表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
36/48

ep35 救国の志士

 

 城内は、やけに静まり返っていた。

 嫌な予感に突き動かされながらも、エルオーシュはデリックと名乗った兵士一人伴って、まずはカルロスの執務室を目指した。目当ての扉の前で、衛士達が血を流して倒れている。その様子を目にした二人は息を呑んだ。

 開け放たれている執務室には、人ひとり居ない。


「妃殿下、あちらにも衛士が倒れています」


 デリックが指さすほうへ、首を向ける。

 争った跡の廊下の血しぶきがエルオーシュの視界に飛び込んできた。


「きっとあちらに逃げたんだ。跡を追おう」


 息を継ぐ暇もなく、エルオーシュは走った。この方角は王の謁見室に繋がっている、と察する。

 迷いもなく足を進めていると、争う声と剣が合わさりあう音が聞こえてきた。

 

 兵士たちが戦っている。

 

「陛下はどこだ!?」


 エルオーシュが声を張り上げると、はっと数人の兵士達がこちらに意識を向けた。


「妃殿下!」


 そちらが味方か、とエルオーシュは剣を握りながら走りこんだ。

 エルオーシュを認識した者たちに加勢するように、刃を振るう。


「陛下は謁見室に!数人の賊の足止めを出来ませんでした!宰相閣下と、王妃様もそちらに‥」


 敵と斬り結びながら、衛士達が早口でエルオーシュに告げる。


「妃殿下!先をお急ぎ下さい!私どもはここを収めて、すぐに後を追いますから!」


 デリックが、エルオーシュをかばうように後ろに追い立てた。

 わかった、と簡潔に返事をし、エルーシュは言われたとおりに一人先を急ぐ。

 息を切らしながら駆け出すが、焦る気持ちとは別に足は速く動いてくれなかった。

 自分が思っていた以上に、この病み上がりの体は、体力も筋力も低下した貧弱なものになっているらしい。そのことを煩わしく思いながら、ただひたすら目的地である謁見室を目指した。


「陛下!」


 謁見室の扉を蹴るようにして開けたエルオーシュに、国王と王妃、宰相、さらに王太后が顔を向ける。彼らを取り囲んでいた賊たちまでも、ぎょっとしたようにこちらに振り向いた。

 遮光幕が引かれた窓からは光が届かず、思いの他室内は薄暗い。よく見えない、とエルーシュは舌打ちをしたくなった。


「王女殿…?」


「エルオーシュさま!」


 剣を構えたカルロスと、その後ろに守られている王妃が驚いた声を上げる。

 その姿に怪我らしいものはないとわかると、エルオーシュはとりあえず安堵の息をついた。


「やはり、あの魔物の仕業か!!」


 そう怒りをたたえて叫んだのは、宰相の背後にいた王太后だった。

 エルオーシュを憎しみをおびた瞳で睨みつけ、狂ったように頭を抱えはじめる。そのわけの分からなさに、エルオーシュは賊を討ち払おうと踏み出していた思わず足を止めた。


「やはり、あの下賤の魔物が、国を奪おうとカルロスを殺しにきたんだわ!この女はあれのためにカルロスを、わたくし達を殺しにきた!」


 え?と思わずエルオーシュは構えていた剣をおろした。

 王太后は、賊をアーウェスの手先だと思っているのだ。

 そして、エルオーシュのことも。


「私は陛下を助けに…」


「ち、近寄るでない!ロベルト、あの女を早く殺すのです!」


 こちらを見る宰相ロベルトは、半信半疑といったようにゆっくりとエルオーシュに剣を向けた。

 その剣先を、エルオーシュは戸惑いながら見つめる。まさか、自分が賊扱いされるとは思いもしなかった。


「そうか、殿下が…。やはり陛下を殺し自分が王になろうとお考えか…」


 ロベルトがいまいましげにエルオーシュを睨む。


 ――誰かの策謀だ


 その時、エルオーシュは察した。

 これはすべて、何者かがアーウェスを貶めようと始めた罠ではないのか。

 国賊としてアーウェスに兵を送ったことも、

 陛下をわざと暗殺しようとしたことも、

 すべては、アーウェスを消すためのもの。


 そして、カルロスをも。

 アーウェスの仕業に見せかけ、陛下を殺そうとしている。

 自分を『次期国王』と称する人物が。


 この馬鹿げた動乱のすべては、いったいどこから始まっている………?


「違うわ!エルオーシュさまもアーウェスもそんなことするはずがありません!」


 泣きそうな声を出したアナソフィアは、ロベルトを止めようと身を乗り出した。しかし、すぐにカルロスに腕をつかまれ止められる。


「カルロス!貴方もアーウェスがそんなことをするとでも!?馬鹿…!どうして国賊扱いするのよ!本当に、あなたがアーウェスの仕業だと思っているなら、私許さないわよ!愛しているけど、許さない!こんな冷たいわからずやと一緒にいられるわけないもの!」


「……落ち着いてくれ。頼むから」


 泣きながら腕を叩く妻を、落ち着かせようとカルロスはさらに引き寄せた。

 隙の多い彼らに、襲いかかろうか考えあぐねている賊たちの気配を感じたエルオーシュは、力なく握っていた剣を慌てて構えなおす。


 大丈夫。カルロスは、分かっている。

 国のため苦渋の決断をした彼も、この突然の奇襲に裏があると当然気づいているはずだ。

 再び剣を構えて動いたエルオーシュに、賊達がはっとしたように振り向いた。


 カルロスと目があう。

 エルオーシュの目を真っ直ぐに見つめた彼は、力強く頷いた。


 それだけで理解したエルオーシュは、賊に向かって足を大きく踏み出した。

 胴を狙い、剣を薙ぐ。斬り伏せた男とは別の方向に、再び剣を繰り出すと、キン、と金属が擦りあう音が鼓膜を打った。


 一瞬にして、剣を飛ばされた男がよろめく。

 王妃を突き放し、エルオーシュのもとに大きく踏み出していたカルロスが、近くの賊に向かって剣を繰り出した。

 胴を斬られた男が仰向けに倒れる。


 しかし、倒れた男に安心する余裕もなく、一斉に男たちが襲いかかってきた。

 

 統制のないばらついた動きに、カルロスは隙を見つけ一人を斬り伏せる。人数を活用しようとしない素人のような賊は、エルオーシュ達の敵ではなかった。


 エルオーシュは、上から力まかせにふりおろす剣をさけ、首の急所に剣の柄の尻をあてる。後ろから襲い掛かる男の刃を受け止め、すすっと流しながら懐に入り込み、そのみぞおちを柄で同じように打ち込んだ。

 次は、とあたりを見渡すと一人残らず敵は地に伏していた。

 カルロスも軽く息を切らしながらあたりを眺め、それらを確認している。


「陛下、お怪我は?」


「大丈夫だが、王女殿は?」


「ありません」


 こんな事態だというのに、何が楽しいのかカルロスがにっこりと微笑んだ。


「なかなかいい連携だった。私たちは良い相棒となりそうだな」


「はあ」


「こんなに運動したのは久しぶりだ」


 にこにこ笑って剣を見る。今は緊張感のない平和な会話をしている場合ではない、と叱りつけられなかったのは相手が国王陛下だからだ。


「本当は、牢に閉じ込められている王女殿の安否が気になっていたのだ。しかし、まさか、こんな特技が王女殿にあったとは。いや、ご無事でよかった」


 くすりと笑うカルロスは、まるでどうやってエルオーシュが牢から出たのかということや、ここにたどり着くまでの暴挙をすべて察しているようで、なんとなくエルオーシュは恥ずかしくなった。


 カルロスも、最初の頃のアーウェスと同じく、とんでもない王女だと思ったに違いない。


「……あの。陛下、早く安全な所に。とりあえず城を出ましょう。塔の方で味方の兵を集めているところなんです」


 とりあえず、逃げなければ。

 カルロスが頷くと、今まで状況をはらはらと見守っていたアナソフィアが、ほっとしたようにカルロスに歩みよった。


「私、最初からわかっていてよ。あなたがエルオーシュ様を疑うわけないって」


「先ほど、冷たい分からずやと罵ってくれたのは、どの口だったかな」


 こほん、とせきばらいをした王妃に微笑みを向け、カルロスは逃げるためにアナソフィアの手をとった。

 その仲睦まじい様子は、微笑ましくもあり、少し羨ましくエルオーシュには感じた。


「さあ、行こう」


 国王のその声に、エルオーシュたちは出入口に向かって駆け出す。

 きっと国王が無事だとわかると、城の衛士たちの士気も上がるだろう。

 誰が企んだことかはわからないが、カルロスさえ無事なら、この馬鹿げた動乱はすぐに治まるはずだ。

 しかし、静かなその声は響いた。


「お待ち下さい」


 それは、とても冷たく、堅い声だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ