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ベルリオールの花嫁  作者:
終章
44/48

ep43 我が儘に

 


 少し傾いた西日が回廊を照らし、ふたつの影をつくる。


 国王陛下の執務室を出たエルオーシュは、ロッソを連れ、私室へと向かっていた。エルオーシュの後ろを歩くロッソは、執務室を出たあとも一言も声を発してはいない。


 久しぶりだというのに、言葉を交わさないこの状態が気まずく、エルオーシュは思い切って立ち止まった。


 なぜ戻ってきたのか、故郷はどうなっていたのか。気になることはたくさんあったが、いざロッソの顔を見ると言葉が紡げない。


 きっと彼女は怒っている。

 恐る恐る、といった様子でロッソの顔を覗きこむように視線を上げたエルオーシュに、彼女は無表情のままそっと口を開いた。


「エルオーシュさま、私は怒っています」


 ……ああ。やっぱり

 勝手に、話を交さぬままアルライドに返してしまったのだから。


「うん…」


「私はエルオーシュさまが一番おつらいときに、傍にいることを許されなかった」


 いつも、どんなことがあっても平静な顔のロッソが、少し悲しそうに眉を下げているのを見たエルオーシュは、目の奥が熱くなるのを感じていた。


「ロッソ…」


 たまらなくなって、その細い体に抱きつく。

 何年も前から、ずっとエルオーシュを支えてくれていた人の香りを胸いっぱいに吸い込むと、次から次へと涙が溢れおちた。


 ロッソは抱きしめ返してもくれないし、甘えさせてはくれない。

 昔からそうだった。


 しかし、何もしてくれなくても、すべてを受け止めてくれるのだ。

 エルオーシュにとっては侍女ではなく、昔から姉のような存在だった。


「おつらい思いをなさいましたね」


 優しい響きを残す声とともに、頭をそっと撫でられる。

 ロッソはきっとすべて知っているのだろう。

 エルオーシュに起きたすべてのことを。


「ロッソ…。私は…」


 どうしたらいい?

 そう続けようとした言葉を、エルオーシュは飲み込んだ。

 エルオーシュは一度だって、ロッソに弱音を吐いたことはない。

 吐いてはいけない。


 吐いてしまったら、ロッソの主としてはふさわしくないような気が、いつだってしていた。

 アルライドに帰らなければならない。

 でも帰りたくない。


 ベルリオールに残りたい。

 何度傷ついても、どうしようもなくアーウェスの傍にいたいと思ってしまう。

 しかし、それを吐き出せずにエルオーシュはロッソの胸に顔を埋めていた。


「エルオーシュさま。今のあなたは私の知っている姫さまではありません」


 突き放す言葉だというのに、意外にも諭すような柔らかいその響きにエルオーシュは顔をあげた。

 ロッソがそっとエルオーシュの両肩に手を添える。


「私の知っているあなたは、もっと我が儘でした」


「わが、まま…?」


「まっすぐで、迷わずに突き進む強いお方でした」


 ロッソはかすかに吐息を吐き、微笑みを浮かべた。

 珍しいその顔に、エルオーシュは魅入る。


「このようにぐずぐず悩んでいる性格ではないと、姫さまが一番わかっているはずです。そうでないのなら、私の主にはふさわしくない。あなたはもう、ご自分が何をやるべきか理解しているはずです」


 ゆっくりと言い聞かせるようなロッソの言葉に、エルオーシュはいままで霧がかかったように重かった頭が、一気に冷えていくのを感じていた。


「思い出してください。我が儘だったあなたを」


 我が儘

 我がままに

 自分の思うままに突き進む。

 自分の望むことをする。


 いつからそれをしなくなったのだろう。

 そうだった。

 こんなのは、自分らしくない。


 いつでもそうして手に入れようとしていたのに、いつから忘れていたのだろう。

 まだ自分は、一度だって本気で手を伸ばしてはいない。


「ロッソ」


 腹心の侍女に呼びかけながら、エルオーシュはやっと自分を取り戻したような気がしていた。

 臆病さも、迷いも、身に纏わずに突き進んでいたかつての自分。全力でぶつかってみなければ、わからないのだ。

 あきらめて逃げるのは、それからでいい。


「はい。姫さま」


「陛下の所へ戻る。ついてきてくれ」


 気付かせてくれてありがとう、と感謝の気持ちはあえてロッソには言わない。

 それをロッソが求めているから。ロッソの主でいたいから。


 心の中だけで感謝の言葉をつぶやきながら、エルオーシュは涙をふいて、(きびす)をかえした。




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