第0章 惰眠、そして。第1節 眠気
【現代一一深夜1時 一一 アパート】
「なあ、俺って……何がしたかったんだっけ?」
仰向けに寝転んだまま、天井をぼんやりと見つめる。
電気を消し忘れた部屋の青白い光の蛍光灯が、ジジッと微かな音を立てている。
スマホの画面はすでに真っ暗で、さっきまで大学のレポート課題のために見ていた「日本政治史」という動画も、自動再生の連鎖の果てに停止していた。
統帝大学、政治経済学部。一浪して、やっと滑り込んだ第一志望。
高校三年の秋以降、猛勉強を重ね、模試のE判定をひっくり返しての合格だった。
「受かったときはさ、ほんと嬉しかったんだよなぁ」
頭の中に、合格発表の日の記憶が浮かぶ。
喜びに満ちたあの瞬間。けれど、それも今では遠い過去のようだ。
そんな記憶を現在に重ねてみる。
春から始まった大学生活は、想像していたものとは違った。
政治学ねぇ、確かに授業内容は面白いよ。租税の歴史、議会制民主主義の限界、制度設計の理論、政治哲学の基本概念。
けれど、俺は真剣さに欠け、授業内のグループワークも付け焼き刃ばかり。教授たちも慣れ切った授業をこなすだけで、本気で「何かを変えよう」とする熱はないし。怠惰な上にも怠惰に暮らす毎日。
よっ友みたいな友達はいるけど、心の友と呼べる親友なんていないし、、
「もう完成されてるんだよ、この世界は。選挙も、法律も、政治も……何を学んでも、俺にはどうしようもできないって、思っちゃうんだよな」
そうやって、自身の怠慢を合理化するだけ。
気づけば、昼夜逆転の生活になっていた。講義も履修登録だけして、ほとんど出ていない。
時計を一瞥し、もう一度、天井を見上げる。
「はは、こんな人生なんなんだろう笑、、何かさ、変えられる世界に行ってみたいな」
行動力を失った大学生なりに、弱々しい願望をしてみる。
「あぁねむ、、。」
眠気が、ゆっくりと彼の意識を包み始める。
瞼が重くなり、世界が滲んでいく。そして、意識は暗闇へと沈んだ、、、?
突然、何者かが、突如、玄関の扉が激しく叩き割られる音が響いた。
バァンッ!!!
「……っ!?」
隆太は飛び起きた。心臓が跳ね上がる。
このアパートのドアは鍵をかけていたはずだ。それが、今――開いている。
「おい、誰だ……?」
声が震える。廊下の奥から、荒い足音が響いてくる。
次の瞬間、ドアがバンッ!と勢いよく開かれた。
男がいた。
目が血走り、刃物を持っていた。
何も言わない。ただ、無言で、まっすぐにこちらを見ていた。
「は……? 何で……」
ヤバい。
その瞬間、刃が振り下ろされた。
ヤバい。
熱い。喉元に灼けるような痛みが走る。
声が出ない。血が喉を満たし、視界がぐにゃりと歪んだ。
ヤバい。
「っ……か、は……」
倒れた身体の上から、なおも何度も刺される。
世界が、真っ赤に染まっていく。
(……え……俺……なんで……)
(走馬灯って、ないんだなぁ笑笑)
(あぁ、俺、課題やってねぇや、やらないと、、、)
続く。