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第二十九話 例祭の夜(一)

例祭の日、知佳は見事に神楽”龍神の巫女”を舞った

その日の夜、龍口家の居間での話し合いで知佳は尋ねた

「真貴はどこから来たの?」

 八月十二日、湯多神社の例祭の日である。昨年から結衣と真貴も神楽に参加するようになった。神楽は五曲が奉納される。一曲目は「神降ろしの舞」で翁がゆったりと舞い神を招き入れる。二曲目は結衣と真貴が舞う「乙女の舞」である。


 二人の巫女が天女として鈴と扇をもって優雅に舞う。三曲目は「水継の舞」で男女二神が順調な降雨と五穀豊穣を祈りユーモラスに舞う。四曲目が「龍神の巫女の舞」で知佳が舞う。そして最後が「千歳舞せんざいまい」であり、千歳の齢を重ねた老翁が、大君より長寿を祝福され、めでたい文箱を賜った喜びを舞う。


 湯多神社の神楽では「龍神の巫女の舞」が人気だった。知佳は容姿も舞手としても優れ、さらに剣道女子として昨年は学生選手権三位、今年は二位ということも話題になり、今年は地元のケーブルテレビも取材に訪れている。

 

 今年の例祭は、知佳が「龍神の巫女の舞」を舞うのが最後ということもあり、仁、礼司そして昌平も帰省して、龍口家の全員がしばらくぶりに顔を揃えた。一家は早めに夕食を済ませ、まず、舞手である三名の女の子を義人が車で神社に送り届け、その後、神楽の観覧席に皆がそろった。


 神降ろしの舞の後、結衣と真貴がゆったりとした神楽笛の音にのり、ときおり鈴を響かせながら、初々しく舞った。一曲をはさみ知佳が舞台に現れた。


 知佳が舞台の中央に立ち居住まいを正し静止すると、観客のどよめきが収まり、篝火のはぜる音が聞こえるほどの静けさに包まれた。鋭い篳篥ひちりきの音が響き舞が始まった。知佳は扇を手にすり足で静かに動き出した。しだいに和太鼓のテンポが上がり、龍笛の音が加わった。


 やがて見えない大蜘蛛との戦いになる。知佳は扇を手放し、太刀を抜く。大太鼓の音が響き舞は佳境に入る。巫女は大蜘蛛と足を切り落とそうと、太刀を大きく横に払う。そしてついには動きを止めた大蜘蛛の喉を太刀で突き、頭を切り落とす。巫女が高くかざした太刀に篝火が映り黄金に輝く。太鼓の音がやみ、龍笛が穏やかに響き、巫女は太刀を納め、顔を上げた。観客は皆、陶然となっていた。


 例祭から龍口家の皆が帰宅したのは、かなり遅い時間になった。そのうえで全員が風呂を終えたのは十一時過ぎになった。結衣と真貴は初めての重責を終えた安堵と疲労から、早々に自室に戻り就寝した。母屋の居間には大人たちが集まり、少しアルコール類を摂って疲れを癒していた。

 

 義弘が知佳に声をかけた。

「知佳、今日はお疲れ様。すごくいい舞だった。今年で見納めと思うと少し残念だ」

 知佳が答えた。

「ありがとうございます。来年からは結衣か真貴が舞うことになるから、おじいちゃんは、まだまだ楽しめるよ……」

 知佳は続きを言いよどんだ。手にしていたグラスをテーブルに静かに戻し、昌平と目を合わせた。昌平が小さくうなずいたのを確認し、知佳が話し始めた。


「私、兄ちゃんとも話したんだけど、ずっと、とってもモヤモヤしていることがあって…おじいちゃんに……いや、うちの大人の人、皆に尋ねたいことがあるの」

 大人たちは顔を見合わせた。

「何かな?言ってごらん」

 義人が応じると、知佳は少し考え言葉を選び質問した。

「……ねえ、真貴はどこから来たの?遠縁の子で外国で両親をなくした……みたいな話をしてくれたけど、違うよね?」

 義人が知佳の様子をうかがいながら尋ねた。

「いつからそう思うようになったんだい?」

「真貴に初めて会った夏休み、何回か剣道の練習をやったときかな。所作が完璧なんだよね。海外じゃ身につかないと思ったんだ」


 大人全員が手を止め知佳の言葉の続きを待った。

「そして、この五月に実習に行ったとき私たちの指導についた看護師さんが、ふと言っていたんだ。五年前の六月半ばの早朝、佐間総合病院の救急に意識不明で身元不明の女の子が運ばれてきて、入院治療後に高齢の男女に引き取られたってことがあったんだけど、その後どうなったか気になるって」

 知佳は視線を義弘と仁に向けた。

「それって、おじいちゃんと仁叔母様のことだよね?」

 昌平が知佳をフォローした。

「入院日は六月十一日だと思います。ちょっとした地震があった日です」

 仁と義弘が顔を見合わせた。仁が小さくうなずき質問に応じた。

「あら、そういう所から話が漏れるのね、まったく。病院って、意外なところで繋がってくるのね」


 義弘が知佳と昌平をいったん見やって答えた。

「そうだ。その子が真貴だ。私と仁叔母さんと義人で迎えに行った」

 知佳の顔つきが次第に険しくなった。

「……じゃあ、私と兄ちゃん以外、皆、知ってたってこと?……もしかして結衣まで?」

「結衣も知っている」

 知佳の眉が吊り上がり、息遣いが荒くなった。知佳は立ち上がって、大きな声で抗議した。

「なんで、なんで私と兄ちゃんにだけ教えてくれなかったの?私、今、すごく怒ってる。納得がいかない!」


 皆の緊張が高まりしばらく沈黙に包まれた。義弘は知佳の目を見て答えた。

「知佳、昌平、すまなかったな。お前たちと真貴を合わせる前に、いや、真貴を我が家で迎える前に、お前たちにひざ詰めで話さなくてはならないことがあったんだ。それは簡単に納得できるような話ではない。それをするには時間が足らなかった。だからお前たちが違和感に気づいて、私の話を聞いてくれる準備が整う日を待っていたんだ」

 美和子が続いて口を開いた。

「知佳、昌平。このやり方を提案したのは私なの。おじいちゃんの話、最後まで聞いて。それできっと納得できると思うの」


 知佳は意外な人物が発案者と知って戸惑った。

「えっ?おばあちゃんが……お母さんも賛成したの?」

「えぇ、難しいところでしたが、私もおばあちゃんの提案に賛成しました」

 圭が答えた。さらに礼司が続いた。

「私は、その提案を後から聞いたのだが、そのやり方でよかったと思ってるよ。いまからおじいちゃんが話す内容は、龍口家に何代も前から成人になった血族にだけ口頭で伝えられてきた話だ。私も十六歳になった時に初めて聞いた。そのときは到底信じがたい話だったんだよ」


 昌平が知佳に落ち着いた声で話しかけた。

「知佳、まずは話を聞こうよ。そのうえで納得できるかどうかを判断したらいい」

「……わかった。ちょっと心の準備をする」

 知佳は目を閉じ、大きく深呼吸し、ソファに腰を下ろした。

「いいよ。はじめて」


 義弘がゆっくり話し始めた。

「では……礼司叔父さんが話した通り、我が龍口家には代々受け継がれてきた言い伝えがある。それは“千年の後の世に至りて、龍神の御心に適ひし童女、龍の洞に現れ出づべし。一族の宝として崇むべし。恭しく迎へ奉り、慎みて仕ふべし”というものだ」

 仁が解説した。

「『千年の時を超えて、龍神に選ばれた少女が現れる。その子は一族の宝である。大切に迎えよ』という意味よ」


 義弘が続けた。

「私は十六歳の時に、私の祖父と父とからこの言い伝えを聞かされた。祖父、つまり昌平、知佳の曾々爺さんが言っていた。龍口家は鎌倉時代の始めくらいにこの佐間に定着して、この地の有力者として村を束ねてきた。その祖先から子孫に託された使命だ、と」

 知佳は少し驚いた。

「我が家にそんな言い伝えがあったなんて……じゃあ、叔母様も十六になった時に聞かされたの?」

「そうよ。それを聞いたので私は国文学を勉強してきたのよ」


「お父さんはいつ聞いたの?私はもう二十歳なんだけど。おばあちゃんやお母さん、それに結衣はいつ知ったの?」

 義人が答えた。

「私は二十歳の時に聞いたよ。十六歳というのは昔の日本の元服年齢だね」

 美和子も答えた。

「私と圭さんは真貴を迎える三日前に教えていただきました」

 圭が続けた。

「『急にだけど大切な話がある』って、おじいちゃんとお父さんそして叔母様から、お義母さんと一緒にお話を伺いました。秘密の伝承なんてびっくりしましたが、三人が真剣で、一人きりの女の子を引き取りたいということでしたの信じることにしました。結衣には私がその翌日にできるだけわかりやすく説明しました」


  義弘が続けた。

「私は昌平と知佳には、知佳が十八歳になったら二人に一緒に話すつもりでいたのだ。しかし、それよりも早く真貴は現れた」

 知佳は、真貴が現れるまで母も祖母も何も知らなかったことを聞いて、意外に思った。

「……そうなの」


 昌平は知佳と大人たちの会話は話の大事なポイントがずれていると感じていた。

「あの……伝承を受け継ぐ年齢やタイミングも大切でしょうが、でも、その前に確認させてください。『真貴は千年前の世界から来た』って、本気で言ってるんですか?そもそも、真貴はどういう状況で発見されたのですか?」


 義人が答えた。

「五年前の六月十一日の早朝、湯多神社の参道で意識を失って倒れているところを発見された。白装束に裸足、手に笛を持っていた。すぐに病院に運ばれた。衰弱していて命の危険があった。むろん警察は事件ではないかと周囲の防犯カメラも車のドラレコも調べた。しかしそれらに真貴の姿や真貴が乗せられていた可能性がある車両はなかった。おまえも知ってるように湯多神社の裏手の禁足地に潜龍窟がある。伝承の龍の洞だ。私が真貴が発見された翌朝調べに行った。潜龍窟の入口は普段は石が詰まれ塞がれている。その石積みが崩れていた。そして後から気づいたんだが、潜龍窟から神社までの間に小さな裸足の足跡があった」


 仁が続けた。

「私たちは警察の事情聴取の後、真貴に会いに行ったの。真貴は混乱して怯えていたわ。警察と真貴との会話は成立していなかった。それでも懸命に冷静を保とうと頑張っていたのよ。私は平安時代に話されていた言葉で真貴に語り掛けたの。あのときの真貴の返事は忘れられない。十歳足らずの子からよどみのない平安語の返事が返って来たのだから。あの瞬間、私たちは伝説の子が現れたと確信できたの」


 美和子も続いた。

「真貴をこの家に迎えた日、私たちは真貴から、神社の参道にたどり着くまでの話を聞きました。恐ろしく、悲しい、そして不思議な話でした。あの子は武者の家の子で、千年前、村を飢饉から救うために自ら申し出て生贄になって潜龍窟に入ったそうです。そうしたら、地震やまばゆい光や大きな音がして、気が付くと今の時代に来ていたそうです」


 圭も続いた。

「真貴の話を聞いた時、私は涙が止まりませんでした。あの子の話に嘘偽りはないと思います。その後の真貴との生活でもそのことは確信しています。知佳だって真貴がどんな子かよくわかっているでしょう?」


 知佳は怒りが収まりつつあった。

「真貴がまっすぐで嘘をついたりするような子じゃないことは、私だってよくわかってます。私は真貴のことを怪しい人間と思っているわけじゃないんだから」


 昌平は、話の進行に合点がいかなかった。礼司を見て言った。

「しかし……やはり……叔父さん、科学者としてどうお考えですか?」

 礼司は腕組をし、片手を顎に当てていた。

「昌平、私が『そんなことありえない』と否定すると思っていたのかな?」

「そんなことは考えていません。しかし……」

「科学は“わからないこと”を受け入れて、それを解明していくものというのが私のスタンスだよ。科学者としてというのなら、まず現象をありのまま受け入れることだ。昌平が取り組んでいる地震発光だって一九六〇年の松代群発地震での観測までは伝承の類とみなされていたんじゃないかな?」


 昌平は自分が、あたまから「ありえない」と考え、目の前にあるものを拒絶していたことに気づいた。

「……そうです」

 礼司が続けた。

「たしか問題の六月十一日の夜明け前、湯多神社あたりを震源とする地震があって地震発光が観測されたと言っていたんじゃなかったのか?」

「……はい。かなり特異な現象が記録されていました」


 少し話が途切れた。知佳は両手を抱いて考えをまとめていた。

「兄ちゃん、私、真貴がどこから来たかについてはすごく納得ができた気がする。ずっと事情を教えてもらえなかったことは、まだ少し腹が立ってるけど、初対面の時に『平安時代から来たマキちゃんです』と紹介されていたら、たしかに受け入れられたかどうかわからない」

 昌平も腕組みをし、考えをまとめていた。

「僕は、まだ……納得できてはいないよ。ただ、今のところ、真貴は伝承通りに平安時代から時間を越えて現れたと説明する以外に説明がつかない、というのも確かだ」


「真貴は千年前から来た」

驚くべき事実が明かされた

しかし、隠されていた事実はこれだけではなかった

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