第二十二話 昌平の帰省
東京大学に通う昌平と、アフリカの農業支援に行っていた礼司が来た
真貴ははじめて二人にあったが、すでに会ったことがあるような感覚を覚えた
九月半ばを過ぎると佐間には秋の気配が漂いだす。九月の最終の金曜日の夕方、龍口昌平は、大叔父の礼司の運転する車で佐間へ帰省した。結衣が母屋の玄関に走り出迎え二人を座敷に案内した。義弘が二人を座敷で出迎えた。
「おかえり、昌平。礼司、久しぶり。今日は昌平をありがとう」
「いやいや、大宮で会議に参加してたもんでね。合流できてよかったよ。さすがにこっちは涼しいなあ」
「まったくだよ。東京はまだ熱帯夜なんだから」
結衣が真貴を連れて座敷にやってきた。
「兄ちゃん、おかえり。叔父様、こんにちは。紹介します。私の大親友、望月真貴ちゃんです」
真貴はすこし恥ずかしそうに、両手を重ねお辞儀をした。
「龍口家の皆様にお世話になっています、望月真貴です」
「君が真貴ちゃんか……龍口礼司です。はじめまして」
礼司はしばらく真貴を見つめ、目を義弘に転じた。目が合うと義弘は小さくうなずいた。
「真貴ちゃん、はじめまして。龍口昌平です。真貴ちゃんのことは、知佳からも結衣からも聞いてるよ。僕のこともよろしくね」
昌平がにっこりしながら答えた。
真貴は二人に初めて会ったのに、なぜか懐かしい気がした。二人とも、義弘とどこか似ていた。礼司は義弘より、やや背が低かったが、がっしりした体つきでよく日に焼けていた。昌平は義弘と同じように背が高く、穏やかな笑顔が祖父譲りだった。それだけでなく、真貴には知っている誰かに似ている気がして考えていると、勢多にいた頃、真貴を可愛がってくれていた若い叔父を思い出した。
「じゃあ、わたしたちはまた後で」
結衣と真貴が連れ立って座敷から出ていった。
義弘が礼司に声をかけた。
「今日は泊まっていくのだろう?少し早いがビールで始めるか?」
「そうだな。喉も乾いてるし」
「昌平、お前も飲むか?」
「おじいちゃん、僕まだ未成年だよ。大学生になったらいいってのも、今はダメなんだから。台所からビールと何か取ってくるね。僕は麦茶にする」
昌平が台所を立ったのを見て、礼司が義弘に声をかけた。
「真貴ちゃん……なんというか、想像していた通り……いや、想像を上回っている……。昌平には言い伝えの話はしてないんだよね?」
「あぁ、まだだ。お前も知っての通り、アレは理屈で説明できないものは受け入れようとしない可能性が高いからねえ……」
「なるほど…優秀だが経験不足の理系の若者らしいな」
その日の夕食は佐間在住の龍口家のメンバーに礼司と昌平とが加わり、大いに盛り上がった。
夕食後、母屋の居間では義弘、礼司、昌平に義人も加わり、話が弾んでいた。義人が昌平に尋ねた。
「夏休み中に免許を取ったんだって?金は大丈夫だったのか?」
「大丈夫。バイト代がしっかりあったし、一発試験で、二度目に合格したからね」
「学科はともかく実技はどうした?」
「うん、大学の三回生なんだけど、高校のときの先輩が自動車部でね、構内にあるコースでいろいろ教えてもらったんだ。夏休みはバイトや免許や旅行とかでいっぱいで、帰省するのが今日になって…」
礼司が昌平に尋ねた。
「ちゃんとマニュアルで取ったんだろうな?海外じゃオートマ免許は通用しないぞ」
「もちろん、叔父さんに聞いていたからね。叔父さんはしばらくアフリカだったんだよね?」
「そうだよ。農業指導に行っていた。砂埃だらけのでこぼこ道を毎日ランクルで走っていたよ」
義弘が礼司に尋ねた。
「もう十年以上、お前もアフリカでの農業指導に関わっていると思うが、成果は上がっているのか?」
「ゆっくりとだが成果は上がっている、と信じている……と答えるしかないな」
昌平が質問した。
「いきなり先進国の農業機械ややり方を持ち込むことは無理とは思うけど、化学肥料とか多収穫の種子とかで、素早い生産性向上は見込めないの?」
礼司は少し考えてから答えた。
「昌平でも、そういう認識か……。農業というのはシステムなんだ。一部だけをいじると、短期的には成果が出たように見えるけど、長くは続かない。悪くするとシステムを壊してしまう」
「もう少し具体的に教えてください」
「化学肥料や多収穫の種子は使い方を理解しないと使えない。私がかかわっている村の多くは何百年も、もしかしたら千年も前からのやり方で農業を行っている。日本でいうと平安時代の農業を行っているようなものだ。理解がないまま、いきなり現代のやり方に切り替えることはできない」
「……」
「まずは人と社会の問題なんだ」
「つまりシステム……」
「私は村の人たちが『なぜうまくいかないのか?』『ではどうする?』に気づくまで話し合いを続けて自分らの力で解決できるようにすることを目指しているんだよ」
結衣と真貴の就寝の様子を見に行っていた美和子と圭が戻ってきた。美和子が座りながら言った。
「あら、まるで子どもの教育のようね」
「お義姉さん、ご無沙汰でした」
「またアフリカに行かれたと聞いて心配してましたが、ご無事で何よりです」
圭も腰をおろし挨拶した。
「叔父様、お久しぶりです。昌平がお世話になりました」
「圭さん、昌平の成長を見るのは私の楽しみでしてね。分野は違いますが、最高の弟子ですよ」
圭は笑顔でうなずき昌平に声をかけた。
「昌平、いつまで居られるの?食事のこともあるから」
「日曜日の昼飯を食べたら東京に戻るよ。十月から後期だから」
「じゃあ、明日の夜は“むしり”にでもしましょうか。こっちで何か予定はあるの?」
「明日の午前は湯多神社に行こうと思ってる。六月の半ばの明け方、地震があったでしょ。どうも震源は湯多神社あたりで、そのとき地震発光があったようなんだ。だから、現地を自分の目で確かめるつもりだよ」
発言の後、大人たち皆に戸惑いの表情が浮かんだことに昌平は気づいた。
「……どうしたの?」
礼司が小さくうなずき答えた。
「いや、地震の時に発光があったなんて気が付かなかったよ。湯多神社でなにか見つかるといいな」
「そう簡単に何か見つかるとは思ってないよ。でも行くよ。叔父さんが教えてくれたじゃない。自然科学者はまず現地に行け、五感で探れ、そして考えろ、って」
「いい弟子だ」
礼司は立ち上がり、少し乱暴に昌平の頭を撫でた。
「では、私はこれで休みます。明日は朝ごはんをいただいたら諏訪に戻ります。おやすみなさい」
礼司に続いて昌平も「今日は天然のエアコンなのでぐっすり寝れる」と言って退出した。
義弘が義人に尋ねた。
「潜龍窟は今どうなってる?」
「石を積みなおして塞ぎました。しめ縄も張りなおしています」
「……そうか」
佐間の夜は肌寒くなってきた。盛んだった虫の音も、いつの間にか遠のいていた。
昌平は生贄の洞の近くにある神社に興味を示した
彼の科学的アプローチは何を明らかにするか……




