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第九話 望月真貴

マキの現代への順応が進む

戸籍に記す名前をどうするか……

 その日の夜、マキも結衣も休んだ後、龍口家の座敷では、仁を加えた龍口家のメンバーでの話し合いが行われていた。

「圭さん、忙しいのにマキちゃんの食事計画を考えてくれてありがとう」

 義弘が礼を述べると圭がにこやかに答えた。

「いえいえ、これは私もやりがいのある話ですからね」


 美和子が続けた。

「圭さんはね、昔の料理を研究してマキちゃんがなじみのありそうな食材をもとに献立を考えてくれてるの。でも、ちょっと意外だった。鶏肉とか豚肉も大丈夫なのね」

「ええ、私も知らなかったんですが、武士や庶民は鳥や猪の肉を特別なごちそうとして食べていたようなのです。ただ、今のところ刺激の強い調味料は控えてます」

「カレーライスは当面無理かな」


 義人の冗談に表情だけで応えて義弘が続けた。

「姉さん、ありがとう。今日はマキちゃんと結衣のために教科書まで作ってきてくれたんだって?」

「すごいでしょ。個人別版よ。私は以前から子ども向けの古文入門書は作りたかったの。そもそも英語の子ども向けテキストがあるのに今の日本語のもとになってる古文の子ども向けがないのは国語教育の欠陥よ」

「そうはいったって古文は実生活からは距離があるから」

「なにが実生活よ。だから若者がどんどん薄っぺらくなるの」


「マキちゃんの現代語習得は順調?」

 義弘は話題を本筋に戻した。これには美和子が答えた。

「怖くなるほど順調よ。仁さんの教科書が来るまで挨拶とか一人称、二人称とか『はい、いいえ』の返事の仕方とかを教えていたけど、すぐに覚えてしまったわ。算用数字もマスター。ただゼロと位取りの考え方はこれからかな。そうそう、アルファベットにも興味があるの。見渡したら、そこら中にあふれているものね」

「このまま順調にいくと二学期から小学校に行ける可能性はあるね。結衣と同じ学年でいいのかな?」

 義人が発言すると仁が答えた。

「マキちゃんは『十になりました』といってた。数え年だから誕生日が分からないけど結衣と同じ四年生でいいと思う」


 美和子が続けた。

「可能性どころか確実です。義人、マキちゃんが小学校に行けるようにするための役所の手続きは何とかなるの?」

「進めているよ。今の状態は仮保護の扱いで、今後は家庭裁判所の調査を経て保護者指定となるんだ。家裁の調査が当面の課題だよ。マキちゃんには戸籍がないから、まず戸籍を作らなくちゃならない。昨日、長野市の家裁に警察と一緒に出向いて戸籍作成のための『就籍』の申請書類の打ち合わせをしたよ。子どもだし、事故や犯罪は絡んでもないので早めに戸籍は作れると思う。これさえできれば我が家が保護者になる手続きに移ることができる。。そうそう、就学は無戸籍児でも自治体の長の承認があればいけるから」


 義弘が話を受けた。

「義人に言うのもなんだが、お役所仕事だからそれなりに時間はかかるな。ところでマキちゃんの名前はどう申請するつもり?」

「名前の件はみんなに相談したかったんだ。姓は『望月』で決まりだろうけど、名前はカタカナで『マキ』でいく?それとも漢字があるのかな?」


 仁が答えた。

「マキちゃんに漢字の名前はないと思う。平安時代の庶民女性の名は二音節の読みしかないのが普通だったから。ただ、せっかく名前を付けるんだったら、漢字が欲しいね。カタカナ二文字の“マキ”じゃあ、マキちゃんのすばらしさを表せないと思う」


 義弘も答えた。

「賛成だな。こんなことになるんじゃないかと思って考えていた文字がある」

 義弘はメモ用紙に書き始めた。

「これでどうかな」

 メモ用紙には「望月真貴」と記された。美和子が読みくだした。

「まことにとうとい……」

 仁が続けた。

「真貴、いいじゃない。ピッタリよ。私は賛成!」

 皆、笑顔で大きくうなずいた。


「望月真貴」まことにとうとい……

マキの新しい名前が決まった

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