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ベルリオールの花嫁  作者:
終章
45/48

ep44 独占欲

 


 肌寒い風が、やがてやわらかなものに変わった季節。


 ベルリオールが負った傷痕も、ようやく雪どけ水とともに緩やかに溶け流れはじめていた。

 耳を澄まさずとも聞こえる喧騒と歓声を、アーウェスは少々鬱陶(うっとう)しくも頼もしく聞いていた。

 兄が築くベルリオールは揺るがない、と実感できる。


 だが今日は、自分が兄に代わり、王家の威光を示さなければならない日。


 年に一度の、国が主催する大がかりな剣技大会は、戦以外で唯一、アーウェスが活躍しなければならない場であった。


 剣士達の集まる剣技大会は、人々の娯楽。貴族から庶民まで、会場に足を運び盛り上がりを見せる。

 どのような戦いが見られるのかと、人々の話に花が咲く。


 しかし、今年も優勝者の話は誰も口にしなかった。

 それはもう、わかりきっているからだ。


 集まった、その強靭な剣士達の頂点をこれまで極めていたのが、ベルリオールの王弟であるアーウェスであった。ここ数年間、連勝を見せる優勝者の座は揺るがないと人々は確信していた。


「アーウェス」


 身支度を整えていたアーウェスの背に、聞き慣れた声が届く。アーウェスはゆっくりと振り向いた。


「たまには、手加減するというのはどうだ。おまえがいつも優勝なのはそろそろ飽きた」


「ご冗談を。俺は今年も兄上に勝利を捧げるため、一心に励みますよ」


 アーウェスが淡々とそう返すと、カルロスは楽しそうに喉を鳴らし、瞳を細めた。


「すごい活気だ。あんなことがあった後だというのに、見ろ。ベルリオールはたくましい」


「…当たり前です」


「去年と変わらずの盛り上がりだ。なにもかも元通り…だというのに、ひとつだけわだかまっているものがあるな」


 意味深な微笑みを浮かべる兄に、アーウェスはあきらめの気持ちでため息をつきながら、その顔を見返した。


 何が言いたいのかは、聞かずとも重々承知だ。


「エルオーシュを帰す手筈は、どこまで進みましたか」


 彼女がローネリアの刑に意見をしてきたあの日から、アーウェスはまったくエルオーシュと言葉を交してはいなかった。


 たまに見かけることはあったが、目が合ってもお互いに視線をそらしていた。


 …いや、そらしていたのは常にアーウェスだ。


「素直じゃないな、お前は。本当は帰したくないのだろう?お前が行くなと行ったら、彼女は帰らないだろうに」


「面白いことを言いますね。俺が、そんなにひとりの人間に執着するように見えますか?」


 執着しているだろう?

 とカルロスは声に出さずに、アーウェスの瞳を見返した。

 執着、ね


 目を閉じて、己を嘲笑する。


 執着しているから、わざわざ手放すのだ。

 これはエルオーシュにあげた逃げ道だ。


 まだ、アーウェスがエルオーシュを手放せる時に手放してやれなかったら、きっと彼女は幸福にはなれない。


 自分に女を幸せにできる能力はないと、アーウェスはわかりすぎるほどに知っている。

 できるのは、傷つけて、巻き込んで、泣かせるだけ。


 傷つき、子供のようにひどく泣いていたあの姿は、もう見たくはない。

 きっと、心から彼女を大切に想う者が現れる。


 アーウェスが傷つけた分、幸福を授けてくれる者が。

 その場所でなら、彼女は幸せに笑っているはずだ。


 今は、それだけを願う。

 身勝手な執着心で、傍に置くべきではないのだ。

 だから、取り返しがつかなくなる前に、彼女を解放する。


「私も王女殿に執着している」


 ふいに響いた兄の謎な言葉に、さすがにアーウェスも眉をひそめた。


「彼女はお前に必要な人だ。だから私は、彼女に行って欲しくない。光をまた見失しなうつもりか、アーウェス」


 また。

 その言葉がひっかかり、目を細める。


 うなずいたカルロスに、再度アーウェスはため息をついた。

 ああ、そうか。と


 いったい、いつのことを話しているのだ、この人は。


 弟の、幼いあの頃の誰もが経験するような淡すぎる感情を、いつまで気にしているのか。

 そう思うと、だんだん可笑しくなってきた。


「殿下、そろそろ…」


 控え室に現れた者は、アーウェス付きの騎士だった。そろそろ、出番らしい。


「今向かう」


 愛用の剣を腰に吊し、手袋に指を通す。


「では、陛下。今年も貴方のために勝利をつかみましょう」


 優雅に兄に腰を折り、アーウェスは踵をかえした。


「アーウェス、自覚しているのか?」


 ふと、その呼びかけに足を止める。


「お前は王女殿を愛しているのだよ」


 柔らかく響いた声に、振り向かずにアーウェスは笑った。


 愛?

 違います。


 歪んだ独占欲というのです、兄上。


 心の中だけで言いながら、アーウェスはその場を後にした。








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