第19話 涙よりも深く
この回は、完全版と同じ内容でお届けします。
編集による省略はありません。
しばらくの静寂が過ぎたように感じてから、俺はそっと口を開いた。
「え?いや、こちらこそごめんだよ。嫌な事をさせてしまって…。」
彼女の瞳をまっすぐ見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
なるべく誠意を伝えなければと思いつつ。
けれど、その奥にある感情の波までは、簡単には読み取れない。
ただ、その涙の理由を追いかけようとすればするほど、余計なものまで揺らしてしまいそうで――
だから、そっと、距離を保ったままの優しさを差し出した。
「違うんです……あたしが、全部悪いんです。嫌じゃなかったんです……。ただ、私が……自分勝手で……。本当にごめんなさい……」
吐き出すように、絞り出すように。
みーちゃんの声は、今にも壊れてしまいそうな儚さを帯びていた。
うーん。本心が分からない。
言いたいことが分からない。
彼女の想いは、霧の向こうにあるようで、手を伸ばしても掴めない。
だから、この時は理解できなかった。
無理に踏み込むことは、たぶん違う。
そう直感して、俺はあえてそれ以上を問わないことにした。
彼女がここまでしてくれたことに対して、俺の方が感謝しているのに、
そのうえ謝られるなんて、逆に申し訳ないくらいだった。
申し訳なさに包まれながらも、俺の声が彼女に届くよう願いを込めて伝えた。
「みーちゃんが謝ることじゃないよ。何も気にしないで。」
みーちゃんは、そんな俺の言葉に、ほんの少し目を潤ませながら、微笑んだ。
「やっぱり、あっくんは優しいな…。遠距離の彼氏は、結構がっつくタイプというか…。ちょっと怖いなって思っちゃうこともあって…。」
みーちゃんの声が、ぽつりとこぼれる。
そこには少しの寂しさと、かすかな戸惑いが滲んでいた。
「そうだったんだ。」
俺はただ、静かに相槌を打った。
彼女の過去に、土足で踏み込むようなことはしたくなかった。
それでも、少しだけ、みーちゃんの心に寄り添えたような気がした。
けれど、彼氏という存在が、みーちゃんの中で「少し怖いもの」になってしまっている事実に、
俺は憤りを感じたし、優越感すら感じていた。
そして――
それまでの楽しくて、照れくさくて、幸せに満ちていた時間とは違って。
ふと、お互いが「この時間の終わり」を意識し始めたような。
そんな、柔らかい寂しさが漂い始めていた。
「そろそろ帰らないと…。」
みーちゃんが、静かに口を開いた。
その響きが胸に沁みた。
その声には、確かな覚悟と、ほんのわずかな名残惜しさが滲んでいた。
「そうだね、門限の時間が近いもんね。」
視線が一瞬だけ交差して、すぐに逸れる。
それが余計に、別れの気配を強く感じさせた。
帰ってほしくない、けど引き留めてはいけない――
そんな葛藤が胸の奥でぐるぐると渦を巻いていた。
「…はい…。」
小さな返事。
その響きは、ひどく寂しくて。
本心では、どうにかして引き止めたかったけど。
でも、それ以上何も言えなかった。
「また明日、迎えに来るね。」
俺はそう言って、彼女の背中をそっと後押しするような気持ちで微笑んだ。
「はい、お願いします。」
みーちゃんが、ふんわりと笑い返してくれる。
けれど、その笑顔の奥には、言葉にならない感情が静かに灯っていた。
そうして――
静かに、優しく、そしてほんの少し寂しく、二人はその日を終えた。
残された時間は、あと一日。
約束の、その期限まで――。
▶ 第6章 ― 第20話につづく。
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