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ベルリオールの花嫁  作者:
第三章
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ep29 禁断の告白②

 


「まさか、あなたに招かれるとは思わなかった」


 薄い布越しに、確かな人の気配を感じながらアーウェスは声を放った。

 使者に招かれた場所は、想像すらしなかった場所だ。トラファニア帝国、帝国軍の砦。その中の最も中枢に、アーウェスはいた。


「ここに足を運んでくれたことを感謝する。アーウェス王弟殿下。余も、まさか貴殿がこうもあっさりと来てくれるなど、思いもしなかった」


「我が敵軍の、国王陛下がいったい何用で?」


 目の前にいるのは、かの帝王。ありえない対面に、緊張感が漂う。

 顔を見せるつもりはないのか、王は布に隔たれている場の椅子に座ったまま、微動だにしない。

 


 アーウェスとて、警戒心がないというわけではない。帝国の砦に足を踏み入れたのだ。

 しかし、帝国はどうしてもアーウェスを招き入れたいのか、人質を寄越してきた。自国の将軍を、対面が終わるまで、ベルリオールに単身で寄越してきたのだ。そこまでされて、断るわけにもいかず、アーウェスはこうして敵軍の中に足を踏み込んでいる。


「そなた自身と、同盟を結びたいのだ」


「は?」


 くすくすと、笑う男にアーウェスは警戒心を強めた。


「そなたの話は聞いている。その生い立ち、今の状況。さぞかし苦労をなされ、幾度となく辛酸をなめられたことだろう」


「俺のことをわざわざ調べられたので?それこそご苦労なことだ」


「不愉快な思いをさせてしまったかな?しかし、余はそなたが欲しい。そなたとなら、大陸全土を我がものにできる」


「…馬鹿なことを」


 意味のない話し合いに来てしまった、とアーウェスは後悔した。この男とは、話しなどできない。やはり、戦で話をつけなければならない存在なのだ。


「馬鹿なこと?そうとはかぎらん」


 衣擦れの音が響いた。遮られたその場所の奥で、帝王が立ち上がったのだ。布の奥で浮かび上がる、そのシルエットをアーウェスはじっと見つめた。 その布をよけ、現れたのは…


「……っ」


 アーウェスは息を飲む。

 そこには、帝王と呼ぶにふさわしい威厳を備えた男が、にやりと笑いながら立っていた。


 アーウェスが思っていたよりも幾分年若い王だ。その、戦好きの王に相応しい鍛え上げられた体躯は、それだけで人を威圧する。

 しかし、アーウェスが驚いたのはそれではなかった。


「初めて会ったか?自分と同じ人間に」


 王は、結わずに流した長い髪を一房手に取った。その色は、漆黒。アーウェスと同じ。

 黒い瞳にアーウェスを映し、さも楽しそうに笑う。


「余も、かつてはひどい差別をうけ、犬畜生にも劣る日々を過ごしていた。この大陸の人間は、ひどく狂っていて愚かだ。そう思わんか?人間は皆、平等だ。人種が違っていても人は人。差別を受けていいわけはない」


 王はゆっくりと、立ち尽くしたままのアーウェスに近づき、親しげに肩に手をおく。 その瞬間、アーウェスは目眩がした。世界が崩れおちるような甘美な目眩だ。


「愚かな大陸の中で、特にベルリオールは人を差別したがる国だ。大陸最古の国にして、自分たちの人種が一番優秀だと(おご)っておる。そなたがうけた仕打ちを思い出してみよ。ベルリオールが憎くはないか?」


 アーウェスは目の前の男を睨み据えた。


『悪魔の子が!汚らわしい』

 何度も吐きかけられた言葉が、蘇る。殴られ、蹴られ、閉じ込められる。その忌まわしい記憶が、頭に流れ込む。


「しかし、兄だけはそなたに優しかったのだろう?唯一の弟と可愛がり、居場所をくれた。だからそなたはベルリオールに留まっている。だが、考えたことはないか?兄以外の人間をこの世から葬り、ふたりで新しい国を築く。余につけばそれは叶う。余の目的は、(おご)ったその国を、大陸をすべて造り変える。そのために、そなたが必要だ」


 ああ、昔は何度も夢想した。城の者を殺し、兄とアナソフィアだけを連れ新しい世界を造るのだと。自分に優しいものだけを連れ、自分だけの居場所をと。

 激しくなる動悸を押さえながら、アーウェスは自然に沸き上がる笑みを浮かべた。


「ベルリオールはあなたにくれてやる。だが、兄は俺がもらう」


 王は当然と言ったように、くすりと笑った。




 *********




 ああ、誰かが頭をなでてくれている。

 何度も。何度も。

 少しぎこちなく、しかしやさしく。

 そっと、手に触れられる。その温もりは心地よくて、思わず握り返す。

 人の手とは、こんなにも心落ち着くものだったろうか。悲しみに凍った心を、溶かしていくような…。愛しくなるような。 じんわりと暖かい他人の体温が、指先から伝わりやがて全身を満たして行く。


 ああ、と息をつく。

 なんて幸せなんだろう、と。でも、どうしてか切なさで心がしめつけられる。

 これは、相手から伝わってくるものなのか。ぎこちなく触れてくる指先は、なにかを押し込めているようで…


 切なくて、苦しくて、狂おしい…


 はっとして、エルオーシュは目を覚ました。 室内は明るい光に満ちている。


「エルオーシュ様、そのようなところでお休みになられては、お風邪をひきます」


 ナーナが、肩にショールをかけてくれるのを意識しながら、エルオーシュは目をこすった。どうやら長椅子で昼寝をしてしまったようだ。不思議な気分で、髪をすく。やけに現実感がある夢だった。 撫でられる感触も、温もりもさきほどされていたかのようだった。


 そんなこと、されたことなどないのに。 どうして、知っているのだろう。


「髪でも、結いましょうか?」


 自分の髪をしきりに触れるエルオーシュに、ナーナはそっと声をかけた。

 どうやら、邪魔くさく思ったと気をきかせてくれたのだろう。


「あ、いや。これは…。大丈夫だ」


「おろしたままでも、お美しいですものね。殿下もエルオーシュ様の御髪を愛しそうに撫でておりました」


「え!?」


 なにか、とんでもないようなことを聞かされた気がする。


「いったい、いつ!?」


「エルオーシュ様がお倒れになられてから、ずっとですわ。とても心配されたご様子で。ずっとお側で、手を握っておりました」


 うっとりと、ナーナは目を閉じた。

 はあ…素敵、となにやら自分の世界に入ってしまったようだ。 しかし、一方でエルオーシュも頭が真っ白になっていた。


 アナソフィアと、パストール先生が言っていた事は、本当だった?

 やさしく髪を撫でる指先も、ぎこちなく手を握るあの温もりも。全部。


「…わけのわからない男だ」


 エルオーシュは、かあっと熱をもつ顔を意識しながらうつむいた。


 いらなくなったのではなかったのか。

 嫌いになったのではなかったのか。

 冷たく突き放されたと思ったのに、なぜあのように優しく撫でてくれるのだ。

  …駄目だ。想いが、溢れる。どうしようもなく、意識させられる。

 好きだ、と思ってしまう。


 他人から聞いた、意図のわからない、本当かどうかわからないことにも、こんなにも心がゆれる。

 もし、彼が少しでもエルオーシュを気にかけてくれていたのなら…


 会いたい。もう一度会って、話しをしてみたい。聞きたいことも伝えたいことも、たくさんある。

 早く…。早く会いたい。





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