第十六話 初めての買い物
真貴の社会勉強が始まった
まずはショッピングモールでの買い物である
真貴の夏休み最初の社会経験は、お店での買い物になった。学用品や雑貨、そして普段着を何点か、自分で選んで買う——それがショッピングモールでの課題だった。圭が休みのとれる土曜日に、真貴と結衣を連れて行くことになった。
この話が決まって一番はしゃいだのは結衣だった。当日、朝ご飯を食べ終えると、いつもより張り切って圭の手伝いをし、出発の時間を今か今かと待った。時間になると、結衣は真貴と圭の手を引っ張るようにして車に乗り込んだ。
車は真夏の青空の下、背を伸ばした稲が風にそよぐ田んぼの中を走り、ショッピングモールへ向かった。千年前に湖だった場所が立派な田んぼになっていることは、真貴にはまだ信じがたいことだった。
開店時間ごろ、三人の乗った車は駐車場に入った。真貴はテレビでは見たことがあったが、実際に目にするのは初めてだった。今までで一番大きな建物は入院していた病院だったが、それをはるかに上回る大きさに言葉を失った。中に入ると、広々とした空間、美しく整然と並ぶ商品に圧倒された。
三人はまずカジュアルウェアの店へ。今日は真夏に着るシャツやボトムを二、三点そろえることになっていた。真貴は戸惑いながら鏡の前で服を合わせてみたが、「似合う」という感覚がよくわからなかった。
一方、結衣はTシャツを一枚買ってもらう予定で、チラシで目星をつけていたためすぐに終わった。真貴の選び方は地味に見えたが、圭に「今日は真貴の初めての買い物だから口出しはダメ」と止められ、結衣は口をつぐんだ。
衣類の支払いは圭がカードで済ませたが、学用品や雑貨は二人が予算内で選び、現金で支払う練習をすることになっていた。まず結衣が見本を見せ、真貴はその様子を注意深く観察。圭から千円札の入った財布を渡され、口の中でやり取りを繰り返し練習しながらレジへ。
「いらっしゃいませ」
「お願いします」
「七百五十八円になります」
「千円からお願いします」
「はい、おつりとレシートです」
「ありがとうございました」
初めてのやり取りを無事に終え、ほっとして財布におつりをしまい、商品を包装台へ持っていくと、結衣が抱きついてきた。
「真貴ちゃん、すごい! 初めてなのに一発でできたね!」
「できました。結衣ちゃん、ありがとう」
圭が笑顔で小さなエコバッグを渡すと、真貴は丁寧に品物を収めた。
「真貴、落ち着いてできていたわよ。お昼はフードコートにしましょう」
食事を終えると圭が聞いた。
「初めての買い物、どうだった?」
「とても緊張しました。お店も、お金を見たのも、使うのも初めてでした」
結衣が驚く。
「えっ? じゃあ、どうやって買い物してたの?」
「必要なものは交換で手に入れてました。勢多にいたころ、父や叔父はお米を暮らしに必要なものと交換していました」
「じゃあ、お米も何も持ってない人は?」
「働かせてもらって食べ物をいただいていました。みんな、食べるだけで精いっぱいでした。着替えの服を持っている人は身分の高い人だけでした。今日、何着も服を買っていただき、申し訳なく思っています」
「真貴、今は服を何着も持ってるのが普通だから、気にしなくていいのよ。さ、そろそろ帰りましょう。忘れ物ないようにね」
結衣が圭に聞いた。
「おかあさん、本屋さん寄ってもいい?」
「いいわよ。真貴、本屋さんは楽しいわよ」
真貴は本屋に行くことになった
現代仮名遣いが分かるようになった真貴はどんな本に出合うのか




