54.ブラシ
花鹿を倒した。これを解体して、捕まっていた獣人たちの食事にする。魔神の鞄に、花鹿を収納する。
「改めてだが、そのカバン、本当に便利だな」
アメリアさんと一緒に、皆のもとへ戻る最中だ。
「モノも無限に入れられるし、欲しいものを取り寄せることができるなんて。文字通り、魔法のカバンだな」
うんうん、とアメリアさんがうなずく。たしかに、これは便利すぎるアイテムだ。
「む? そういえば、肉をこれで取り寄せることもできたのではないかい?」
「そうなんですけど……どうやら取り寄せには、コストがいるみたいなんです」
「コスト……?」
これは愛美さんに教えてもらったことだが──。
「取り寄せるたびに、手持ちのお金が消費されるんです」
「! なるほど……店で買うのと同様のシステムということだな」
「そうでしゅでしゅ」
しかも、取り寄せるものによってコストが異なる。お肉はまあまあ高い。手を突っ込んで、何を取り寄せるか念じると、いくらかかるかが頭の中に情報として流れてくる。
「現地で取れるものは、取った方がいいかなと」
「そうだな。旅には金がかかるものだからな」
ややあって、私たちは皆のもとへとやってきた。
『あ、やすこにゃんたち帰ってきました!』
「ふにゃー!」
ましろが飛び込んできた。私は正面からましろを抱き上げる。
「にゃー!」
『【どこいってたのよっ、心配させてまったくもー!】ですって』
ええー……。
「でかけましゅって言ったじゃん……」
「ふにゃー! しゃー!」
『【なでなで! なでなでするの!】ですって』
マイペースすぎる。まあ猫だから仕方ない。神だけども。
これから食事の準備をしないといけないのだが、ましろがじっとこちらを見ている。
「にゃ?」
『【早くしてよっ】って。あのですねぇ、やすこにゃんはこれから、食事の準備をするんですよぉ』
「にゃう……」
『【準備なんて数秒でできるでしょ?】』
いやいや、魔物の解体や野菜を切ったりしないといけない。
「んにゃー!」
『えっと……素材を並べなさいですって』
私はカバンから花鹿の死骸と野菜をボトボト取り出す。野菜は取り寄せた。街で買ったものもあったが、それだけでは足りなさそうだった。
「解体しないとな」
アメリアさんが言うと、ましろはふるふると首を振る。
「ん~~~~~~~~~~にゃっ!」
ボッ、と食材が一瞬でバラバラになった。野菜は刻まれ、魔物の肉は解体済み。皮は剥がれ、ツノも外してある。
「しゅ、しゅごい……」
「にゃふ」
『【解体なんてお茶の子さいさいよ】ですって。わー、すご……でも衛生面が……あっあっ、このやりとりさっきもやったー!』
てしてしてし、とましろが愛美さんの霊体をたたく。この人も学ばないらしい。
「煮込み作業はあたしのほうでやっておくから、コネコちゃんは、ましろ様の相手をしてあげてくれ」
「たしゅかりましゅ……」
その場にしゃがみ込み、ましろのことをなでる。
「ふにゃ」
『【ブラッシングして】だそうです』
あー……たしかに、最近ブラッシングしてなかったかも。
『猫用のブラシなんて持ってるんですか?』
「いえ……」
「にゃにー!?」
『【聞いてないわよそんなの!?】ですって。いや、しょうがないでしょう? ブラッシングなんてしてる暇、今までなかったんですし』
その通りだ。呼び出されてから今に至るまで、いろいろやることがあった。
「しゃー!」
『どうにもブラッシングしないと駄目っぽいですね……どうします?』
しょうがない。私はカバンからブラシを取り寄せる。ああ……散財が続く。
猫用のトリミングブラシを取り寄せると、ましろは膝の上でころんと仰向けになる。早く早く、と尻尾で膝をたたいて催促する。
私は向こうの世界でよくやっていたように、ましろのお腹をブラシでかく。
「ふぉおおお~……♡」
ましろが気持ちよさそうに声を上げる。懐かしい感覚だ。向こうではよくやっていた。
しゃっしゃっしゃ、と私はましろのお腹や背中をかく。
『うひゃ~。抜け毛すご。これ、繰り返したらつるっぱげになっちゃうんじゃないです……?』
いつもなら無礼な発言にましろの制裁が入るところだが、今回はブラッシングでご機嫌のようで、多少の無礼は許されるらしい。
「不思議と、つるつるにならないんでしゅよねー、こんなに毛が抜けるのに」
『人体の不思議ですね……。猫ですけど』
「ねー」
のんきに喋りながら、私はましろをブラッシングする。アメリアさんは鍋で煮込んでいる。
「毛玉ボール、こんなに……」
私の前には、こんもりとした大きな毛玉ができていた。ましろがもう一匹できたのかと思うほどの量だ。
「にゃふ……♡」
ましろは満足そうだ。たっぷりブラッシングしてあげたのだから当然だろう。
「満足でしゅ?」
「にゃっ!」
『【まあまあ!】ですって。あんだけやらせておいて……。それにしても、毛玉やっぱりたくさん出ましたね』
ふわふわの毛玉ができあがっている。
「これどうしましょう?」
『カバンの中に入れておいてはどうですか? 異空間になってるので、ゴミと荷物が混ざることはないですし』
それもそうだ。愛美さんの提案に従い、私はましろの毛玉をカバンにしまう。
「さて、アメリアしゃんを手伝わないと……」
すると、誰かが私の膝の上に乗ってきた。
「ヨルしゃん?」
「ひゃん!」
嫌な予感。ヨルは目を輝かせて尻尾を振り、じっとブラシを見ている。
「えっと……もしかして……ブラッシングしてほしいでしゅか?」
「ひゃんひゃんっ!」
ましろが気持ちよさそうにしているのを見て、自分もやってほしくなったのだろう。
「えっと……正直、お膝がしびれてきたんでしゅが……」
「くぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……」
「ああもうっ、わかりましたよっ」
ましろにしたように、ヨルにもブラッシングをしてやるのだった。