱりわからないけど、直感的に昌平の仮説が正しいと強く感じているわ」
「ありがとうございます」
「理系の話に文系の話を混ぜてはいけないんだろうけどね、中央構造線がパワースポットというかパワーゾーンとして取り扱われていることは、宗教学上は確かなのよ」
義弘が質問した。
「姉さん、それはどういう意味ですか?」
「中央構造線上には、由緒ある神社が多いのよ。主なところでは熊本の幣立神宮、四国の石鎚神社、三重の伊勢神宮、そして、この長野の諏訪大社、さらに茨城の鹿島神宮」
美和子がつぶやいた。
「ほんとに、すごい神社ばかり……」
仁が続けた。
「日食の時に桁違いのパワーが噴出する話も日本神話にあるわ」
圭が尋ねた。
「天岩戸のお話でしょうか?」
仁が答えた。
「そうよ。天岩戸は九州の高千穂にあるとされているけど、天照大御神が岩戸から出られたとき、岩戸を開いた天手力雄命が投げ飛ばした岩戸がこの長野まで飛んできて、それを祀ったのが戸隠神社ということになっているの」
礼司が呟いた。
「神話も皆既日食の日を示唆している、か」
義弘はずっと黙って昌平と仁の話が終わるまで聞いていた。そして口を開いた。
「昌平、姉さん、ありがとう。再来年の六月十二日が真貴が千年前に戻れる可能性が高い日ということは理解できた。ただ、私は以前に示した方針を最後まで貫こうと思う。真貴が自ら言い出すまでは、我が家の伝承の後半は教えない。しかし、真貴が自らの意思で戻るときに備え、万全の準備を整える」
全員が義弘の顔を見てうなずいた。
ややあって、仁がつぶやいた。
「でも、言い伝えがかなり現実味を帯びてきたのよね。前にも言ったと思うけど、予言とか伝説とかは自ずから実現していくものなのよね」
再来年の六月十二日、皆既日食のとき、真貴が千年前に戻れる要件が整う
それでもなお、義弘は伝承を真貴には伝えないつもりだ
しかし仁は言う 「予言とか伝説とかは自ずから実現していくもの」




