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ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
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ep33 陰謀の序曲①

 


 思いの他、囚われの生活はエルオーシュにとっては苦ではなかった。

 体調を崩し、ずっと寝室から出してもらえなかった最近の生活となんら変わりはなかったからだ。


 三食決まった時間にナーナがここにくるほかは、ひとりも人は訪ねてはこない。見張りもいないらしい。


 ここ数日間でそのような事を把握し、これなら抜け出せると確信したエルオーシュは、昼の食事を終えた後、やっと行動に移した。


 もう一度、カルロスに会う。会って考え直してもらわなければ、とここ数日のエルオーシュはそれだけを頭の中で唱えていた。


 ただ泣きながら、戻ってくるよう祈ることしかできないのは、自分らしくない。

 今だけは、流れに身をまかせることしかできないような人間にはなりたくはない。


『強くなりなさい。いつか大切なものや、人を守れるように』


 ふと、幼いころ聞かされていた母の言葉を思い出した。何かと口を開けば、エルオーシュに強くなりなさいと母は言っていた。


『エルオーシュ。あなたは王女。だけど、強くなければいけないの』


 母はエルオーシュをただの平凡な王女には育てようとはしなかった。

 女でも、男よりも強くなるように育てようとしていた。

 自分の守りたいものを守れるように。


 きっと、少しでも、自分の望む人生を歩めるように。

 ぎゅっと唇を噛んだエルオーシュは寝台から降り、鉄格子の扉へと近づいた。


 再びカルロスを説得しなければ。絶対。何がなんでも。

 鉄格子を強く掴み、とりあえず揺する。しかし、頑丈な鉄格子は縦に揺すっても、横に揺すってもびくともしなかった。


 思い切って体当たりをしてみるが、自分の肩を痛めただけだった。

 あきらめるものか、と近くにある椅子に手を伸ばす。


 梃子(てこ)の原理で、背もたれの方を鉄格子の下にはめ、座る方に力いっぱいの体重をかける。しかし、木で出来たイスは真ん中でバキリと折れた。


 それに無性に腹が立ったエルオーシュは、椅子の残骸を思いきり鉄格子に向けて投げつけた。跳ね返ったそれは、勢いあまって扉の横の壁にぶち当たる。

 

 椅子が落ちてこないことを不思議に思い近寄ってみると、椅子の足が壁にめり込んでいた。


「うそ…」


 まじまじとその壁を見る。鉄格子に比べ、壁の方は脆いらしい。

 部屋の清潔さからして、急(ごしら)えの牢屋なのだろうか。かつて、か弱い貴人でも一時的に囚われていたのかもしれない。


「なるほど」


 ひとり呟いたエルオーシュは、めり込んだ椅子を取り戻し、再度壁に叩きつけようとした。


 ――きぁああああ!!


 どこからか、女の悲鳴が響き、エルオーシュはぴたりと動作を止めた。

 もしかして、もう脱走しようとしたことがばれたのだろうか、とこわごわと鉄格子に歩みよる。

 しかし、この部屋の周りからは人の気配がしなかった。


 だが、遠くから悲鳴だけではない声が響く。男の怒鳴り声や脅えた声だ。

 やけに騒がしい。

 まさか、城で何かが起こっているのだろうか。


 そう思ったとき、この牢から地上に繋がる奥の扉が開く音がした。

 そして陽気な男の話し声が、どんどん近づいてくる。

 その不審さに、エルオーシュは体を硬くした。


 薄暗い鉄格子ごしの視界に、見慣れないふたりの若い兵士が現れたとき、エルオーシュは気付かれないように少しかがんで壊れて棒となった椅子の足を持ち、それをこっそりと背後に隠した。


「ご機嫌いかがです?妃殿下」


 からかうように下品に笑う男に、むっとエルオーシュは仏頂面をつくる。その様子すら楽しそうに、彼らは声を立てて笑った。


「やはり、ご機嫌ななめですか。高貴なあなたがこんなところに押し込められて、気分がいいわけがない。今、自由にしてあげますよ」


 どこから手に入れたのか、男はじゃらりと鍵を掲げて見せる。

 鍵を持っていない方の兵士は、にたにたとエルオーシュを見て笑っていた。

 鍵が回されるその一時の間、エルオーシュは男たちを観察した。


 服装は、まさしくベルリオールの兵士の制服だ。だが下層の兵士だとわかる。人相の不潔さはまるで一時(いっとき)雇われた傭兵のようだった。


 鍵を鉄格子に()める茶髪の男は、若いだろうにひげを生やしている。後ろで見守る男はひげの男の弟分なのか、ひっそりと鍵が回されるのを待ち構えていた。

 そしてふたりとも剣を腰につってある。


 エルオーシュは無意識に椅子の足を強く握った。


「お前たちは、誰なんだ」


 鉄格子を開ける男に警戒し、一歩下がったエルオーシュは堅い声で尋ねた。

 男たちが開け放したままにしてある城との出入り口からは、まだかすかに悲鳴が聞こえるような気がした。


「次期国王に仕える者、とでも言っておきましょうか」


「何を…」


「とても寛大なお方でしてね。是非あの王弟殿下の寵をただ一人、一身に受けている妃殿下を堪能したいと言うと、あっさり許可をしてくれましたよ」


「アルライドの美姫ぞろいの話は、よく噂で聞くものでね。好きにした事があると、どこでだって自慢できそうだ」


 クスクスと男たちはエルオーシュを見て笑いを漏らした。

 何にせよ、城に賊が入ったということを理解したエルオーシュはひげ面の男を睨み据えた。


「おや、存外に気が強いお方のようだ。ますます楽しみですよ」


 そう言いながら、牢に入った男の一人がエルオーシュに手を伸ばす。


「…存外に腕っぷしも強いと思う。たぶん、あなたより」


 歪んだ笑みを浮かべる男に、エルオーシュはそう言って可愛らしく笑って見せた。

 と同時に、思いっきり男の股間を蹴りあげる。


 くぐもった何ともいえない悲鳴と共に、男が前のめりに倒れたのを確認しないまま、エルオーシュはその後ろの男を狙った。体勢を低くして、みぞおちに椅子の足を思いっきりめりこませてやる。


 うめきながら、あっさり気絶した男を確認し、苦しげに股間を押さえて悶える最初の男から鍵と剣を手早く奪ったエルオーシュは牢を出た。


 そしてびくともしないと確認済みの鉄格子を閉め、男たちをその中に残して鍵をかけ、ようやく息をつく。


 まったく予期していないことが起こったが、結果脱獄ができたらしい。

 しかし、喜んでいる場合ではないとエルオーシュはすぐさま足を動かし、光が差す扉へと駆けた。



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