第三十話 例祭の夜(二)
「伝承には、あれに続く後半があるんだよ」
義弘は、伝承の恐るべき後半を口にする。
義弘が昌平と知佳の様子を見て言った。
「昌平はまだ納得できていないが、龍口家には伝承があり、それが現実のものとなり真貴が現れたということを受け入れてくれて、ちょっと、ほっとしたよ」
仁が義弘を見ながら言った。
「義弘、昌平も知佳も、もう立派な大人になったんだ。ちょうどいい機会だよ。義人と美和子さん、圭さんだけでなく、この二人にも、あの話をしましょう」
礼司が仁の言葉に続けた。
「兄さん、私も賛成です。我々三人は、いつ何に見舞われてもおかしくはない年齢になってます。それに、この先、やるべきことを考えると、昌平と知佳の協力は不可欠です」
義弘が答えた。
「私もそう思っていたよ」
義人がびっくりして義弘を見た。
「あの話?何かまだ私たちが知らない話があるんですか?」
義弘がうなずき話をつづけた。
「伝承には、あれに続く後半があるんだよ。後半部分を、私たち三人は父、義人の祖父が古希を迎えた日の夜に呼ばれて教えられたんだ。あの時はなぜわざわざ分けて伝えるのか分からなかったが、実際に真貴が現れ、五年を過ごして分かった。つらい思いを抱える保護者は限られていた方がいいんだと」
美和子、圭、義人は怪訝な表情を浮かべていた。義人が尋ねた。
「どういう意味でしょうか?後半部分を教えてください」
義弘はいったんうなずき、ゆっくりと語った。
「伝承の後半はこうだ。『其の童女、十とせの久しき時をこの地にて過ごし、学びを積まん。その後、千載の昔へと還り、龍神の御巫となりて顕れ、里に降りし禍ひを祓ひ、民を救はん』だよ」
仁がフォローした。
「訳すまでもないと思うけど『その子は十年間この地にて学び千年前の世に戻る。その子は龍神の巫女として村を救う』ということだね」
伝承の後半を新たに知った三人は衝撃を受け、しばらく言葉を失った。美和子が口元を抑え絞り出すように言った。
「そんな……それはまたひどい」
圭が続けた。
「ひどすぎます。真貴は生贄という試練の果てに、たった一人でここにたどり着き、やっと自分の生き方を自分で選び取れるところまで来ているのに……」
義人が義弘と仁を見ながら言った。
「この伝承を真貴は知っているんですか?」
義弘が答えた。
「もちろん知らない。私はできれば教えたくない。私は真貴にはこのまま穏やかで幸せな人生を送ってほしいと思っている」
仁が続けた。
「ただねえ……伝承とか予言とかは、本人や周囲がどう動こうと、最終的には実現してしまう……というようなもののような気がするんだよ」
ややあって知佳が声を上げた
「それって……真貴はあと五年したら千年前の世界に戻るって言ってるんだよね。そして“龍神の巫女”になる……巫女になるということは、湯多神社の伝説通りなら蜘蛛の化け物と闘わなくてはならないってこと?」
昌平は別の点に注意が向いた。
「五年後?五年後のいつなんですか?日付は伝わってないんですか?どうやって戻るんだろう……やはり潜龍窟から?」
義弘が答えた。
「二人とも、疑問はたくさんあると思う。ただ、我が家に伝わっている話は、さっき言ったとおりだ。蜘蛛の化け物の話も、戻るのがいつか、どうやって戻るのかは伝わっていない」
礼司が話を引き継いだ。
「その点を私も考えてみた。あくまで推論だが伝承には失われた部分があると思う。なにせ数十世代にわたる伝言ゲームの結果なんだからね」
義弘はまず礼司と仁と目を合わせうなずいた。そして全員を見渡し言った。
「もうこれで伝承についてはすべて伝えた。これで私が倒れても大丈夫と思うが、今、私が考えているこれから先の方針を聞いてくれないか」
ややあって、全員が黙ってうなずいた。
「ありがとう。まず、真貴には伝承の後半は話さない。あの子が何かの事情で気づいたり、誰かに尋ねられるまでは。もちろん結衣にも教えない。さっきも言ったが、私は真貴には自由な人生を送ってほしいと思っている。もし五年後に真貴が千年の昔に戻らないのだとしたら、真貴は伝承の子ではなかった、龍神の巫女ではなかったということになる。むしろそうであってほしいとも思ってる。そうなれば、義人以降の世代で、千年前からの子どもを迎えることになるだけだ。その時は伝承を後の世代に引き継いでくれ」
義人と圭がうなずいた。
義弘は続けた。
「その一方で、我々は真貴が千年前に戻る日に備えなくてはならない。実は真貴が現れてからずっと、仁叔母さんは戻るのはいつなのか、どうやって戻るのかを知ろうと古文書を調べ続けている。ただ、今のところ成果は上がっていない」
仁が義弘の傍らでうなずいた。義弘は昌平に視線を合わせた。
「そこで、昌平、お前には現代科学の知見から、どうして真貴は千年前から今の世界に来ることができたのか、どうすれば戻ることができるのかを調べてほしい。礼司叔父さんも調べてはいるんだが行き詰っている。お前の力を貸してくれ」
昌平は祖父を見つめて答えた
「それは……とんでもないチャレンジになるけど……」
礼司が応じた
「昌平、二人でアプローチを検討しよう。これは我々以外の誰にもできないミッションだ」
義弘は今度は知佳を見ながら言った。
「知佳、お前にも頼みたいことがある。真貴は剣道だけでなく、お前の積極的な生き方も他者を救おうとする優しさも含め、お前を尊敬している。真貴には千年前の過酷な世界で龍神の巫女の使命を果たせるよう、その日が来るまでにできる限り、賢く、強くなってもらいたい。知佳は真貴を導いてくれ」
知佳は祖父を見ながら答えた。
「おじいちゃん、すごいことを頼むんだね。私に“龍神の巫女”の指導者になれなんて」
義弘が微笑みながら応じた。
「知佳と結衣がいてよかったよ。結衣は真貴がどんな選択をしようとも、友としてきっと支え続けてくれると思ってる」
義弘は目を転じた。
「そして、美和子、義人、圭さん。ずっと変わらぬ温かさで真貴を包んでやってくれ。真貴は芽を出したばかりの苗だ。苗が育つには土や水や空気、日差しが必要だ。まだ危うさを感じるあの子がたくましく育つための環境となってくれ」
美和子がこたえた。
「もちろんです、そうよね、義人、圭さん?」
義人と圭がうなずいた。
義弘が続けた。
「私もできる限り頑張る。しかし、もし私に何かあった時は、義人、頼むぞ」
義人がこたえた。
「そういうセリフは早すぎると思うんだけどね……今晩は大変な夜になったな」
知佳が続けた。
「まったくよ。今日は神楽で疲れちゃったのに、こんな展開になって……。あっ、もう私、怒ってない。逆にすごくうれしい。私は“龍神の巫女”の師匠になるんだから」
その夜は新月だった。夜空はよく晴れて天の川が見えた。虫の音が盛んで、わずかに秋の予感がした。
真貴には幸せで穏やかな人生を送ってほしい
しかし、千年の昔に戻るときが来るならその時に備える
義弘の示す方針に従い、龍口家の人々は決意を新たにした




