第十二話 難題
戸籍を持たない少女を、この世界で生かすための最大の壁――家庭裁判所による聞き取り調査
龍口家の居間で、大人たちは重い現実と向き合う
七月に入って最初の金曜日の夜遅く、龍口家の居間では義弘と義人の話し合いが行われていた。
「父さん、マキちゃんの『就籍』の申請なんだが、かなり面倒なことになってきている。家庭裁判所の判事が『本人に対する聞き取り調査が必要だ』と言い出したんだ」
「前の話では回避できそうだと言ってなかったか?」
「そうは言っていないよ。『子どもだし、事故や犯罪は絡んでもないので早めに手続きできそう』という話だったんだ」
「入院中に警察が病院で行った事情聴取だけで済ませることはできないのか?」
「厳しいみたい。そもそも聞き取りの目的が違うらしい。警察が知りたいのは事件性があるかないかなんだが、裁判所は戸籍がない状況に至った状況を詳細に把握し、就籍許可の可否を判断するためだそうなんだ」
義人は腕を組み、苦い顔をした
「それはまずいな」
「そうだよね。病院にいたときは言葉が通じにくい状況だったし、マキちゃんも混乱していたから『ワカリマセン』の一点張りで通せたけど、今は、そうはいかないよね」
「聞き取りをする調査官は聴取のプロだ。下手に話を作って行っても、あっさりばれてしまうだろう」
「とはいえ、『私は千年前の平安時代から来ました』なんて、さすがに無理があるよね」
マキの様子を見に行っていた美和子が仕事の準備を終えた圭とともに話し合いに加わった。
「今のマキちゃんは、もう八割がた私たちの言葉が分かりますし、自分でも話せます。何を尋ねられているか、分かるでしょうし、答えようとするでしょうね」
「お義母さんのおっしゃる通り。マキちゃんは正直できちんとした子です。自分の身を守るための嘘など言えないと思います」
義弘が少し考えて発言した。
「義人、裁判所の聴取予定日はいつかな?そしてもし聴取の結果、マキちゃんが嘘をついていたと判断されたらどうなるだろう?」
「提案があったのは七月十日だよ。マキちゃんが真実を語っていないとなったら……何か判例があればわかりやすいんだけど、おそらくは警察で再調査ということになるんじゃないかと思う」
「再調査が行われても混乱が増すだけだろうなぁ……」
重苦しい沈黙が居間に落ちた。その空気を、美和子が静かに破った。
「マキちゃんには裁判所での質問に正直に話すよう伝えるのがいいと思います。そもそもマキちゃんが見つかった状況をうまく説明できるシナリオなんて書けないでしょう」
義弘が答えた。
「でも時空をこえてきましたという合理性に欠けた話を裁判所は受け入れないぞ」
「あなたが言ってたじゃないですか『聞き取りの相手は聴取のプロだ』って。だとしたら、聞き取った“真実”をどう合理的に判断するかは裁判所の責任になるんじゃないですか?」
「思い切った手を考えついたな」
「……父さん、母さんの言う通りのような気がする。小細工は悪い結果につながると思う」
「私もお義母さんのお考えでいいと思います。いい結果になると信じましょう」
沈黙の中で示されたのは、小細工を捨て、真実に委ねるという決断だった
そして家庭裁判所での聞き取りの日がやってくる




