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ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
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ep39 真相と終焉②

 



「………馬を用意して、道を開けて下さい。妃殿下を殺されたくないのなら」


 ロベルトはエルオーシュを人質にして、何がなんでも逃げ出すつもりらしい。

 無謀すぎる企みに、カルロスもアーウェスも従う気などないのだろう。その場に留まったまま、微動だにもしない。


「道を開けろと言っている!こっちは殺さない程度に傷つけることも可能だ」


 喉に当てられた刃がゆっくり上に上がり、右目の上で止まった。


「私の要求を呑めないのでしたら、この目をえぐります」


 さすがのエルオーシュも、ぞっと背筋に鳥肌をたてた。

 だが、その刃が動いた瞬間に、アーウェスならばこの反逆者を討てるだろう。

 そのくらいの犠牲ならば‥


「私にかまわなくていい!私は死んでも足手まといになりたくはない。早くロベルトを討って!」


 覚悟を決め、アーウェスを見つめる。彼の邪魔になるくらいなら、どこが傷ついたってかまわない。

 このままロベルトに利用され、アーウェスやカルロスを再び窮地に追いやるほうが、自分自身を許せなくなるだろう。

 

 しかし、アーウェスはこちらを睨んだまま動かなかった。

 いっその事、また暴れてみようか、とエルオーシュが腕に力を入れたとき、騒がしい複数の足音が耳に届いた。 


「陛下!ご無事ですか!?」


 謁見室の入り口から姿を現したのは、大勢の兵士だった。

 王城の争乱を鎮圧したのか、数人の衛士とアーウェスと共にきたと予想される戦場帰りの騎士達がなだれこんでくる。


 しかし皆、バルコニーで巻き起こっているこの状況に出くわし、息を呑み、動作を止めた。


「次から次へと……」


 忌々しげにつぶやいたロベルトのつぶやきが、エルオーシュの耳に届く。

 なにもかも、自分のせいで皆が身動きできなくなっている。

 そう思うと、エルオーシュは大人しくなどしていられなかった。


 息をつめ、胸元に絡みついている腕をぎゅっと握る。


「…私が憎いのですか?妃殿下。しかし、勇ましいあなたも、刃を突きつけられれば何もできないようだ。大人しくそのように脅えていなさい。その顔にお似合いです」


「脅えているのはあなただ」


 やっと出した声は怒りで震えていた。

 しかし、ロベルトや周りの者達にとっては脅えのせいで震える声にしか聞こえなかっただろう。


「大人しくしていれば傷つけません」


 窮地に追い込まれたロベルトは、焦りをにじませ早口にそう言った。

 エルオーシュを引きずって謁見室の出入口の方へと歩み出したいのだろう。しかし、エルオーシュはその力に反抗して足に力を入れる。この場から離れるつもりは毛頭なかった。


「あなたには従わない!」


 ロベルトを見上げ、思いきり睨みつける。


「足を動かせ!私が脅しだけで言っているとでも?一度刺されなければわからないか!?」


「どこを傷つけられたって屈するものか。私はあなたが逃げおおせるための、人質には決してならない」


 そんなエルオーシュの言葉をロベルトは馬鹿にしたように笑った。

 なおもエルオーシュを引きずろうと力をこめる。

 しかし、巌として動こうせず、さらに暴れ出したエルオーシュに彼は激しい苛立ちを見せ始めた。


「本当に生意気な女だ。男に嫁ぐことしか能のないアルライドの捨て駒が!この私をどうにかできると思っているのか?お前ごときが?何もできない女のくせに、そう思った時点で勘違いも甚だしい!」


 エルオーシュは、ロベルトが放った呪詛のような言葉に体を堅くした。

『剣をふれないそなたにはなんの価値もない!!役たたずが!』

 記憶の中の、エルオーシュを罵る父の叫びが頭の中で響く。


「剣など持っていたとしても、ただの役立たずの駒なのですよ、あなたは。王位継承権を気まぐれで与えられただけで自分が男と対等だと?どれだけ武芸に励んでも、女など、どうせ男には敵わないのだ!まったく女なら女らしく弱々しく泣いて、黙って男に従っていればいいものを!」


 その言葉を聞いた時、不意にエルオーシュは自分の中で留め金がはずれたような気がした。

 理性がとぶ。

 一気に危機感や焦りなどが吹き飛び、ただ怒りだけが思考と体を支配した。


「やっと、抵抗する気が失せたか…。それでいいのです」


 満足したようにそう言った背後に立つロベルトの首に、後ろ手に腕を伸ばし絡みつける。

『剣を持たないあなたに何ができる』

 なにが、できるか…?


 困惑したロベルトは、首の後ろに巻き付く手を外そうと剣を持った手をエルオーシュから離した。


「ベルリオール王国も、私も、あなたの思い通りにはけっしてならない!」


 そこが狙いどころだと本能で思い、エルオーシュはがっしりと首を掴み、思いっきり床を踏みつけ両足を跳ねた。


 その謎の行動に皆が唖然とする中、ドレス姿だということも忘れ、足が見えるのも無頓着に膝を軽くまげて高く上げる。


 エルオーシュの膝頭は、ロベルトの顔面に的中した。

 その後すぐに態勢を戻そうとしたエルオーシュに、予想外のことがおきた。

 あまりの衝撃に体をよろめかせたロベルトはそのまま後ろに倒れ、必然的にエルオーシュも足を上げた勢いのまま同じ方向へ体が傾いた。


 バルコニーに手すりの上に倒れこみ首を打ち付けたロベルトからの衝撃で手が離れる、と思ったらエルオーシュの体が中に投げ出されていた。


 視界に遥か下にある中庭の噴水が見え、自分の体はバルコニーをこえて空中に投げ出されたのだと一瞬で理解する。


 当然その時、怒りだけ埋め尽された熱い頭が瞬時に冷やされた。

 落ちる体を意識して、必死に手を伸ばす。


「エルオーシュ!」


 この声……。

 あの時も、――子を失ったあの出来事のときも聞こえた声。

 伸ばしたエルオーシュの手を、誰かが捕まえた。

 力強く掴む腕を、繋がれた部分からゆっくりと上を目指して目で辿っていく。

 その先には、アーウェスの顔があった。

 もう片方の手を必死に伸ばすアーウェスが信じられなくて、エルオーシュは呆然と見上げた。


「早く手を!」


 はっと我に返り、手を伸ばす。

 そのまま引き上げられたエルオーシュは、その場で疲れたように座ったアーウェスの腕の中に収まっていた。


 落ちそうになったという恐怖感に、何度も落ち着こう呼吸を繰り返す。そんなエルオーシュを、アーウェスが唐突にぎゅっと抱き寄せた。

 そして、安心したように長く息を吐く。

 心臓が止まってしまうほどに驚いたエルオーシュはただ呆然と、落ち着こうとするようなアーウェスの呼吸を聞いていた。


 アーウェスの胸に顔を押し付ける形になっている、そんなエルオーシュの耳に、わずかの早くなっている彼の鼓動が届く。


「………どうしてそんなに…無謀なんだ…」


 独り言のように、呟くようにそう言ったアーウェスの声は、エルオーシュの想像の中の彼の声よりずっとやわらかく響いた。


 胸に感じる鼓動は確かで、温もりもすべて本物で……


 どれだけ、会いたかったか

 どれだけ、この腕に包まれたいと思ったか


 目の奥がじんわりと熱くなる。


 躊躇いがちに目の前のアーウェスの服を両手でぎゅっと掴み、その胸に顔をうめた。

 外の香りや血の匂いに混じって、かすかにアーウェスの香りがする。

 その香りに胸がいっぱいになる。


「アーウェス……」


 今は許されているような気がして、額をその胸に強く押し当てる。

 先ほども、あの時も、名前を呼んでくれたのはアーウェスだった。


 面倒くさいと言っていた彼が、ちゃんとエルオーシュと呼んでくれていた。

 押し当てた額からアーウェスの温もりを感じる。


 不意にアーウェスの心に少しだけ踏み入れているような、そんな近さを感じた。これまでになく、まるで心が通っているかのような……


「妃殿下、ご無事ですか!?」


 駆け寄った兵士の言葉が響くと、今のひとときが夢だったのかと思わせるほど、アーウェスはすぐにエルオーシュから手を離した。


 その様子に、やはりまだ傍にいるのは許されてないのだと、エルオーシュもまた寂しく思いながらアーウェスから離れる。


「たいした怪我はしてない。平気だよ」

 

 その兵士の顔をあおぎ見ると、ともにカルロスのもとへ駆けたデリックだった。


「ご無事で良かった…!どうなることかと思いました。しかし、お見事な体術で…!」


 デリックの目は、興奮したようにかすかに輝いていた。


「ありがとう…」


 本当はよく覚えてはいなかった。

 怒りで頭に血がのぼっていたのだ。

 デリックにそう返し、首を巡らす。


 顔面に蹴りを喰らったロベルトは、鼻から血を流し失神しているようだった。

 それを兵士達が縛り上げている。


 ゆっくりとバルコニーに足を踏み入れたカルロスが、ロベルトの前で立ち止まった。

 反逆者を静かに見下ろすカルロスの瞳には、複雑な色が滲んでいた。


「ロベルト…」


 悲しげに吐き出された声が、吐息のように空気に溶ける。


 長年、国王の傍に仕えていた宰相にどんな想いがあったのかは、エルオーシュには計り知れない。

 ただ、ゆっくり立ち上がったアーウェスを見上げる。


 アーウェスは、真っ直ぐにそんなカルロスを見つめていた。


「一番思ってもみなかった反逆者だな…」


「兄上」


 苦笑したカルロスに、アーウェスは目を細めた。

 思ってもみなかった、ということは、それほど信頼していた人物だったということだ。


「憎めばいいのか、悲しめばいいのか」


 何年も前から騙されていた事実は、容易には受け入れがたいだろう。


「…迷わず、囚われず、己を疑わず、揺るぎなく玉座にあってください、陛下。あなたが迷うと下で仕えるものはどうしたらいいのか分からなくなる」


 静かに言葉を紡いだアーウェスは真摯に兄を見つめていた。それを見て、カルロスが少し微笑んだ。


「そうだな。落ち込んでなどいられない。やることは山ほどにある。ようやく、王国の混乱が去ったのだから」


 ロベルトから背を向け、踵を返した国王のマントが風にあおられる。


 エルオーシュは兄を見送るアーウェスのその背中を、静かに見つめていた。





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