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第十九話 知佳の帰省

結衣の姉、知佳が夏休みで帰省した

剣道が得意な知佳との出会いは真貴に大きく影響する

 翌週水曜日の午後、祖父の義弘が運転する車で知佳が帰ってきた。

「おばあちゃん、ただいまーっ!」

 知佳の大きな声が母屋の玄関先から聞こえ、結衣は玄関に走った。


「姉ちゃん、おかえりーっ!あれ、おじいちゃんは?」

「おじいちゃんはお祭りの話し合いに行っちゃった。結衣、ただいま。寂しかったでしょ、姉ちゃんがいなくて?」

「そんなことないよ」

 結衣と知佳が連れ立って居間に入ってきた。知佳は白いハーフパンツに黒のTシャツ姿で現れた。髪をポニーテールにまとめ、背が高かった。


 真貴は立ち上がってお辞儀をした。

「知佳様、はじめまして。望月真貴です。龍口家でお世話になっています」

「真貴ちゃんね、おじいちゃんから聞いてるわ」

 知佳は膝をついて真貴に視線を合わせた。

「真貴と呼んでください」

「オーケイ。じゃあ、私のことは『姉ちゃん』って呼んでね」

「……『お姉さま』とお呼びしてよいでしょうか?」

「うーん、『知佳様』よりいいか。じゃあそれで」

 美和子がお盆におやつとお茶を載せて台所から戻ってきた。

「知佳、おかえり。おやつにしましょう、水羊羹よ」

「うれしいっ!」

 知佳は美和子からお盆を受け取り、居間のテーブルに置いてすばやく配膳した。


「姉ちゃん、高校はどう?楽しい?」

「部活は楽しいんだけどさ、勉強はけっこうたいへん。兄ちゃんが成績よかったでしょ。先生たちが『昌平の妹?』て目で見るの。いやになる」

 知佳のぼやきを笑顔で受け止めて美和子が尋ねた。

「今日からはゆっくりできるの?」

「うーん、そうもいかないかな。合宿でできてなかった宿題と勉強しないといけないし、明日からは、湯多神社でお神楽の練習があるから。晩ごはんは今日は皆でこっちでしょ?それまで、荷物を部屋に広げて風を通してくるから」

 知佳は立ち上がって母屋の玄関に置いた荷物をもって、新居の自分の部屋へと向かった。


 帰宅した翌朝、知佳は祖父と一緒に木剣の素振りをしようと、中学生の時に使っていた木剣を手に庭先に出た。祖父と真貴がすでに庭に出てストレッチを始めていた。

「おじいちゃん、真貴、おはようございます」

「おはようございます」

 真貴が手を止め丁寧に挨拶した。義弘も笑顔で挨拶した。

「知佳、おはよう。よく起きてきたね」

「毎朝自分できちんと起きてるよ」

 三人はストレッチを終えて、木剣を手にした。

「では、始めよう」


 そんきょの姿勢から立ち上がり、義弘の合図で素振りが始まった。しばらくすると知佳は真貴の素振りが小学生離れしていることに気が付いた。ふつうの小学生の素振りは、木剣で目前の物を叩こうとするような動きになる。手と足の動きがバラバラで頭が上下したり左右に振れたりもする。ところが真貴は構えに無駄な力が入っておらず、スムーズに振り出す切先は、仮想の相手を「切り」にいっている。頭がぶれることもない。

「止めっ!今朝はここまで」

 義弘の合図で三人は木剣を腰に納め、仮想の相手に礼をした。

「おじい様、お姉さま、ありがとうございました」


 真貴は二人に丁寧にお辞儀をして母屋に向かった。その後姿を知佳は感嘆してみていた。真貴が母屋に入ると義弘が知佳に話しかけてきた。

「知佳、真貴の素振り、どう見た?」

「びっくりした。真貴はずっと前からやってるの?」

「少し手ほどきを受けたとは聞いている」

「それであれはすごいわ。防具を付けた稽古は始めてるの?」

「まだだよ。そこで相談なんだが、知佳が使っていた防具を使わせてもいいかな?」

「もちろん!これから先が楽しみ」


その日の午後、結衣と真貴がおやつを食べていると、知佳が母屋に顔を見せた。

「真貴、ちょっと一緒に来ない? 結衣も来る?」

知佳は二人を龍口家の納戸に案内した。薄暗い納戸の古椅子の上に、使い込まれた大きな袋が置かれていた。中には何かがぎっしり詰まっているようだった。


知佳は袋を開けて中身を傍らの台に取り出しながら、真貴に話しかけた。

「これはね、私が小学生の頃に使ってた剣道の防具なんだ。かなり傷んでるし、ちょっと匂いもするけど、よかったら真貴が使ってくれないかな」

紺に赤い縁取りの面、赤の胴、紺の垂れと小手が並べられた。

「いいんですか、私が使っても……?」

「結衣は剣道はやらないって。そうだよね?」

真貴は隣の結衣を見た。結衣は微笑みながら軽くうなずいた。

「このままだと誰も使わなくてもったいないから、使ってもらえると嬉しいんだけどね」

「ありがたく使わせていただきます。とてもうれしいです」

「よかった」

「触ってみてもいいですか」

「もちろん」

真貴は面を手に取った。ずっしりと重かった。本格的に剣道ができると思うと、心が躍った。


 知佳はお盆明けの八月二十日まで龍口家に留まり、再び、義弘に送られて長野の寮に戻っていった。昌平はお盆には戻るような話になっていたが、直前になって連絡があり、結局戻らなかった。

 

 龍口家の皆は、八月十二日の湯多神社の例祭で知佳が舞う神楽を楽しんだ。湯多神社の縁起によると、その昔、この地に巨大な蜘蛛の化け物が現れ村々を襲って村人を食い散らすようになった。そこで龍神様は一人の巫女をこの地に遣わした。巫女は化け物蜘蛛を倒し村々を救った、と伝わっている。知佳が舞う神楽は巫女の戦いを伝えるものだった。

 

 大きな篝火に照らされた舞台に、白衣はくい緋袴ひばかま、薄く緑の龍が描かれた千早ちはやを纏った知佳が現れた。神楽舞はゆっくりと静かに始まった。次第にテンポがあがり、知佳は腰に佩いた太刀を抜いた。知佳は大きく動きながら太刀を振るい、ついには魑魅を倒した。その後、太刀をゆっくり鞘に納め、顔を上げた知佳の姿は神々しかった。結衣も真貴も、普段は見ることのない知佳の姿に圧倒された。真貴は両手に汗をかいていた。まるで自分が巫女になって化け物蜘蛛に立ち向かったかのような感覚を覚えた。


真貴は知佳が舞う神楽”龍神の巫女”を見た

龍が描かれた千早を着て舞う知佳の姿に真貴は陶酔した

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