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ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
42/48

ep41 陰謀の結末

 

 エルオーシュは足を止めなかった。

 ナーナが名前を呼びながら追いかけているのに気付きながらも、先を急ぐ。

 重厚な扉に手をかけると、傍に控える衛士達までも、エルオーシュを引き止めた。


「お待ち下さい、妃殿下」


 その声を無視し、扉を押し開ける。

 唐突に現れたエルオーシュを、謁見室にいる者達は驚きの表情を浮かべて出迎えた。


「失礼を承知で、陛下に異を唱えたく存じます…!」


 息を切らしたままの上擦(うわず)った声でそう告げる。

 それまで悠然と玉座に腰かけていたカルロスは、ふいに立ち上がった。

 

「これは、王女殿。あなたがここにくるとは」


 カルロスが咎めたい理由はわかる。

 謁見室に居並ぶ者は、国の心臓ともいえる重臣達のみだ。


 王妃も座さない政治の場は、とっさに姿勢を正したくなるような堅い雰囲気がある。

 しかし、エルオーシュは退出するわけにはいかなかった。


「ローネリア様の刑に異を唱えます」


 カルロスの目の前で跪く人物に視線を向けながら、エルオーシュは確かな声でそう告げた。

 跪くのは、ふたりの衛士にはさまれ、両手を鎖で封じられたローネリアだった。


 国を危険にさらした者は許してはおけない。

 王族を害した罪は当然重い。


 それは身分を問わず、平等に与えられるのだ。


「異を?彼女は斬首の刑と決まった。ロベルトやランフォード、その他の者と同じように」


 カルロスの声は、床を這うような低さを響かせながらエルオーシュまで届く。

 その声の堅さは、国王としての責任を負うカルロスの覚悟が見えた気がした。


 現宰相として国王を支えながらも、長く国王暗殺を企み、それを実行し、数々の人々と王族を危険にさらした彼の罪は重い。


 王に剣を向けるものは、どのような理由があろうとも死罪。

 それが大国を成り立たせるために絶対的に必要な法律であった。


「これ以上重い罪などないと思うが、王女殿はさらなる刑をお望みか?」


「いいえ。私はその刑は重すぎると訴えにきたのです。ローネリアさまのお命をお助けください」


 ざわり、とあたりは騒然とした。

 顔を上げたローネリアと目が会う。

 彼女は、憎しみをこめた瞳でエルオーシュを睨み見据えていた。


「エル」


 人目を避けるように目立たない所で国王の采配を聞いていたらしいアーウェスが、重臣達の間をすり抜け、エルオーシュの前に歩みよった。

 会ったのは、彼の本心を聞いたあの日以来だった。

 呼吸をするのも苦しくなるような胸の痛みを感じながら、エルオーシュはアーウェスを見上げた。


「どういうつもり?」


 声を発したのは、アーウェスではなかった。

 エルオーシュはアーウェスから視線をはずし、中央に跪くローネリアに歩み寄る。


「私が、何をしたのかわかっているのでしょう?」


「もちろん、わかっています」


 しっかりとした声音で答えたエルオーシュは、玉座に座るカルロスを再び仰ぎ見た。


「陛下、ローネリアさまの罪は重すぎます。どうか、お考え直し下さい」


「王女殿。彼女があなたにしたことは重い罪に問われるべきものだ。そして私に反意あるものと見なされる」


 国族であるロベルトと通じ、王弟の正妃に薬を投与し、王族の子を害した罪。

 これも、王に刃を向けたものと見なされる。


「ローネリアさまは、陛下に反意があったわけではありません。そうですよね、ローネリアさま」


 ローネリアに向きなおると、彼女は鋭い瞳でエルオーシュを射抜いた。


「ええ、そう。そうよ」


「陛下や国ではなく、狙いは私だけだったのでしょう?ローネリアさまは、アーウェス…王弟殿下の妃。あなたは、殿下のために彼の嫌いな政治との関わりを深くする存在を消そうとしたのですね」


 エルオーシュは、居並ぶ重臣たちに届くようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 なぜ、と唇を動かすローネリアを、表情も変えずにエルオーシュは見下ろした。


 処刑されて欲しくなかった。

 そして、救えるのはエルオーシュだけだと思った。


 彼女のことは、たぶん一生許せない。

 しかし、そうするに至った彼女の心にくすぶる思いは、エルオーシュにはわかる気がした。

 ローネリアも、アーウェスを欲している。


 独占したいと思う気持ち、愛されたいと思う気持ち、すべてエルオーシュにはわかってしまうのだ。

 どうしようもなく彼に恋焦がれながら、彼の気持ちがわからずに持て余す辛さも、エルオーシュの中でくすぶっている。


 ローネリアの気持ちが、辛くなるほどにエルオーシュにはわかってしまうのだ。


「偽善者ね」


 静かに美しい声が響いた。


「そんなにいい子ぶりたいの?あなたのそういうところ、大嫌いよ。みんなに好感を持たれたいから?殿下に好感を持たれたいから?それとも私に恩を着せて、勝ち誇りたい?そんな計算で、私を振り回さないで!」


 悲痛な声に、エルオーシュは口をつぐんだ。

 エルオーシュと同じようにアーウェスを欲し、その果て罪を犯した女に、こんな形で、…悲しい形で死んでほしくないと思うのは、エルオーシュの利己心に他ならないのだ。

 確かにそれは偽善かもしれない。

 

「………陛下、私の異を聞き入れて下さいますか」


 ローネリアから視線を外し、玉座を見上げる。

 しばらく目を閉じたカルロスは、口を開いた。


「わが王族の一員である、王弟の正妃の嘆願だ。検討しよう」


 カルロスは、なぜかエルオーシュの地位を強調した。その身分は高く、重いものだと重臣のみならず、エルオーシュに自覚させるように。

 エルオーシュの一存が、どのような結果をもたらすのか、最後まで責任を持たなければならない。その覚悟を、カルロスの瞳は(うなが)しているような気がした。


 それでも、ほっとしたエルオーシュは、無意識に小さく息をはいた。

 きっと、ローネリアの斬首は免れるだろう。


「冷たい人」


 あざけ笑うようなローネリアの声に、エルオーシュは眉をひそめた。

 赤い唇をつりあけながら、彼女は再び口を開く。


「子を失った事に、何も憎しみも感じないの?もう忘れてしまったのかしら。しょせん政略結婚でできた子になんて愛情はなかったのかしらね。ひどい女…」


 思わずエルオーシュは右手を振り上げていた。

 肌がぶつかりあった音が、厳かな室内に響きわたる。


 呆然とこちらを見上げるローネリアを、エルオーシュは泣きそうになりながらもきつく睨みつけた。

 どれほど、取り戻したいと思ったか。

 どれほど、愛しく感じたか


「私はあなたを許していない!きっと一生許さない。…忘れないで下さい。あなたは…人ひとりの命を奪ったんだ」


 興奮してあがった息を何度もはく。

 ぎゅっと唇を噛んで、こちらを睨み続けるローネリアを見下ろす。

 震えた肩に、誰かそっと触れた。


 エルオーシュの体ごと、かばうように後方に引いたのはアーウェスだった。

 いつの間にか、エルオーシュの前に歩み出ていた彼の背中を、エルオーシュは困惑しながら見つめた。


「ローネリア」


 呼ばれた彼女は力なく、アーウェスを見上げた。


「殿下…」


 言葉にしたとたん、ローネリアは泣き出してしまうのかと思うように顔を歪めた。

 先ほど、エルオーシュに見せた表情からは想像できない顔だった。

 そして、エルオーシュが初めてみる表情だった。


「お前は、夫にする男を間違えた」


「…殿下」


 もしかして、エルオーシュが来なくとも、アーウェスはローネリアの刑に異議を唱えるつもりだったのかもしれない。


 エルオーシュが嫁ぐ前ずっと前から、ふたりは仮にも夫婦だったのだから。


「聡いお前なら、わかっていたはずだ」


「私が、ただ権力を求めるために、あなたの妃になったとお思いなのかしら」


 ふっと口元を緩めたローネリアは、悲しそうに―微笑んだ。


「私はただ、あなたのそばにいたかったのよ」


 まっすぐにアーウェスを見つめるローネリアは、ただのひとりの男に恋焦がれる女の顔だった。


「なら、なおさら選んだ男を間違えた」


 変わらない口調のアーウェスに、ローネリアは視線を落として再び微笑む。


 わけもわからず、たまらなく胸が苦しくなったエルオーシュは、その胸を押さえながら時が許すまで二人を見つめていた。


 アーウェスに恋をした女の結末。

 きっとエルオーシュも、彼のそばにはいられないのだ。





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