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ベルリオールの花嫁  作者:
第一章
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ep3 花嫁の素性①



 城内の噂とは、すぐ広まるものだ。


 エルオーシュの()()の事ではない。女たちが好むのは、そんなことではなかった。


 どこの国でも女は口が軽い、と言ったロッソの言葉に深く納得する。

 女たちが好む話は、決まって色恋事だ。

 つまり、ベルリオールに輿入れした花嫁の話題は、女性たちの間で良いネタとなっていたようだ。


「きっと殿下は、遠方よりお越しになられた王女様を気遣っていらっしゃるのですわ」


 最初に名乗り出てくれた将軍だかの娘がそう言った。


 エルオーシュの今日の予定は、お茶会だ。紹介された貴族の夫人や令嬢達と社交をしなければならない日だった。昨日、とんでもない失態をやらかした後だというのにだ。とてもじゃないが、集中など出来ない。


 うららかな日差しのもとで、女たちの話し声が軽やかに響き渡る。

 そんな中、エルオーシュもお茶や菓子を楽しむ様子を見せながら、交わされる会話に控えめな微笑みを返すことしか出来なかった。皆、エルオーシュに様々な話題を振ってくれる。王女が退屈しないように、と気を遣ってくれているようだ。


 しかし、エルオーシュにとっては有難くもなんともなかった。

 気にすることはありません、と口々にエルオーシュを慰めるが、エルオーシュはひと言もアーウェスのことなど話題にしていない。ましてや、ないがしろにされているとは一言も。


 娘たちは赤い唇を歪めて、話す。

 悪意など、隠そうともしないらしい。‥悪意というより、軽んじられているようだが。

 それならば直接『調子にのるな、小国の王女ごときが』などと言ってくれれば、むしろ分かりやすくて気分は良いのに、表面状は仲良くしようとするから恐ろしい。


 こうした顔をエルオーシュはたくさん見てきた。

 それは、エルオーシュの祖国であるアルライドの後宮だ。足の引っ張り合いをしながら王の寵愛を手に入れようとする、妃たちの顔に似ている。女の権力争いというものに。

 アーウェスが新婚早々、花嫁をほったらかしていることは彼女たちには楽しい話題だったに違いない。


 小国の王女が自分達をさしおき、このベルリオールで王妃に次ぐ第二位の貴婦人となったのが気に入らないのだろう。

 だからこそ、夫に相手にされないエルオーシュに嘲笑と安堵の笑みを浴びせるのだ。


「殿下はとても奔放な方ですからね」


 娘たちは妃殿下とは名ばかりのエルオーシュに、すっかり警戒を解いたようだ。その証拠に、エルオーシュの夫のことについて好き勝手に話しはじめた。

 話の大半はアーウェスの女関係のことだ。


「子爵の未亡人はどうしたのかしら?」

「まあ、ずいぶん前のことを。今は他国から来た踊り子でしょう」


 アーウェスの女関係は、貴族のご令嬢にまで伝わるほど派手らしい。

 つまりは、後腐れもない女と楽しんでいるというのだ。よくもまあ、ここに正妃がいるのに遠慮なく言ってくれるものだと、エルオーシュは呆れつつも感心していた。


「でも、ご安心なさって。王女さまはお若く、容姿も大変麗しいのですし、殿下もいつまでも放っておくはずはありませんわ。かならずやご正妃の王女さまのもとに帰ってこられると思います」


 今の半笑いは、絶対本心じゃないだろう。と言いそうになるのをこらえる。

 エルオーシュは父親の命令どおり、いかにも王女らしく微笑み、必死でむかつきを受け流した。


「でも、殿下にはあの方がいらっしゃるから。今は宰相閣下と王都を離れておりますけれど‥ね」


 なにやら含みがある言い方に、エルオーシュはぴくりと反応した。


「お輿入れする妃殿下に、周囲が気を遣われたのでしょう。お顔を合わせないように‥」


 もしかして、アーウェスの側室の話だろうか。

 ‥興味がある。


「あの方とは?」


 聞き返してみたが、曖昧に微笑まれただけだった。とことん、意地悪をする気らしい。


 ため息をつきそうになったとき、ざわりとあたりの空気が一変した。

 中庭の石畳を踏みしめる音にようやく気が付いたエルオーシュは、手に持ったカップをそっとテーブルへ戻した。


「アーウェス殿下!」


 エルオーシュが振り向く前に、令嬢のひとりが驚きの声をあげた。

 皆、一斉に視線をエルオーシュの背後へ向ける。エルオーシュも、まさかと思いながら首をひねった。


「あなたの可愛らしい声がしたので、思わず足を向けてしまいましたよ、王女殿」


 そこには、昨日と変わらず無駄のない流麗ないでたちのアーウェスが立っていた。


「失礼、姫君たち。突然で申し訳ないが、ようやく時間が取れたので私も王女殿とゆっくり話がしたいのですよ。このまま攫ってゆきます」


 な、なぜ!

 エルオーシュは一気に全身に冷や汗をかいた。手のひらがじっとりと濡れいく。

 素を見てしまったからこそ、儀礼的なアーウェスは寒気がするほど恐ろしい。

 やはり、昨日の失態のことを問い詰める気なのだろう。


「殿下!もちろんです」


 娘たちは動揺したように、口々にそう言ったが、おそらくこの中でもっとも動揺していたのはエルオーシュだっただろう。


「それは有難い。では、王女殿」


 エルオーシュを呼ぶアーウェスの声に、心臓が跳ね上がるほど驚いてしまう。

 どうやって失態を誤魔化そうかと、エルオーシュはそればかりを考えていた。

 


「いったい、どのような話でしょうか」


 ぎこちない笑みを浮かべながらも、エルオーシュは頑として立ち上がらなかった。ついていったら終わりだ、と本能が告げている。


「おや?熱心に奥方を誘う男に対して、冷たい言葉ではないですか。哀れな夫の手をとって下さらないのか」


 びくびくしながら、エルオーシュは差し出されたアーウェスの手をとった。取らなかったら、とんでもない目にあうような気がした。


 覚悟を決めて席を立ち歩き始めると、後方で驚きの声が弾けた。きっと次の話題にでもなるのだろう。


「王女殿。会話をしましょう。ゆっくりと」

「‥はい。よろこんで」


 アーウェスは笑みを浮かべているが、腹のうちでどのようなことを考えているのかと想像すると恐ろしい。






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