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ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
37/48

ep36 反逆者

 


 その声は背後から聞こえた。


 もしかして、いまだに自分は王太后達に疑われているのだろうか、とエルオーシュは警戒しつつも振り向く。


「妃殿下の達者な剣技。感服いたしました」


 声の持ち主はロベルトのもの。

 意外にも、なぜか彼は笑みを浮かべてエルオーシュを見つめていた。


「ロベルト殿…?まだ私を疑っているのか…?」


「まさか」


 なら、ひき止める理由はなんだろう。

 そう思い眉をひそめた瞬間、後ろの扉がバタンと音をたてた。

 とっさに剣を構えながら、振り向く。


 そこには、扉を閉め、出入り口を封鎖するように立ち塞がった見知らぬ男がいた。

 騎士然とした服装の若い男は、片手に剣、もう片方の手に袋を抱えている。

 見るからに怪しい。賊のひとりだろうか。


「ランフォード……」


 隣でカルロスが驚いたように小さく呟くのを、エルオーシュはかすかに聞いていた。


「剣を捨てて下さい」


 その声にもう一度背後を振り向いたエルオーシュの視界には、信じられない光景が映っていた。


「母上!」


 恐怖に顔をひきつらせた王太后の首筋に、白銀に輝く短剣が押し当てられていた。

 白いその首に、鮮やかな鮮血が細く一筋流れ落ちる。

 震えることもなく、当たり前のようにその短剣を手にしているのは、

 他でもない、

 ―――ベルリオール王国、宰相ロベルトだった。


「まったく…。誤算でしたよ、妃殿下。あなたがこれほどに剣術に秀でているとは。一番始めに殺しておけばよかった」


「ロベルト殿……?」


 なにが、起こっている?


「剣を捨てて下さい」


 ひい!と近づいた短剣に悲鳴を上げた王太后の様子に、エルオーシュとカルロスは剣を捨てた。


「ロベルト。母上を離せ。自分が何をやっているのか分かっているのか?」


「何を?……ええ。十分に。心配しなくとも大丈夫ですよ、陛下。王太后陛下だけではなく、あなたも王妃さまも皆、すぐに殺して差し上げますから」


 狂気をはらんだ顔で、クスクスと笑ったロベルトはまるで別人のようだった。


「裏切り者!このために(わたくし)とレオン殿を騙したのか!お前があの魔物を殺すためと言うたから、私は策にのったというのに!すべて、このためだったとは!」


 (うるさ)くわめく王太后に、顔をしかめたロベルトは、どすっとそのみぞおちに拳を入れた。

 長剣を抜いた彼は、一瞬にして崩れ落ち気絶した王太后の首筋に剣先を向ける。


「うるさい方だ」


「…っ…!ロベルト!母上に何の話を持ちかけた」


 カルロスが低くうなった。それを見て、ロベルトは口のはしをつり上げて、くっと笑う。


「ただ、アーウェス殿下を殺したいのなら協力しないかと言ったのですよ」


 意外にも、あっさりと口火をきったロベルトは、もうすべて隠さずに真相を語る気のようだった。

 それは、もう明かしてもエルオーシュたちに何も出来ないと思っているからだろう。


「王太后陛下は、昔から殿下に流れる血を嫌っておられる。喜んで資金を出し、カルロス陛下の暗殺未遂の計画も認めてくれました」


 ちらりとランフォードと呼ばれた男を見る。

 あの暗殺でカルロスを殺すつもりは最初からなかったのだ、とふたりは顔を見合わせて笑った。


「最初からお前とつながっていたのか。…たいした名演技だ」


 顔まで殴っていたのに、とカルロスは心底嫌そうな顔で彼らを交互に見つめた。


「ええ。我ながら名演技だったと自負いたします。王太后陛下も、またその裏にある計画になど微塵も気付かずに、アーウェス殿下がいなくなることに浮かれていましたからね。よもや私がそれを利用して、彼女の愛する息子までも殺そうと企んでいることなど、考えもしなかったでしょう」


 カルロスを王師軍であるランフォードに襲わせ、それをアーウェスの仕業に見せかけたのは、最初から仕組まれていた計画だった。

 そして、遠征したアーウェスから連絡がなかったのもすべて…


「アーウェスが長く籠城しているのも、当然、お前の仕業だな」


「焦らないで下さい。…すべてを語る前に、まず首謀者を知りたくはありませんか?」


「首謀者?お前だろう」


 いいえ、と首を横にふったロベルトは、腕を持ち上げ指を差した。

 差した先には、ランフォードが持っている袋があった。


「彼です」


 彼?と首を傾げたエルオーシュ達に、にやりと笑ったランフォードは、突然袋を逆さにした。

 ごろんと玉のようなものが地面に跳ねる。

 それは、首だった。


 きゃあああああ!

 王妃の大絶叫が室内に木霊した。


「叔父上……!」


 その首は、紛れもなく前宰相、先王の王弟レオンであった。

 カルロスが息を呑む。そのとき、隣のアナソフィアがふっと人形のように崩れ落ちた。

 気絶したらしい彼女を、カルロスは慌てて抱きかかえる。


 そして、憎しみと怒りをはらんだ瞳でロベルトを睨みつけた。


 エルオーシュは、すぐ傍に転がる首に動揺しながら、この状況を見ていることしかできなかった。


「どういうことだ!?お前が殺したのか!?」


「叔父上を殺されて怒っているのですか?…それには及びませんよ。彼がすべての首謀者。あなたを殺そうとしていた人物ですよ」


「…わけがわからない。そのような虚言を…!ならば、お前は叔父上の仲間だろう!なぜ殺した!」


「ええ、まあ。彼を補佐するのが私の仕事でした。レオン殿は先王陛下の王弟。昔から王位に執着がおありでしてね」


 前宰相と、現宰相という関係の彼らは、それだけではない繋がりがあった。

 王位を狙う叛逆者。目的を同じとする唯一無ニの同志であったはずだった。


「計画を立てたのはこの私でした。彼を王にするために。しかし、私は途中で気づいてしまったのです」


 笑わずにはいられないといったように、ロベルトはくっくっと喉を鳴らした。

 その姿を目に映したエルオーシュの背筋に、ぞくりとした寒気が這い上がる。


「私でも、王になれると!!」


 両手を広げた彼は、今にすべてが手に入ると確信したかのようだった。

 国王カルロスがいなくなり、

 王弟アーウェスがいなくなり、

 先王弟レオンもいなくなる。


 そうすると次の王は、王の次に国を支えている権力の強い宰相。

 それは、不可能なことではない。


 むしろ自然なことのようにエルオーシュには思えた。


「叔父殺し、王太后殺し。どちらもアーウェス殿下に罪をきせやすい。不仲なのは、はた目からでも明らかですから。そして陛下、貴方もです。王弟に殺される王など珍しくはない」


「……そして、その後おまえが王位につく。アーウェスは私が出した兵に討たれるというシナリオで」


「ええ、陛下。その通りです。しかし、あの戦上手な殿下のこと。討伐軍だけで殺せる可能性は低いでしょう」


 口ではそう言いながら、ロベルトは余裕ありげに悠然と言い放った。

 その対策は早々にとってある、と言いたげだ。


「お前は、アーウェスに何をしたんだ。アーウェスから一月(ひとつき)以上も連絡がないなんて」


 ぎゅっと、エルオーシュの胸が不安にしめつけられた。

 鼓動が早くなる。


「トラファニア帝国と協定を交したのですよ。そして今回の計画にも協力するという契約も結びました。殿下に無理に和議を勧め、足止めするように、と」


「あの大国と協定だと?何を取引きにつかった」


 トラファニア帝国は、ベルリオール王国に劣らない豊かな国であった。

 経済的にも、武力的にも大陸の中では優勢な情勢である。

 ベルリオール王国の勢力を長年疎ましく思っているそのトラファニア帝国が、安易に協約を結ぶはずがなかった。

 よほどの条件がないかぎり。


「それは、妃殿下の国、アルライド王国を」


 ロベルトのその言葉に、エルオーシュは愕然(がくぜん)と息をのんだ。

 アーウェスを殺す協約に、祖国が使われていた。

 数百万人という民のいる王国が、ただの物のように二つの国の間で取り引きされていたのだ。


「アルライド王国の領地は惜しいが、トラファニア帝国との協定を結べるなら安いものです。私の国王としての地位が絶対的なものとなる。そして、私にとっては英雄ではなく、ただの脅威となる殿下も消してくれるのだから」


 ベルリオールの支配国であるアルライドを売り渡し、トラファニア帝国と協定を結び、揺るぎのない大国を作り上げる。

 それがロベルトの野心。

 そのための邪魔者はすべて排除する。

 新たな国のために、清掃をする気なのだ。


「殿下にはトラファニアから使者を借り、和議を結びたいとする者を遣わしています。きっと兄君に忠実な殿下は、足止めのための虚偽であるその和議を結ぶ。できるだけ戦をしないという陛下、あなたの方針に従って。だが、あなたに指示を仰ごうとする殿下の伝達は届かない。もちろんあなたの伝令も。アーウェス殿下は待ちくたびれているでしょう」


「……虚偽だと?お前は何を企んでいる」


「もう一つ、足止めの他にトラファニア軍に頼んでいましてね。ベルリオールの王都から貴方様が出した軍が到着したと同時に、トラファニア軍はアーウェス殿下に刃をむけろと。そうそう、昨日届いた報によると、王都の軍はすでに到着し、いまや戦場になっているとか」


 戦場。

 その言葉の響きに全身の血が引いていく。

 エルオーシュは、自分の鼓動がさらに早まるのを感じた。

 全身に汗が滲み出し、口の中が渇きを覚える。


 じわじわと、強い不安と焦燥感が体中に広がってゆく。

 虚偽の和議。

 ただアーウェスを陥れるためだけの契約。


「かわいそうに。王都からの討伐軍と、後ろに控える和議を結ぶはずのトラファニア軍。そのふたつの敵の板挟みになり、無様に死んでゆくのでしょうね」


 討伐軍を迎え討とうと、背中を見せた途端にトラファニア軍が襲いかかる。

 逃げ場はどこにもない。

 どうすることもできずに死んでゆくだけ。

 たとえ、それが英雄であろうとも。


「…っ許さない!」


 王太后に剣を向けるのを忘れ、だらりと腕を揺らすロベルトに、エルオーシュは地面の剣を掴み上げた低い姿勢のまま動いた。その懐めがけて足を踏み出す。


 その素早い動きにも、ロベルトはすぐに反応して剣で防ぐ。

 耳障りな金属音が、鼓膜を打った。


 間近で目があう。

 剣を重ねたまま、エルオーシュは相手を睨みつけた。


「勇ましいですね、妃殿下。殿下のために無謀を承知で私を殺そうと?泣かせるじゃありませんか」


 にやりと笑った彼は、剣に体重をかける。

 当然、男の体重に押されたエルオーシュははじき飛ばされ、よろめいた。

 その瞬間、体に重い衝撃がはしる。


 腹を蹴られ、はね飛ばされたエルオーシュは、壁に背中を叩きつけられていた。

 一瞬にして息ができなくなり、体をよじる。

 激痛にうめいたエルオーシュを見て、ロベルトはにやりと笑った。


「あなたが男だったのなら勝てたかもしれませんね。しかし、王女であるあなたは男には一生勝てないのですよ」


 男には、一生勝てない?

 ――なめるな


 悔しい、と奥歯を噛む。

 もう一度剣をとって、この男を斬り伏してやる、とエルオーシュは剣を探した。


「ご無理はいけませんよ。病み上がりなのでしょう?」


 エルオーシュの闘志に気づいたロベルトが、わざと剣を遠くに飛ばした。

 体の心配をしながら、思いっきり病み上がりの腹を蹴ったのはどこのどいつだ、とエルオーシュは蹴られた腹をかばいながら薄く微笑む男を睨みつけた。


「さあ、誰から殺しましょうか」


 場に似合わない柔らかな声を出したロベルトは、楽しそうにエルオーシュの頬に剣先をあてる。


「しかし、私は手を染められない。返り血がつくと後がやっかいですからね」


 ロベルトはそう言いながら、ちらりとランフォードに視線を向ける。

 彼は頷いて、カルロスの元に歩みよった。


 カルロスを、殺す気だ。


 剣先が頬にあることを忘れたエルオーシュは、つい身を乗り出す。

 しかし、ぐいっとロベルトに髪を捕まれ、後ろによろめいた。


「大人しくして下さい、妃殿下。陛下の次は、あなたにしましょうか」


 エルオーシュは呆然と、薄く笑うロベルトを見上げた。

 どうする?何をすれば?


 ランフォードが楽しげにカルロスに近づいていく。その光景を目に映したエルオーシュは、何度も頭の中でその言葉を繰り返した。


「陛下、運命の時です。あなたをいつも守る弟も、もういない。むしろもう、あちらで陛下がくるのを待っているかもしれませんよ」


 ロベルトが、微笑みながらランフォードを見て、頷く。

 カルロスに向けた、ランフォードの剣が妖しく光った。

 身動きの取れないエルオーシュは、がむしゃらに暴れるがロベルトに蹴られながら拘束され、身動きができない。

 ただ、力の限り叫ぶ。


「陛下……!お逃げ下さい!」


 悲鳴のようなその声に、カルロスがアナソフィアを抱えながら後ろに手をつき体をひいた。


 ――だめだ、あれでは逃げられない。

 ランフォードが剣を上に掲げた。


 ――陛下が、殺されてしまう


「せめて兄弟仲良く送れることができて嬉しいですよ。ああ、陛下。あの世へ行ったら、英雄と呼ばれた殿下がどんなことを思って最後を遂げたのか、代わりに聞いてきて下さい」


 剣をふり下ろそうとするランフォードのその動きを、エルオーシュは直視できなかった。

 ぎゅっと目をつむる。


 王を貫く、耳障りな音を覚悟して体を固くする。

 しかし、響いたのはその残虐な音ではなく、勢いよく開け放たれ、壁にはね返る扉の小気味よい音だった。


 その途端、回廊から放たれた強い光が、室内注がれる。

 眩しさを感じながら誰が開けたのかと、扉の方にエルオーシュは目を向けた。


 しかし、薄暗い謁見室に慣れた瞳では、強い光のせいで、その人物の影絵のように浮かびあがった輪郭しか見えなかった。


「俺がどんなことを思って最後を遂げたか?」


 その声の響きに、エルオーシュはへなへなと全身の力が抜けそうになった。

 まさか、と唇だけが動く。


 蒼白になったロベルトに剣を向けるのは、ここにいるはずかない人物。


「それはあなたに尋ねようか。宰相閣下殿」





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