ep35 救国の志士
城内は、やけに静まり返っていた。
嫌な予感に突き動かされながらも、エルオーシュはデリックと名乗った兵士一人伴って、まずはカルロスの執務室を目指した。目当ての扉の前で、衛士達が血を流して倒れている。その様子を目にした二人は息を呑んだ。
開け放たれている執務室には、人ひとり居ない。
「妃殿下、あちらにも衛士が倒れています」
デリックが指さすほうへ、首を向ける。
争った跡の廊下の血しぶきがエルオーシュの視界に飛び込んできた。
「きっとあちらに逃げたんだ。跡を追おう」
息を継ぐ暇もなく、エルオーシュは走った。この方角は王の謁見室に繋がっている、と察する。
迷いもなく足を進めていると、争う声と剣が合わさりあう音が聞こえてきた。
兵士たちが戦っている。
「陛下はどこだ!?」
エルオーシュが声を張り上げると、はっと数人の兵士達がこちらに意識を向けた。
「妃殿下!」
そちらが味方か、とエルオーシュは剣を握りながら走りこんだ。
エルオーシュを認識した者たちに加勢するように、刃を振るう。
「陛下は謁見室に!数人の賊の足止めを出来ませんでした!宰相閣下と、王妃様もそちらに‥」
敵と斬り結びながら、衛士達が早口でエルオーシュに告げる。
「妃殿下!先をお急ぎ下さい!私どもはここを収めて、すぐに後を追いますから!」
デリックが、エルオーシュをかばうように後ろに追い立てた。
わかった、と簡潔に返事をし、エルーシュは言われたとおりに一人先を急ぐ。
息を切らしながら駆け出すが、焦る気持ちとは別に足は速く動いてくれなかった。
自分が思っていた以上に、この病み上がりの体は、体力も筋力も低下した貧弱なものになっているらしい。そのことを煩わしく思いながら、ただひたすら目的地である謁見室を目指した。
「陛下!」
謁見室の扉を蹴るようにして開けたエルオーシュに、国王と王妃、宰相、さらに王太后が顔を向ける。彼らを取り囲んでいた賊たちまでも、ぎょっとしたようにこちらに振り向いた。
遮光幕が引かれた窓からは光が届かず、思いの他室内は薄暗い。よく見えない、とエルーシュは舌打ちをしたくなった。
「王女殿…?」
「エルオーシュさま!」
剣を構えたカルロスと、その後ろに守られている王妃が驚いた声を上げる。
その姿に怪我らしいものはないとわかると、エルオーシュはとりあえず安堵の息をついた。
「やはり、あの魔物の仕業か!!」
そう怒りをたたえて叫んだのは、宰相の背後にいた王太后だった。
エルオーシュを憎しみをおびた瞳で睨みつけ、狂ったように頭を抱えはじめる。そのわけの分からなさに、エルオーシュは賊を討ち払おうと踏み出していた思わず足を止めた。
「やはり、あの下賤の魔物が、国を奪おうとカルロスを殺しにきたんだわ!この女はあれのためにカルロスを、わたくし達を殺しにきた!」
え?と思わずエルオーシュは構えていた剣をおろした。
王太后は、賊をアーウェスの手先だと思っているのだ。
そして、エルオーシュのことも。
「私は陛下を助けに…」
「ち、近寄るでない!ロベルト、あの女を早く殺すのです!」
こちらを見る宰相ロベルトは、半信半疑といったようにゆっくりとエルオーシュに剣を向けた。
その剣先を、エルオーシュは戸惑いながら見つめる。まさか、自分が賊扱いされるとは思いもしなかった。
「そうか、殿下が…。やはり陛下を殺し自分が王になろうとお考えか…」
ロベルトがいまいましげにエルオーシュを睨む。
――誰かの策謀だ
その時、エルオーシュは察した。
これはすべて、何者かがアーウェスを貶めようと始めた罠ではないのか。
国賊としてアーウェスに兵を送ったことも、
陛下をわざと暗殺しようとしたことも、
すべては、アーウェスを消すためのもの。
そして、カルロスをも。
アーウェスの仕業に見せかけ、陛下を殺そうとしている。
自分を『次期国王』と称する人物が。
この馬鹿げた動乱のすべては、いったいどこから始まっている………?
「違うわ!エルオーシュさまもアーウェスもそんなことするはずがありません!」
泣きそうな声を出したアナソフィアは、ロベルトを止めようと身を乗り出した。しかし、すぐにカルロスに腕をつかまれ止められる。
「カルロス!貴方もアーウェスがそんなことをするとでも!?馬鹿…!どうして国賊扱いするのよ!本当に、あなたがアーウェスの仕業だと思っているなら、私許さないわよ!愛しているけど、許さない!こんな冷たいわからずやと一緒にいられるわけないもの!」
「……落ち着いてくれ。頼むから」
泣きながら腕を叩く妻を、落ち着かせようとカルロスはさらに引き寄せた。
隙の多い彼らに、襲いかかろうか考えあぐねている賊たちの気配を感じたエルオーシュは、力なく握っていた剣を慌てて構えなおす。
大丈夫。カルロスは、分かっている。
国のため苦渋の決断をした彼も、この突然の奇襲に裏があると当然気づいているはずだ。
再び剣を構えて動いたエルオーシュに、賊達がはっとしたように振り向いた。
カルロスと目があう。
エルオーシュの目を真っ直ぐに見つめた彼は、力強く頷いた。
それだけで理解したエルオーシュは、賊に向かって足を大きく踏み出した。
胴を狙い、剣を薙ぐ。斬り伏せた男とは別の方向に、再び剣を繰り出すと、キン、と金属が擦りあう音が鼓膜を打った。
一瞬にして、剣を飛ばされた男がよろめく。
王妃を突き放し、エルオーシュのもとに大きく踏み出していたカルロスが、近くの賊に向かって剣を繰り出した。
胴を斬られた男が仰向けに倒れる。
しかし、倒れた男に安心する余裕もなく、一斉に男たちが襲いかかってきた。
統制のないばらついた動きに、カルロスは隙を見つけ一人を斬り伏せる。人数を活用しようとしない素人のような賊は、エルオーシュ達の敵ではなかった。
エルオーシュは、上から力まかせにふりおろす剣をさけ、首の急所に剣の柄の尻をあてる。後ろから襲い掛かる男の刃を受け止め、すすっと流しながら懐に入り込み、そのみぞおちを柄で同じように打ち込んだ。
次は、とあたりを見渡すと一人残らず敵は地に伏していた。
カルロスも軽く息を切らしながらあたりを眺め、それらを確認している。
「陛下、お怪我は?」
「大丈夫だが、王女殿は?」
「ありません」
こんな事態だというのに、何が楽しいのかカルロスがにっこりと微笑んだ。
「なかなかいい連携だった。私たちは良い相棒となりそうだな」
「はあ」
「こんなに運動したのは久しぶりだ」
にこにこ笑って剣を見る。今は緊張感のない平和な会話をしている場合ではない、と叱りつけられなかったのは相手が国王陛下だからだ。
「本当は、牢に閉じ込められている王女殿の安否が気になっていたのだ。しかし、まさか、こんな特技が王女殿にあったとは。いや、ご無事でよかった」
くすりと笑うカルロスは、まるでどうやってエルオーシュが牢から出たのかということや、ここにたどり着くまでの暴挙をすべて察しているようで、なんとなくエルオーシュは恥ずかしくなった。
カルロスも、最初の頃のアーウェスと同じく、とんでもない王女だと思ったに違いない。
「……あの。陛下、早く安全な所に。とりあえず城を出ましょう。塔の方で味方の兵を集めているところなんです」
とりあえず、逃げなければ。
カルロスが頷くと、今まで状況をはらはらと見守っていたアナソフィアが、ほっとしたようにカルロスに歩みよった。
「私、最初からわかっていてよ。あなたがエルオーシュ様を疑うわけないって」
「先ほど、冷たい分からずやと罵ってくれたのは、どの口だったかな」
こほん、とせきばらいをした王妃に微笑みを向け、カルロスは逃げるためにアナソフィアの手をとった。
その仲睦まじい様子は、微笑ましくもあり、少し羨ましくエルオーシュには感じた。
「さあ、行こう」
国王のその声に、エルオーシュたちは出入口に向かって駆け出す。
きっと国王が無事だとわかると、城の衛士たちの士気も上がるだろう。
誰が企んだことかはわからないが、カルロスさえ無事なら、この馬鹿げた動乱はすぐに治まるはずだ。
しかし、静かなその声は響いた。
「お待ち下さい」
それは、とても冷たく、堅い声だった。




