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第三十六話 窃盗未遂事件

真貴と結衣はショッピングモールで窃盗事件に遭遇した

二人も協力して犯人を捕まえたが、十歳くらいの少年だった

 選挙の終わった次の土曜日の昼過ぎ、結衣と真貴は圭とともに買い物にショッピングモールに来ていた。義人の当選直後は来客や行事でバタバタしたが、さすがに週末になると日常が戻りつつあった。


 ショッピングモールに来る前に三人はJAの直売所に立ち寄り、生の市田柿を買い込んでいた。市田柿は渋柿なので、そのままでは食べられない。干し柿にして食べる。結衣の祖母、美和子が毎年十一月初めに作るのだが、今年は生柿が出回るのが若干遅れ気味だった。


 ショッピングモールで三人は食料を買い整えた。圭がメモを見ながら結衣と真貴に指示して二つのカートいっぱいになった食料を三人で駐車場まで運んでいると、圭が買い忘れ品に気が付いた。圭は荷物を二人に頼み、自分は再度、食品売り場に向かった。結衣と真貴は協力して食料品を駐車場の圭の車の荷物室に運び込んだ。二人が車に乗り込もうとしたそのとき、事件は起きた。


「ドロボーッ!その子を捕まえてぇ!」

 突然、中年女性の絶叫が近くから聞こえた。あたりを見渡すと小学校高学年くらいの男の子がバッグのようなものをつかんで、非常口の方に向かおうとしていた。結衣が駆けだした。真貴がとっさに叫んだ。

「結衣ちゃん、危ないっ!」


 結衣は真貴の警告を無視して走った。非常口に先回りするつもりだった。非常口付近には、先ほどの声に気づいたらしい若い男性がすでに走りこんできた。出口がふさがれ結衣に追われた少年は逃走方向を変えた。少年は逃走方向の先に真貴がいることに気づいた。


「真貴ちゃん、そっち!」

 今度は結衣が叫んだ。

 少年は手にしていたバッグを放り出し、あたりを見渡した。バケツに突っ込んだ木製の柄のついたモップが目にとまった。少年はモップを手にすると、真貴に向かって行った。


  真貴は少年がモップを手に迫ってくる様子を観察していた。少年は柄を振り上げて真貴に打ちかかってきた。モップの柄は長く少年は非力だったので見切りは容易だった。真貴は柄をかわしながら少年の右側に踏み込んだ。モップを振り下ろした少年の手を右手の手刀で打った。少年はモップを取り落とし前のめりになった。真貴は肩を背後から軽く押した。少年はそのまま前に倒れた。非常口付近にいた男性が駆け付け少年を体で押さえつけた。少年は逃れようと抵抗していたが警備員も駆け付け身動きできない状態にまで押さえつけられた。


 真貴と結衣はその様子をすぐ近くで見ることになった。少年は日本人離れした顔つきをしていた。叫んでいたが、その言葉は聞き取れなかった。


 圭は買い忘れたものをようやく手にして駐車場までやってきて唖然とした。三台のパトカーが停まっており、複数の警察官が駐車場の一角で事情聴取をしている。そして聴取を受けているのは結衣と真貴だった。結衣が圭に気づいて手を振った。圭が近付くと警察官が頭を下げて圭に尋ねた。


「こちらのお嬢さん方の保護者の方でしょうか?」

「はいそうです。何か事件でしょうか?」

「はい、窃盗未遂事件がありまして、こちらのお嬢さん方のおかげで逮捕できました」

 圭が思わず見ると、結衣は小さくVサインをし、真貴は申し訳なさそうに頭を下げた。

「危ないでしょ!あなたたちは……怪我はしていない?ほんとうにもう……」


 結衣が答えた。

「事件って大げさだよ。子どもがかっぱらいをしたところに居合わせちゃって……捕まえたのは真貴ちゃんだよ」

 結衣から話を振られて真貴は急いで答えた。

「私は捕まえたりしていません。打ちかかってきたところを払ったら、その子が転び、あとは男の人や警備の人が捕まえました」


 若い警察官がおずおずと圭に質問した。

「すみません。連絡先とお名前をいただけますでしょうか?調書ができましたら確認のためおうかがいさせていただきますので」

「はい、住所は……」

 傍らに立っていた年配の警察官が、圭が書いた住所と名前を見て驚いて質問してきた。

「恐れ入りますが、もしかして、町長の奥様でしょうか?」

「はい、そうです。娘たちがお世話になりました」

「とんでもありません。後ほどうかがわせていただきます」


 ようやく手続きが終わり、圭は結衣と真貴を乗せて帰途についた。二人は何事もなかったかのように学校の話や晩ごはんの話をしていた。圭はこの子たちを叱るべきなのか、褒めるべきなのか、複雑な思いだった。


 圭たち三人が帰宅したところ義人と義弘は後援会の人たちとの会合に出かけており、帰宅は遅くなるとのことだったので、ショッピングモールでの出来事の報告は翌日ということになった。


 真貴は、美和子ともに干し柿にするため買ってきた生の市田柿の皮むき・紐かけ作業をはじめた。真貴は千年前の世界にいたときからは干し柿が大好きだった。ただ昔の世界では簡単に口にできない貴重品だった。


 昔の製法は、野生の柿の木の実をつけた枝ごと折り取ってきて天日乾燥させるというものだった。もともと取ってこれる数量が少なく乾燥させている間に鳥や獣の食害に遭うことも多かったため、作ることができる数が限られていた。ところが今の時代では、栽培した柿の実の皮をむき、いくつもの実を一緒に紐でつるし、食害の恐れがないところで乾燥させるので、質がいいものをたくさん作ることができる。


 真貴にとって、干し柿作りは、近代的なツールが一切不要であるにもかかわらず、その進化は目を見張るものだった。

 真貴は今の時代に来た初めての冬に美和子の作った干し柿を存分に食べ、その翌年から、干し柿作りを手伝うようになった。

「真貴、お手伝いありがとうね。この頃、細かい作業を続けるのが辛くてね」

「おばあ様のお手伝いができてうれしいです。それに。この冬も干し柿を一番いただくのは私でしょうから」

 美和子と真貴は顔を見合わせて笑った。


 翌朝、圭は結衣と真貴とともに、義人と義弘に昨日の出来事を報告した。義人は話を聞き終わってから結衣と真貴に言った。

「結衣、真貴、昨日はたまたまうまくいったからよかったけど、もう、二度と犯罪者を追いかけたりしちゃだめだぞ。相手が刃物を持ってたり大勢いたりしたら、取り返しがつかないことになるから」

 真貴が頭を下げて「ご心配をおかけし申し訳ありません」といった傍らで、結衣は、少しは褒められるかもと思っていたのに「二度とするな」と言われて不満げだった。


 義弘が義人に尋ねた。

「外国人かな、犯人は?」

「まだはっきりはしていませんが、その可能性が高いです」

「増えているのか?」

「日本人が起こした事件に比べるととても少ないですが、数は増えてます」

「佐間の街中では、ほとんど見かけないと思うのだが……」

「佐間の町に来ている外国人の多くは農業関係の技能実習生で、彼らは町から離れた寮のようなところで集団生活をしていますから」

「今回の事件と関係はあるのか?」

「たぶんないと思います。技能実習生には小中学生はいませんから」

「だとしたら、その子はどこから来たのだろう?」

「警察の捜査待ちですね。憶測で話をするのは慎みたいです」


 午後になると警察署の地域課長が部下を伴って尋ねてきた。圭は彼らを座敷に案内した。圭がお茶を用意していると、義人が結衣と真貴を連れて現れた。地域課長が挨拶をした。

「町長、お休みのところ申し訳ありません。ご存じかと思いますが、昨日昼過ぎにショッピングモールの駐車場で起きた窃盗未遂事件の調書の草案ができましたので、逮捕に協力いただいたお嬢様方の確認をいただきたく参りました」

「公務外では町長は勘弁してください。話はこの二人から聞いています。早速始めましょう」


「では、鈴木君、頼むよ」

 鈴木と呼ばれた若い警察官が草案を読み上げた。事実に即して丁寧に書かれていた。読み終わると課長が結衣と真貴に尋ねた。

「これで間違いないかな?」

 結衣と真貴はちょっと顔を見合わせ、結衣が代表して答えた。

「はい、間違いありません」

 課長は大きくうなずいた。

「では、正式な調書ができましたら、改めて署名をいただきにまいります。今日、確認いただいたところには手を加えませんが、完成まで少し時間がかかりそうです」


 義人が尋ねた。

「なぜ、時間が必要なのでしょうか?」

「それがですね、問題の少年とほとんどコミュニケーションが取れず、現時点では身元不明なんです」

「どういうことでしょうか?」

「日本語がほとんど話せないんです。彼の言葉が何語かもわかりません。名前も保護者もわかりません。今、児童相談所預かりになっているんですが、逃げようとして何度も暴れてるそうです」

「これからどうするおつもりですか?」

「今、長野県警に言葉と通訳について相談してますが、県警で分からないときは、東京に協力を求めることになりそうです」

「それは大変ですねえ」

「ええ、単なる非行少年事案なら、保護者に連絡して厳重注意くらいで済ませられるんですがねえ……」

 課長も部下の警察官もお茶には手を付けずに帰って行った。

 

 警察官が返った後も義人は問題の少年が気になって仕方がなかった。ただ、町長という公職を預かることになった以上、警察の仕事に首を突っ込むわけにはいかない。義人は選挙時の討論会にパネリストとして参加していた宮地を思い出した。ネットで調べると、個人で弁護士事務所を構えていることが分かった。表示されていた電話番号に架けると留守番電話につながった。龍口義人だと告げて、窃盗未遂事件で捕まった少年がいること、少年が言葉が通じず、名前も保護者もわからず、児童相談所預かりになっていることなどを説明し、費用は自分が個人負担するので様子を見てくれないかと要請した。


捕まった少年とは言葉が通じない

義人は宮地弁護士に少年の様子を見てもらえるように頼んだのだが……

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