ep34 陰謀の序曲②
エルオーシュが囚われていた場所は、王城から離れた場所にある塔の中だった。
近くに人の気配はない。
あの男たちは何者だったのか。悲鳴は誰のものだったのか。
その疑問はここにいても解決しそうになかった。
そう察し、エルオーシュはとりあえず状況を把握するために動くことに決めた。
まずは国王であるカルロスが、この異変に気付いているのか確かめたい。
この時間であれば彼は執務室か謁見室だろうか、とエルオーシュは近道である雪が薄く積もった庭に足を向けた。
―――きゃあああ! 助けて!
牢の中からでも聞こえた悲鳴に、ふと足を止める。
形よく刈られた茂みの向こうに、色とりどりのドレスが見えた。
目を凝らすと、ローネリアの取り巻きである令嬢たちが賊と思しき兵士達に囲まれているところだった。
その中に、ローネリアの姿も見つける。
先ほどのエルオーシュのもとに来た男達の目的を思い出せば、エルオーシュは反射的にそちらに足を向けていた。
「エルオーシュさま!」
叫んだ声に振り向くと、背後から駆けてくるナーナの姿が見えた。
「ナーナ!一人で危ないよ!城に賊がたくさんいる」
泣きながら胸に飛び込んできたナーナを、エルオーシュは慌てて抱きとめた。向こうにいる賊達を警戒して、すぐに二人で茂みに身を隠す。ナーナの体は震えていて、何かされたのかと不安になる。
「知っています!私、エルオーシュさまを助けなければと思って…。何がなんだかわからなくなって、必死にここまで駆けてきたんです!…ご無事で良かった…」
お咽をもらして泣くナーナを、エルオーシュはぎゅっと強く抱きしめた。
「私のために…こんな無茶をして…。ナーナ、怪我は?何かされなかったか?」
ぶんぶんと首を横にふるナーナに、ほっと息をはく。
すぐさま心配をしてくれて、勇気を振り絞って来てくれたのだろう。肩を震わせるナーナから、その行動を感じ取ったエルオーシュは胸を熱くさせながら、再度その体を抱きしめた。
「ナーナ。少しだけここに隠れていてくれる?」
「エルオーシュさま?何を…」
「ローネリアさま達を助けなければ」
「助ける…?」
何を言うのか、と呆然とこちらを見上げるナーナに頷きながら、牢屋の賊から奪った剣を強く握る。
ここから見える賊の数は六人。やり方を考えれば、勝てないこともない。…たぶん。
「む、無謀すぎます!」
ナーナの悲鳴を背後に聞きながら、エルオーシュは生け垣を飛び越え、賊のもとへと駆けた。突然姿を現したエルオーシュに、男達はあわてて剣を構える。が、それがか弱い女だとわかると馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「彼女たちに何をするおつもりですか?」
エルオーシュは剣を構えながら、わざと震える声を出した。
「妃殿下!」
「エルオーシュ様!」
令嬢達が、驚いたようにエルオーシュを呼ぶ。
その瞬間、男のひとりが口笛を吹いた。獲物が自ら飛び込んできた。そう言いたげに笑いあう。
「これは、驚いた。ようこそアルライドの姫君。お友達を助けに、ひとりで乗り込んできたのですか?勇敢な方だ。さすが英雄のご正妃」
嘲りに似た笑いが男達の間で起こる。
ドレス姿で剣を構えるエルオーシュの姿は、さぞかし無謀で滑稽に映るだろう。
だが、男達は油断しきり剣をだらりと下げた。その様子に、エルオーシュは内心にたりと笑う。
「嬉しいですよ。わざわざこの場に来てくれるなんて。麗しい令嬢たちに加え、殿下お気に入りの美貌の妃が二人とも揃うとは」
ぐいっと男が引き寄せたのはローネリアだった。
不快そうに男を睨んだ彼女は、そのままの顔でなぜかエルオーシュを睨んだ。
「ローネリアさまを離せ」
「離せ…?なぜあなたが私を助けようとしているの?下手な芝居はよして。これはあなたの国が企んだことなの?」
ローネリアの意外な言葉に、エルオーシュは眉をひそめた。言っている意味がわからないと、困惑の視線を向けると、ローネリアはさらに苛立ったような眼差しをエルオーシュに向けた。
「怖がることはない、王女様。その使い慣れない剣を置き、我らの手をとって下されば悪いようにはしませんよ」
ローネリアとエルオーシュの会話など気にはとめず、男はエルオーシュに手を差し伸ばした。
「お前たちは何者です。何が目的ですか?先ほど訪ねてきた、『次期国王に仕える者』と名乗っていた者たちのお仲間なのでしょうか」
小刻みに震えるエルオーシュに、男はふと不思議そうな顔をした。
「そういえば、真っ先に王女を探しに行った奴らがいましたね。会いましたか?いや、‥なるほど。王女は、さながらすばしっこい子ウサギと言ったところか。必死に狩人から逃げてきたんですか?」
「質問にお答えなさい」
「ええ、そうです。次期国王陛下のために城の簒奪に。だが、あなたが心配する必要はありません。王女をふくめ、子ウサギ達は俺たちがみんなで大事に可愛がりますから」
「城の、簒奪‥だと?」
エルオーシュの背筋に戦慄が走った。もしかして、カルロスの身に危険が及んでいる状況なのだろうか。
「それは、いったいどのような‥」
「いい加減、お喋りはおしまいだ。俺たちとともに来てもらおうか」
いつのまにか、別の男がエルオーシュの背後に忍びよっていた。
羽交い締めにしようと回した手に、いち早く気づいたエルオーシュは、思いきりその男の腹に肘鉄いれてやった。
前屈みになった男は、急所に入ったらしく息をつまらせそのまま崩れ落ちる。
その瞬間空気が一変した。
ローネリアを乱暴に突き放した男が剣を構える。戸惑いの顔を浮かべた他の男達は、エルオーシュを囲むため女達から離れた。
その隙をつき、すばやく動いたエルオーシュはまだ抜刀していない賊にむけて白刃を振り上げた。利き手と太ももを狙い、二人続けざまに剣を薙ぐと、叫び声をあげた男達は地に崩れ落ちる。
悲鳴を上げた令嬢達が、その場からから逃げた。皆が怯えた目でこちらを気にしながら、庭園の隅の方に固まって縮こまっているのが見える。
驚いたままの顔でエルオーシュを見つめていたローネリアも、我に返ったように男のそばから離れた。
「簒奪とはどのような意味だ。答えてもらおう」
エルオーシュは声を張りながら、残った男と対峙した。
「何者なんだ?どう見たって今のはアルライドの王女さまがやることではないだろう?」
嘘だろう、と男が額に汗を浮かべながらエルオーシュに剣の先を向けている。
斬られてうめいている男達も、エルオーシュを呆然と見上げていた。
それは遠巻きにいる令嬢達も同じだった。
「剣を扱う王女がいて何が悪い。言っておくけど私は、綺麗なドレスを着てダンスを踊るより、剣を握って戦う方が数倍得意なんだ。覚悟してもらおうか」
小さな頃からいつも手の中にあった剣は、久しぶりに手にしてもよく馴染んだ。
本来の自分の姿を思い出させてくれるようで、ひどく落ち着く。
輝く刀身に魅いるエルオーシュに、戸惑ったように男は体を引いた。
気味の悪い女だと思ったのかはわからないが、とにかくエルオーシュはその隙を見逃さなかった。
大きく踏み込み剣を振るう。
剣同士がぶつかりあった金属とともに、光を反射させた剣がくるくると周りながら空高くあがった。
と思ったら、それが尻餅をついた男のとなりに深く突き刺さる。
それが合図だったのか、他の男達が一斉にエルオーシュに襲いかかった。
数が多く、こちらが有利だと安心しきっている男たちの隙は多い。
おまけに剣のふりが大きく鈍い。精錬されていない剣の振りだった。
難なくかわし、ひとりの男の背後にまわったエルオーシュは剣の柄で首の急所をつく。
とりあえず、殺すつもりはなかったからだ。
のちに証人になるだろうし、聞きたいことは山ほどある。
最後のひとりも同じようにまわりこみ、急所をねらって気絶させるとエルオーシュは乱れた息を整えた。
剣を飛ばされた男は戦意を喪失したらしく、呆然と尻餅をついたままだった。
あっという間に、男たちを地に伏せたエルオーシュを、あっけにとられたように令嬢達が見つめている。
怪我はないだろうかと歩みよると、脅えたように小さな悲鳴をあげられてしまった。
「エルオーシュさま!」
ナーナの声に振り向くと、彼女はたくさんの兵士たちをつれてこちらに駆けてくるところだった。
敵だろうか、とぎょっとしながらエルオーシュは剣を構えた。
「ち、違います!エルオーシュさま。この方たちは味方です」
慌ててエルオーシュに傍にやってきたナーナは、ぎゅっとエルオーシュの腕をつかんだ。
本当だろうか、とその兵士たちを見る。賊も皆、同じ制服を着ていたからだ。
生唾を飲み、怯んだように疑うエルオーシュを見つめる顔は、確かに見覚えがあった。
嫁いで間もない頃、アーウェスに相手にされないエルオーシュをたびたび慰めてくれた剣技場のものたちだった。
緊張をといて剣を下ろすエルオーシュに、やっと安心したように男たちは歩みよった。
「ええと…ナーナが連れてきてくれたのか?」
「はい!だっていくらなんでもエルオーシュさまは無謀過ぎるのですもの!だから私、慌てて助けを呼びに行ったのです」
思ったよりナーナは度胸があってしっかり者らしい、とエルオーシュは今さら気づき感心した。
「妃殿下。お怪我は?」
「平気だよ。ありがとう。…城に入った賊はまだたくさんいる?」
「それが、よく分からないのです。城内は混乱していて、まったく状況が掴めません。我々もまとまらず、こうして侍女殿に導かれてここに集まれたのです」
数人の兵士を見渡す。
エルオーシュが切りつけたものを縛りあげたり、脅えた姫君達を介抱する者の他は手持ちぶさたになり立ち尽くしている。
「…まず、城内にいる兵士をまとめなければ」
「どのように致しましょう」
困り果てていた兵士は、もうすべてエルオーシュの言う通りにするというような、懇願するような視線を向けた。
この混乱の中に必要なのはすべてを正確に導く統率者だと、人々の上に立つべき王族として育てられたエルオーシュは考えることもなく分かっていた。
「みんな聞いて欲しい。まず令嬢たちを安全なところに匿うために、身を隠そう。…あの、塔がいい。あそこはたぶん安全だと思う。護衛する者の他は、まだ城内で混乱しているであろう兵士を探してほしい。もちろん兵士だけじゃなく、城に取り残された人達皆を。5人一組で隊をつくって、それぞれ行動してくれ。ああそうだ。制服が紛らわしいな。仲間と確認したら、腕に布を巻いてくれ。それを味方の印にでもしようか」
通る声で下した命に、疑うこともなく兵士達は返事をして素早く行動しはじめた。
その様子に、エルオーシュはほっと息をついた。
こんな小娘の下した命でも、皆は聞いてくれた。
よほど、混乱しているのだろう。
とエルオーシュは不思議に思っていたが、他でもないエルオーシュの為政者として育ってきた素質が皆を頷かせ、信用させたことなど本人はまったく気づいていなかった。
「妃殿下は、どちらへ?」
動き出した兵士達を確認し、その場から離れようとしたエルオーシュに兵士が不安そうに声をかけた。
「私は陛下のところへいく。狙いはおそらくカルロス陛下だ」
この賊は、確かに『次期国王に仕える者』だと言った。城の簒奪にきたのだと。
ならば、今の国王を殺すつもりなのが明白だった。
「いえ!ならば私共が行きます。妃殿下は安全なところに…」
「いや。今はとても味方が少ない。一刻も早く城の兵をまとめなければ。ひとりでも多く体制を整えることが必要なんだ。だから、陛下のことは任せてほしい。それに、…大丈夫。ここにいる賊達はみんな兵法を知らないごろつきだった。ただの人数合わせで連れて来られたような…。だから、私は大丈夫だ」
「お一人で行かせるわけには行きません!」
「‥わかった。じゃあ、あなただけ付いてきてくれ」
こんな問答をしている場合ではない。
早口で告げながらもう踵を返すエルオーシュに、彼は慌てたようについて来た。
「エルオーシュ様!どうか、お気をつけ下さい」
心配そうに声をかけるナーナに、エルオーシュは微笑みを向ける。彼女は引き止めることを諦めたように泣きそうな微笑みを返した。
「待って」
目の前に立ちはだかった人物に、エルオーシュは戸惑った。
ローネリアが不快そうにこちらを見ていた。
「なぜ、私を助けようとしたのかしら。邪魔者を排除するのにはちょうど良かったでしょうに。それとも何か裏でもあるの?」
「……大変な目にあっている人を助けるのは当たり前だと思います」
「お人好しきどり?腹の中では何を思っているの?あなただって、誰のせいで階段から落ちたのか分かっているのでしょう?そんなことを言って、さぞ私を憎んでいるのでしょうね」
あのとき、わざと肩を押したのはローネリアの侍女だった。
その光景が蘇り、もう完治したというのに下腹が痛むような気がした。
でも、転んだのは肩を押されただけのせいではなかった。体調が悪くなければ、よろけただけで済んだだろう。
「ローネリアさまを憎んではいません。それに私は…もし邪魔に思う者がいたとしても、誰かを陥れるような、卑怯な手を使いたくはない。お人好しきどりと呼ばれてもいい。人のためじゃなく、自分のためにそんな手を使いたくないのです。いつでも強い自分でいたいから」
ますます眉をひそめたローネリアの傍を、エルオーシュはすり抜けた。
「本当のことを知っても、そう思うかしらね…」
馬鹿にしたような笑い声が、かすかに背後から聞こえた。




