第三十一話 心の奥にある思い
真貴は高校への進路を決めた
地元、佐間の高校に進む
湯多神社の例祭の後、八月十五日には昌平も知佳も大学に戻り、龍口家には静かな日常が訪れていた。八月第三週の金曜日、夕食の後、母屋の居間で、義弘、美和子、義人がくつろいでいるところに、真貴は思い切って声をかけた。
「おじい様、おばあ様、お父様、ご相談させていただきたいことがあります」
三人は顔を見合わせた。美和子が尋ねた。
「どうしたの、あらたまって?」
「はい、夏休み明けにある三者面談の件です」
「そういうことなら、圭もいたほうがいいな」
義人が答えた。
「よかったら、結衣ちゃんも一緒に、私の気持ちを聞いてもらいたいです」
「結衣も……。そうか」
義人が立ち上がり、しばらくして圭と結衣を伴って戻ってきた。
「真貴、いいよ、話してみなさい」
真貴はソファに浅く腰を下ろし、少し頭を下げてから話はじめた。
「はい、三者面談が来週あるのですが、そのときに、どんな希望を出すか、ずっと考えていました。私の考えがまとまったので、聞いていただきたいと思っています」
「真貴ちゃん……」
結衣が何か言いかけたのを圭が制した。真貴は結衣を見た。
「結衣ちゃん、相談に乗ってくれてありがとう。あれからずっと考えてました」
真貴は大人たちをゆっくり見渡し言葉をつづけた。
「私を高校に行かせてください。お願いします」
義人が答えた。
「もちろんだ。はじめからそのつもりでいる。結衣と一緒に行ったらいい」
「ありがとうございます。ただ行きたいのは長野の高校ではなく、佐間の町から通える高校です」
圭が尋ねた。
「どうしてなの?真貴の成績なら十分に合格すると思いますよ。お金の心配はしなくていいのよ」
「ありがとうございます」
真貴は丁寧に礼をした。それから顔を上げて続けた。
「なぜ、佐間の町から通える高校に行きたいかを説明させてください」
「話してごらん。いっぱい考えたんだろうから」
義弘が促した。
「はい……この時代に来るまで私は生き延びることだけに必死で、未来を思い描く余裕などありませんでした。ここでも、言葉と勉強についていくことで精一杯でした」
「そうよ、真貴はほんとうに努力しました。皆が知ってます」
美和子がうなずきながら言った。
真貴が話をつづけた。
「今のこの国の制度では、義務教育は中学校までで高校から先は希望者が進むところだと中学校の社会の時間に知りました。私はずっと龍口家にお世話なって来ましたので、中学を卒業したら自分の力で生きていくべきではないかとも思いました」
美和子が尋ねた。
「思い直したのでしょ?」
「はい。先日、お姉さまが戻られたときに救急看護師を目指しているというお話をお聞きし、礼司叔父様からアフリカでの農業指導のお話や佐間の米づくりの歴史を教えていただいたあと、自分がこれから先ほんとうにやりたいことは何かを考え続けていました」
義弘が尋ねた。
「それで、やりたいことは見つかったのかい?」
真貴は小さくかぶりを振った。
「いいえ、まだ見つかっていません。ただ、私の心の奥にある思いに気が付きました」
「それはいったい……?」
真貴は顔を上げて義弘を見た。
「私は生贄でした。しかし龍神様の力で千年先の世界に来ました。はじめ、私はこの世界で龍神様にお仕えするために呼ばれたと考えましたが、龍口の家に娘同様に迎えていただきました。あれから五年がたち、今、進路を選ぶにあたり、あらためて龍神様に託された使命のことを考えています」
義弘ら大人たちは例祭の夜の話し合いを思い出していた。真貴はつづけた。
「少し前に湯多神社に一人で参拝に行ってきました。お祈りをしていると、まず、今の自分が、まだまだ非力であることに気が付きました。叔父様のような知恵も身についていませんし、お姉さまのような信念も力も持っていません。私は、もっと賢く、強くなりたいと思います。そして、まだ何かはわかりませんが、いつか来る“なすべきこと”に立ち向かえる力を蓄えたいんです」
義人が尋ねた。
「そういうことなら、結衣と一緒に長野に行ったらいいじゃないかな?」
真貴は義人と結衣を見た。
「そのこともずいぶん考えました。結衣ちゃんからも強く誘っていただきました。ただ……説明しにくいのですが、私は佐間の地を離れることが、どうしても不安なのです。旅行で何度か佐間を離れたことがありますが、どこに行っても、“自分はここにいてはいけない”という感覚に襲われてしまいました。こんなことで何かの役割を果たすことができるのかとも思いましたが、日々、不安感にさいなまれていては勉強に差し支えると思っています」
少し考えて義弘が真貴に応えた。
「よくそこまで考えて、正直に話してくれたね。そういうことなら、ここから通える高校を選んだらいい」
真貴が両手を揃えお辞儀をして答えた。
「ありがとうございます。わがままを聞いていただき申し訳ありませんでした」
結衣が声を上げた。
「じゃあ、わたしも真貴ちゃんと同じ佐間の高校に行きたいな」
「結衣ちゃん……結衣ちゃんは、もともとの希望通り長野の高校に行ってください。私のわがままで結衣ちゃんが進路を変えてはいけないと思います」
「私たち親友だよ。『ともでやから』だよ」
「はい。結衣ちゃんは私の心からの友達です。別々の進路を選んでも、結衣ちゃんとはずっと友達でいたいと思ってます」
圭が背後から結衣の肩に手をおいて言った。
「結衣、真貴ちゃんの言う通りだと思うわ。あなたたちの友情って、少し会う時間が減るくらいでなくなるようなものじゃないでしょ」
結衣が圭を振り返って言った。
「そうだけど……だって……真貴ちゃんに会えないと寂しいんだもの」
真貴が応えた。
「結衣ちゃん、月に二度くらいは帰ってくるでしょう?そのときにいっぱい話しましょう」
「……そうね、一晩中話そうね。きっとだよ」
「もちろんです」
真貴の話が終わり、結衣と真貴は連れ立って台所に行った。居間に残った大人たちには二人の楽し気な話し声が時々聞こえた。
美和子が義弘に言った。
「先日の話し合いのことを真貴が知ってしまったのではないかと思い、ちょっとひやひやしました」
義弘が応えた。
「私もだよ。今回は進路選択の話だったんだが……あの子の中には、まだ自分でも正体に気づかない使命感がすでにある……ということなんだな」
義人が続けた。
「びっくりしました。叔母さんが言っていた“予言や伝説は自ずから実現する”ということなんでしょうか?」
大人たちは黙って考え込んでしまった。
例祭の夜からいくらもたたないうちに、佐間の夜はすでに秋の空気に代わっていた。半月が空にかかり。虫の音が少し小さくなっていた。
「私は、もっと賢く、強くなりたい いつか来る“なすべきこと”に立ち向かえる力を蓄えたい」
真貴の中の使命感が静かに立ち上がりつつあった




