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ベルリオールの花嫁  作者:
第一章
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ep7 殿下の秘密①

 

 ベルリオールに嫁ぎ、早くも二ヶ月が経つ。


 …何も進展がない。

 と、腹立たしさを感じていたある日のこと、エルオーシュは初めて王族だけの晩餐会というものに招かれた。


 花嫁が異国の地での生活に慣れた頃に、とカルロスが一月以上前に招待していたその催しを、アーウェスがことごとく断っていたらしい。


 しかし、ついに押し切られたのだろう。

 王弟夫妻として揃って参加して欲しいと、カルロスからの招待を受けた。


 本来は、夫の口から直接聞くものではないのかとエルオーシュは腹立たしかった。


 おのれ、とお飾りな妻としか見ないアーウェスを心の中で散々罵ったエルオーシュは、それでも王弟の妻として着飾らなければと腰を上げた。




 婚儀の準備を思い出すような、女官たちの念入りな準備に辟易しながら、ふと不安な気持ちがよぎる。


 正しい作法ができるか怖いのだ。なにしろ、隣り合った国とはいえ文化や習慣が違う。夫は助けてはくれないだろう。


 こちらの礼儀はわからない。

 何が失礼になるのかも、常識も。エルオーシュの立ち振る舞いが、祖国の評判を貶めることになるかもしれない。


 そう考え始めると、さらなる不安が胸に押し寄せてきた。


「妃殿下。ドレスはこれでよろしいですか?」

 

 ざわめく心を意識しながらも、出されたその衣装を見た瞬間、エルオーシュはひとまずその不安を忘れるほどの悪寒に、背筋を震わせた。ぞっとする。


 季節に合った、柔らかそうなふわふわとしたドレスには、レースとフリルがふんだんに使われている。さらに恐ろしい事に、その色は幼女に着せるのかと思うような、可愛らしい桃色だった。 


「それはさすがに無理…」


「いいえ!妃殿下の可憐なお顔には、このようなお召し物が一番似合うのです」


 可憐…?この女官は妃を褒めなければ罰を受けるのかもしれない。

 誉めてくれるのなら、豪胆だの凛々しいなど言われる方が嬉しいのに。


「妃殿下はもっと自分を知るべきですわ」


 などと言われ、鏡の前に立たされた。やはり淡いピンク色が似合うとは思えない。あまりのことに閉口していると、女官はエルオーシュが納得したと思ったのか、満足そうに頷いた。他の女官たちも、お似合いだと褒めそやしてくる。


 まさかこれは、新手のいじめではないか?と恥をかかせようとする女官の魂胆を疑い、腹心の侍女に視線を投げた。


「…ロッソはどう思う?」


 いたく真剣に髪留めを選んでいたロッソが、その呼びかけに顔を上げた。


「おやまあ。大変お似合いです。姫さまのためだけにデザインされたようなドレスですね。髪も縦巻きにでもしましょう」


 どこかの人形のようだ、とエルオーシュは青ざめた。


 

 


 


*****



「幼女が抱いて眠る、おかしな人形みたいだな」


 顔を合わせたアーウェスが、エルオーシュを眺めるなり無感情に呟いた。

 おかしなとは失礼な。と、ぎりりと奥歯を噛みしめる。


 着飾るのならば、もっと色気のあるドレスがよかった。この男が関心を抱くくらいの大人の女性の装いだ。


「好きでこうなったんじゃない」


 むっすりと言い返しながらも、アーウェスの姿を眺める。


 珍しくきちんと正装をしている姿は気品があり、ある種の迫力があった。贅沢な調度品に彩られた王城のきらびやかな雰囲気ですら負けるほどに、男は美しかった。

 本当に姿形だけは良い男だ。


「エルオーシュ王女。今宵は王族の晩餐会、と堅苦しく招待したが、かしこまることはない。私たちは家族となった。そのような気持ちでくつろいで欲しい」


 王妃をともない食卓に現れたカルロスが、真っ先にエルオーシュに声をかけ、にこやかに笑った。


「そうよ、エルオーシュさま」


 次に、優しい声音を響かせたのは王妃のアナソフィアだった。婚儀で顔を合わせたことはあるが、話すのは初めてである。アナソフィアは、金髪に茶色の瞳をもつ、おっとりとした優しげな風貌を持つ美しい女性だった。

 そんな美しい王妃は、きらきらした瞳でエルオーシュを見つめている。


「わたくし、ずっと妹が欲しかったのよ。アルライド王国の王女様を、そのように呼びかけるのは失礼かしら、とも思ったのだけれど…。でも!よろしければ仲良くしましょう」


 期待のこもった瞳で見つめられ、エルオーシュはうなずくしかなかった。エルオーシュの知っている祖国の王妃とは印象がまったく違う。かなり砕けた態度をとる王妃なのだな、とエルオーシュは内心驚愕していた。


 アルライドの王妃は、気位が高く、常に威厳をまとった人だった。気軽に言葉をかわすなど許されない存在だ。


 それに比べ、アナソフィアは人なつっこく、威厳こそないが親しみに溢れ、エルオーシュはすでに文化の違いに動揺を感じていた。


「まあ、嬉しい。今度、わたくしの部屋にいらして。お茶を飲みながら女同士で積もる話でもしましょう?」


 アナソフィアはそう言って、嬉しそうに笑った。


「アナ。お茶会はいいが、私への愚痴を王女どのに語る気だろう。お手柔らかに頼むよ」


 カルロスは苦笑して、妻をたしなめた。その際、優しく妻の手を握る。


「あら、愚痴を言われて当然と思うような行動をしていると、ご自分でも把握しているのね」

 

 軽口を叩きながらも、お互いを見つめる眼差しは温かい。


 とても夫婦仲は良いようだ、とエルオーシュはそれにも驚いた。王族という立場であるのだから、二人も当然のように政略結婚だろう。それなのに、誰が見ても恋人同士というような空気感は、祖国の国王夫婦しか知らないエルオーシュにとっては違和感を覚えるものだった。


「この場で説教はやめてくれないか。君がどうしても、と前から計画していた楽しい場だろう。ようやく実現したのだ。つまらない話はなしにしよう」


 カルロスが諭すようにささやけば、アナソフィアはそうね!と機嫌良く頷いた。


 それが合図だったかのように、次々と美味しそうな食事が運ばれてきた。贅を尽くした品々に、エルオーシュの目は奪われる。


「ご遠慮なさらないで。お酒は嗜われる?ベルリオールの料理はお口に合うかしら?」


「お酒は、…少し。いつも頂いているものは、祖国の味とは違いますが、どれも美味しいです」


 ボロを出すわけにはいかない、と控えめに頷けばアナソフィアはうっとりと頰を染めた。


「なんてお可愛らしいのかしら。こうして間近でお会いしてみると、魅入ってしまいそうに可憐なお姫さまね。ねえ、カルロス?」


 突然の賛辞にエルオーシュの息が一瞬止まる。アナソフィアは、ひらひらとした桃色のドレスと縦巻きの髪型を気に入ってくれたのかもしれない。


「王女殿は今宵もお美しい。アルライドの王女の噂を聞きつけた我が国民が、一目見ようと王城に群がったのにも頷ける。期待を裏切らない花嫁に、皆はさぞかし歓喜しただろう」


 柔和に笑うカルロスは、アーウェスの兄とは到底信じられないほどに、優しげな気配を纏っている。本当に親類に向けるような温かな眼差しを向けてくれる。それに、大げさすぎる賛辞にもエルオーシュは信じられないと戸惑っていた。


「本当に美しいわ。アーウェスに勿体無いくらい。肌のお手入れも、その輝く髪のお手入れもアルライドには何か特別な方法があって?ぜひ教えて欲しいわ」


 ずいっとアナソフィアの顔が前のめりになる。


「どうでしょうか…。女官に任せきりで、自分で手入れなどは……特に…。何も分からず、お教えできる情報がなくて、申し訳ありません」


 アナソフィアを喜ばす会話を出来ないことに、エルオーシュは焦りを感じた。


 世継ぎを産む、その任務のためならアナソフィアに気に入られた方が都合がいいだろうと思ったからだ。


 本来は国母となる可能性のある女性だ。エルオーシュが世継ぎを産んでも、祖国の王妃のように王子とその母親の妃をいじめ抜くような関係となるのは避けたかった。


「まあ、羨ましい!幸せね、アーウェス」


 嫌な話の振り方だな、と思った。アーウェスは幸せどころか、エルオーシュの姿を見ただけで、いつもうんざりした顔をするのだから…


「そうですね。義姉上」


 感情のこもらない、適当な受け流しだ。アナソフィアは愛想がない、とぷりぷりと義弟に怒りはじめた。


「そんな態度では、可愛い花嫁に嫌われてしまうわよ。大事にしなさいな」


「そうですね。気をつけましょう」


 またもやアーウェスは無感情にそう言った。むっとするアナソフィアの肩に、カルロスの手が乗った。


「あまりお節介な事を言うのはやめにしよう。心配しなくとも、なかなか面白いことになっているようだから」


 くっくっとカルロスは弟をみつめながら、愉快そうに肩を揺らしている。


「初めて、お前のために何かをしてあげられ気がする」


「…何がですか」


 鬱陶しげに、アーウェスは兄のにやけた顔を睨んだ。


「もちろん、兄として大事な事を。何も欲しがらない、欲もないお前にずっと必要な物を与えたかった。いつも私の顔を立てるために、表舞台に立とうともせず、影に徹して…。重い役目ばかり背負わされて。この兄の切ない気持ちをわかって欲しい」


 エルオーシュは、思わず食事をする手を止めてしまった。


 影に徹して。その言葉に、はっとしたからだ。


 アーウェスは、普段は政務も放棄してぶらぶらしている。周りからはきっと、怠惰なちゃらんぽらん王弟として見られていることだろう。


 私の顔を立てるために、とカルロスは言った。もしかすると、アーウェスはわざと…


 その可能性に気づき、とくんと小さく胸が音を立てた。よくわからない感情が胸に広がる。


「俺に欲がない?ありますよ」


「ほお?どんな望みがあるというんだ」


「いいからほっといてくれ、余計なことをするな、という望みが」


「ずいぶん辛辣なことを言う弟だ」


 カルロスは笑っていたが、エルオーシュはどぎまぎしてしまった。アーウェスが冗談を言っている風ではなく、冷たくカルロスを睨んでいたからだ。


 兄とは言え、一国の国王にそのような態度は許されるものなのだろうか。やはり、祖国とは文化が違う。


 エルオーシュが二人の様子を気にしていると、カルロスの侍従が慌てたように入室してきた。


「陛下!王太后陛下と前宰相閣下がお戻りになりました。陛下に今すぐお会いしたいと…」


「なんだって?まったく、母上も叔父上も、いつも突然だな」


 まあ、とアナソフィアも心配そうに口元に手を当てる。

 たしか、王太后陛下は息子が王位を継いだ後、過ごしやすい南の離宮に移り住んでいると聞いていた。


 カルロスの叔父も、早くに引退しのんびりと自領で隠居生活をしているはずだ。

 いったい何をしに、そのような人物が来たのだろうか。


「兄上。なら俺は失礼します」


 アーウェスは心得ているかのように席を立った。

 まだ晩餐会が始まったばかりだというのに、とエルオーシュは困惑する。


「アーウェス、待て」


「いいえ、俺がいないほうがいい。そうでしょう?」


 ため息をついたカルロスは、ちらりとエルオーシュを見た。


「…王女殿はどうする」


「当然つれて行きます。王太后陛下の少しでもお気に障らぬように」


 ぽかんとしているエルオーシュの手を掴んで、アーウェスは早々と退出した。


「殿下、いったい何だと言うんだ」


 なぜ、引きずられるように歩かされているのか。

 国王夫妻の招いた晩餐会だというのに、なんて失礼な退出の仕方だろうか。慣れないドレスが重く、急がされるのが煩わしい。


  しかし、そう思った時、ふとアーウェスは歩みを止めた。それは急過ぎて、エルオーシュはアーウェスの背中に鼻をぶつけることになった。


「ぶ!…いったいなんなんだ!」


「王太后陛下」


 アーウェスがまっすぐ見つめる先には、厳しい目付きでこちらを睨む女性がいた。髪の色も、瞳の色もすべてカルロスに似ている。


 しかし、息子とは違い、氷のような冷淡さと頑なさが伝わってくるような人物だった。この人が王太后イザイラ。とエルオーシュまでも、その姿に立ちすくんだ。その横に、もうひとり金髪と同じ色の髯をたっぷりと口の上にのせた、背の高い男がいた。


「よくない報告をこのレオンから聞き、駆けつけました」


 怒りを隠すようにイザイラは口元を、扇で隠した。


「お前のようなものがアルライドの王女を頂いたと!」


 我慢できない苛立ちが、彼女の体を振るわせている。

 私のことか?

 あまりの勢いに、エルオーシュは失礼とわかりながらぽかんと女を見つめた。



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