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ベルリオールの花嫁  作者:
終章
43/48

ep42 見えない本心

 


 反逆者の処刑は、ある暗い雨の日に行われた。

 公開されない死刑は、どこで行われたのか知る者は少ない。


 大規模な反逆劇は、意外にも静かに幕を閉じた。

 ロベルトの姪であるローネリアは、斬首を免れた。

 与えられた刑は国外追放。


 その刑に処せられた彼女は、僻地で静かに暮らすことを許された。

 こうして、すべては終わった。


 あとは、新たに道を踏み出すだけ―――







 何もかもが終わり、数日が過ぎた頃、エルオーシュは一人カルロスに呼ばれた。

 この部屋に足を踏み入れるのは初めてだ、とエルオーシュは緊張しながら椅子にゆったりと座るカルロスを見つめる。


「わざわざ来て頂き、感謝する。王女殿」


 突然のカルロスの呼び出しに、あまりエルオーシュは驚かなかった。

 理由は、なんとなくわかっていたからだ。


「アーウェスから話は聞いた。あなたが望むなら、アルライドに帰すと」


 その問題にできるなら向き合いたくないエルオーシュは、無意識にカルロスから視線をはずした。

 考えさせて欲しい、とエルオーシュはアーウェスに言った。

 それは時間稼ぎだった。早く結論を出さないための口実だったのだ。

 あれからもう、ずいぶん日は経っている。


 ついに、カルロスから持ちだされる日が来たか、とエルオーシュは気付かれないように震える(こぶし)を握った。


「王女殿は、アルライドに帰ることをお望みか?」


 望んでなんかいない。

 しかし、答えは出ている。

 アーウェスは言ったのだ。必要ないと。


 ならば、望んでいなくともエルオーシュはここを去らねばならない。


「…王女殿はあの時、牢での時の会話を覚えているだろうか」


 それを聞いたとたん、エルオーシュはむっとカルロスを睨んでしまった。

 …牢での会話。


 エルオーシュを国賊の花嫁だと言って、国王じきじきにエルオーシュを閉じ込めた時の事だ。

 カルロスは、まんまとエルオーシュを騙していたということになる。


「ああ。そうか。あなたを騙したことを許して欲しい」


 少しおかしそうに口元をゆるめたカルロスに、エルオーシュはさらにむっと眉をしかめた。


「ひどいです、陛下。私は本気で…!」


 本気で、アーウェスがカルロスのせいで死んでしまう、と追い詰められていたのに。


「敵を騙すには、まず味方からというだろう?これでも私も苦悩した。それにあなたに言ったことは嘘ではない」


 アーウェスを信頼している気持ち。

 あらがえない政治の流れへの重圧。

 そして、エルオーシュに託した思い。


 それは、本当に演技ではなかったのだろう。嘘ならば、あんな顔はできない。…おそらく。


「しかし、王女殿の必死な顔を見ていたら、思わずすべて話たくなった。その様子がいじらしく、可愛らしくてね。私も大変だった」


 満足そうな顔でエルオーシュを見下ろすカルロスに、この人は…、とエルオーシュは悪態をつきたくなった。


 カルロスという人物は、誠実で温厚、民を愛する心を持つお人好しの善人に見えていた。

 少し、大国の王にしては優しすぎて不安になるような。

 だが、違った。


「……陛下は、まさしくアーウェスの兄なのですね」


「おや?何か言っただろうか」


「いいえ」


 人を煙にまくのが得意な方だ。

 もしかして、この人が一番したたかで恐ろしい人なのかもしれない。

 とエルオーシュは疑惑の視線を、カルロスに向けた。


「…ああ。話がそれてしまったが、私があの時言ったことは、私の願いなんだ」


 あの時と言っても、エルオーシュの頭の中には騙されたという記憶しかない。


「あなただけは、アーウェスをいつまでも信じてあげて欲しい、と。ずっと見捨てないでやって欲しい。私はそう言った」


 あの時の切実な声を思い出したエルオーシュは、返事を出来ずに(うつむ)いた。

 エルオーシュだけ信じていても、アーウェスが拒絶するなら意味がないのに。


「言葉だけが真実ではないんだ。アーウェスの場合は特に」


 彼が何を伝えたいのかがわからなく、首を傾げる。


「アーウェスはあなたを大切に思っている」


 そんなはずはない、とエルオーシュは首を横に振った。期待して、また勘違いをすることが怖かった。


「そんなこと、あるはずがありません。私は…、陛下の願いに答えることができません」


 私はアーウェスの傍にいることは許されないのだから。

 だから、結局は去るしかない。


 その覚悟は、遠からずしなければならないのだ。

 それが、つらかった。

 離れる覚悟をしなければならない。


「私は……ベルリオールを去ります」


 歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

 言葉にするには多大な勇気が必要だった。


「本当は、父がベルリオールを裏切ったときに、去らねばならなかったのだと思います。最初から、私はここには…アーウェスには必要なかったのです」


 それが少し遅くなっただけだ。

 こうなるのだったら、その時に国に帰れば良かったのかもしれない。

 ロベルトが暴走をすることもなかっただろうし、アーウェスの事も好きにならずにすんだ。


 別れることに、こんなに辛い思いをしないですんだ。

 どうせ、アルライドに帰ることになるのだったら…


「それは、違う。王女殿」


 ドレスをぎゅっと握りしめ、うつむいたエルオーシュの耳に、カルロスの静かな声が届く。

 そっと顔をあげると、カルロスは少し困ったような様子で頭を()いていた。


「アーウェスに絶対言うな、と言われていたのだが…しかたがない」


 自分自身を納得させるように、そう呟いたカルロスは、今度は晴れやかな顔でエルオーシュを見返した。


「王女殿は、アーウェスが真面目に政務に励みだした理由(わけ)をご存知か?」


 もちろん、知るわけはない。

 エルオーシュが嫁ぐまで、…いや、嫁いだあとも、アーウェスは政務を嫌い、好き勝手に遊び(ふけ)っていた。

 それがなくなったのは、確かアルライドにまで遠征に行った後くらいだったような気がする。


 いつからか、私室でも書類を手にしていることが多くなった。

 それは彼が政務をきちんとこなしていたからだ、といまさらエルオーシュは気がついた。


 あらためて考えてみれば、とても気になることだった。


「王女殿…、あなたを傍におくためなんだ」


 その言葉が耳をうつ。

 予想もしなかった理由に、エルオーシュは呆然とカルロスを見つめることしかできなかった。


「実は、アルライドとのあの出来事の後、国の後ろ楯をなくした王女殿を正妃から下ろす、という話が我々の間で出た。そして新たな正妃を迎えようと話を進めていたのだが…」


 やはりそうだったのか、とエルオーシュはぎゅっと無意識に胸を押さえた。

 あの日からもうすでに、エルオーシュはベルリオールには必要なかったのだ。


「だが、政治に興味がなく近づこうともしなかったあのアーウェスが、珍しく私のもとへ来て、王女殿を変わらずに己の正妃の地位に据えたい、と嘆願しにきた」


 カルロスはその時のアーウェスを思い出したのか、微笑むような柔らかい表情を浮かべた。


「だから私は、条件をだした。王女殿の正妃としての永遠の待遇を得たいのなら、私と共に国を支えてほしいと。意外にアーウェスはすぐにその条件を呑んでくれたよ」


 信じられない話に、エルオーシュは言葉を失った。

 アーウェスが、私を永遠に正妃にするために……?


「この話を聞いても、アーウェスが王女殿をどう思っているのかわからないだろうか?」


 少しおかしそうにカルロスはエルオーシュを見つめた。

 わからない。

 とすぐに思った。


 アーウェスが何を考えているのかわからない。

 いや、本当はもうわかっていた。

 だけど、信じられないだけ。

 信じて、落胆するのは恐い。


「……アーウェスは、優しいから、国に裏切られ、行き場のなくなった私を助けた、というのは…?」


 躊躇(とまど)いがちに、エルオーシュはカルロスに聞いた。

 なぜか、少し目を見張ったカルロスがすぐに声をたてて笑いだした。


「なるほど。貴方たちがすれ違うのがよくわかった」


 エルオーシュには、いまいち意味がわからない言葉を発したカルロスは、まだ可笑しそうに笑っている。


「気になるのなら、直接アーウェスに聞いてみればいい」


 アーウェスに、もう一度。

 その勇気は、自分にあるだろうかと不安になる。

 エルオーシュは、ただただ困惑していた。

 せっかくベルリオールを去ると覚悟していたのに、わからなくなる。


「そうだ。今日ここにお呼びしたのは、これだけではないんだ」


 急にカルロスは、執務室からに別の部屋に続く扉に歩みよった。


「ずいぶん待たせたが、入ってくるといい」


 誰がいるのか、と開けられた扉をエルオーシュは凝視した。


「はい」


 その冷たいと思えるほどの堅い響きには、聞き覚えがあった。

 皺などひとつも見つからない侍女のお仕着せのスカートが、まず目にはいる。


「姫さま」


 軽く目礼をしたその顔を見たエルオーシュは、あまりのことに固まってしまった。

 エルオーシュと顔を合わせても、微笑みもしない表情の変わらない顔。

 毅然とした態度。

 なにひとつ変わっていない。


「ロッソ…」


 声に出した途端、なぜかその胸にすがりついて泣きたいような気分になった。




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