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ベルリオールの花嫁  作者:
第二章
19/48

ep18 すれ違う心

 


 王位はどうなってしまうのだろう。

 まるでないがしろにされたように、誰も帰ってこない部屋で独りぼっちになっていたエルオーシュは、悶々とした刻を過ごしていた。


 ナーナと一緒に、ハンカチに刺繍系を刺すことにも集中出来ずにいたエルオーシュは、我慢出来ずに外へ出た。


 心配そうに、着いていくと言ったナーナの言葉を断り、少しだけだからと、一人で部屋を出たエルオーシュが訪れたのは、(うまや)だ。

 

 そこには、長く主人と会っていないだろう黒鹿毛の馬と、エルオーシュが乗せてもらった白馬がいる。アーウェスの馬だ。


「主人が心配か、ラムレイ。私もだよ」


 優しげな目をした黒鹿毛の馬の顔を撫で、はあ、とため息をつく。


 言葉を話さない存在だが、ここ最近のエルオーシュの慰めは彼らだけだった。


 一方的な会話を続け、いくぶんか心が落ち着いたエルオーシュは、大人しく部屋に戻ることにした。


 病に倒れたカルロスのことは心配だった。アナソフィアも、今はどんな心境で過ごしているのか。会って話を聞きたいと思ったが、エルオーシュからの要望は、今は通らない。敵国の王女だからだ。


 戻れば、誰かが情報を持ってきてくれるかもしれない。待つことしか出来ないが、それが唯一今の自分に出来ることだ。


「エルオーシュさま!こちらにいらしたのですね!」

 

 厩から離れた時、駆け足のナーナがエルオーシュを呼んでいた。


「国王陛下がお目覚めになられたようです!ああ…本当に良かった…!」


「本当に!?」


 その一報に、エルオーシュは大きく胸を撫で下ろした。

 ナーナは城中で噂になっている新たな情報を食事の準備に向かった厨房で聞きつけ、まっさきにエルオーシュに知らせに来てくれたらしい。


 確かな情報のようだと、聞き知った事を細かく教えてくれる。


 アーウェスに王位が移ることも取り消され、カルロスは自ら指示を下せるほど容体が良くなったという。


「また新しい情報はないか、探ってきます!」


 顔見知りの侍従や女官に聞きに行くと、ナーナは慌ただしく身をひるがえす。


 ほっと息をついたエルオーシュは、アーウェスもこの喜ばしい一方に安堵しているだろう、と喜びを感じていた。


 ナーナからの新たな知らせを待っていようと、大人しく部屋に帰ることにする。


 明るい気持ちのまま部屋へと戻ると、なにやら出てきた時とは様子が違っていた。扉が開け放たれたままだったからだ。


 もしかして、アーウェスが戻ってきたのかもしれない。ぱっと心が晴れ、エルオーシュは駆け足で戸口へと向かった。


 しかし、部屋に入る寸前、足が止まる。


 ローネリアとアーウェス。二人が、唇が触れ合いそうな距離で見つめ合っていた。


「私も殿下の子を生めるのよ、未来のベルリオールの国王を」


 そう言って、ローネリアがアーウェスから離れたとき、アーウェスと目が合う。


 部屋から離れるという思考にも辿りつけず、何もできないまま、ひたすらエルオーシュは固り続けていた。


 ローネリアが振り向く。当然、彼女とも目が合った。

 その瞬間、ローネリアは勝ち誇ったように笑った。


 呆然と立ち尽くしていることしかできないエルオーシュを見て、笑っているのだ。


 自分はいったい、今どんな顔をしているのだろう。


「では、殿下。お話はこれで」


 しとやかにそう言ったローネリアは、エルオーシュの脇をすり抜けた。


 その一瞬、彼女は小さく囁いた。


「かわいそうに。殿下に恋をしたって無駄なのよ」


 

 パタン、と静かに響いた扉の音を最後に、室内では沈黙がつづいた。


「‥‥ローネリアさまと、何を話していたんだ?」


 静寂を破ろうと、やっと紡いだ言葉はそれだった。


「おまえに関係ない」


 はっきりと言われれば、腹が立った。

 本当はアーウェスに関わる女性のことなど問いつめたくない。


 自分の立場くらいわかっている。

 わかっていても、感情は納得してくれなかった。


「私は、」


 聞いてはいけない、と必死に抑える。

 けれど、感情が溢れだす。


「私は、アーウェスの何?」


 アーウェスが伏せかけた瞳を、エルオーシュに向けた。それは、ひどく不愉快そうな感情を宿していた。それでも、エルオーシュは足を進め、男の元に詰め寄った。


「アーウェスにとって、私の存在は‥」


「その言葉、一番嫌いだ」


 エルオーシュは、突き放されたような気持ちになった。苦しくて、泣きそうになる。


 しかし、溢れる気持ちを抑えられることができない。アーウェスは不愉快だろう。けれど、エルオーシュだって苛立っている。


「愛情をよこせって?」


 アーウェスが心底嫌そうに言い捨てた。


「そんなこと言ってない!」


「だったら黙れ。面倒くさい女はごめんだ。おまえまで苛つかせるな」


 なんだよ、それは。と反発を覚える。


 自分は本当に、都合のいい女でしかないのか。いいや、女ではない。犬だ。余計なことは言わず、ただ従順に主人に可愛がってもらう事を待ちわびる、愚かな犬だ。


 エルオーシュの不機嫌に気づいたのか、面倒くさげに嘆息したアーウェスが、エルオーシュの手を引いた。よろけたまま、長椅子に座るアーウェスに体を傾けてしまう。頬に大きな手が触れた。


 乱暴に口付けられる。

 これで、エルオーシュの機嫌が治るとでも思っているのだろうか。

 それとも、自分が感じている苛ついた気持ちを、エルオーシュで消化しようとしているのか。


 まだ、飽きられてない。求められている。安堵すべき事なのかもしれない。

 しかし、こちらの気持ちをまるっきり無視している行為に、エルオーシュは悲しくなった。


 こんなことを望んでいるんじゃない。


 そう思い、気づく。では、自分は何を望んでいるのだろうか。


 アーウェスに触れられるのは、不思議と嫌ではない。けれど、時折苦しくなる。触れられることが、恐ろしくなるのだ。


 だから体を引く。そんなエルオーシュの腰を引き寄せたアーウェスの唇が再び近づき、びくりと体が震えた。


 今は触れて欲しくない。

 心がどうにかなってしまいそうだ。

 そう思っていたからだろうか。アーウェスは、密着していた体を唐突に離した。両手を下げ、それきりいっさいエルオーシュに触れようとしない。


 その様子に、愚かにも体全身で安堵の息をついてしまった。


「そんなに、俺が嫌か」


 思わぬ言葉に驚き、顔あげる。

 冷たい瞳に射抜かれ、身がすくんだ。

 それが、さらに拒絶するように相手に映ったのには気付かなかった。

 うつむいて、泣きそうになる顔を隠す。その時、血が散った腕に気づいた。アーウェスの腕には包帯が巻かれている。


「アーウェス、怪我をしたのか?いったい何が‥」


 慌てて傷を確かめようと手を這わす。しかし、すぐさま手をはねのけられた。


「触るな」


 さらに、アーウェスは不機嫌になっていた。

 じわりと包帯に滲む血の量に、エルオーシュは息をつめた。軽い傷ではないことに気づき、アーウェスのその不機嫌にかまわず、エルオーシュは動転しながら再度腕を伸ばした。



「早く手当てしないと!」


「もう自分でした」


 関わるな、と肩を押される。


「自分で?医者は呼んだのか?あ、いや、私が‥、私が呼びに行く!」


「うるさい」


 心配しているのに、なんて態度だろう。

 なぜ、血が滲むほどの怪我を自分だけで処置するのだろう。


「これ以上ひどくなったらどうするんだ!診せてくれ」


「おまえに関係ない」


 容赦のない一言に、また一歩アーウェスが遠くなってしまったような錯覚を覚えた。

 いや、錯覚ではないのだろう。

 心配するのもいけないのだろうか。

 いっさい関わるなと、線を引かれる。


 もっと近づきたいのに。

 たくさん心配したいのに、それは許されないことなのだろうか。


 アーウェスの前には、誰にも立ち入っていけない境界線がある。踏み込もうとすれば、容赦なく追い払われる。

 その線を、エルオーシュは越えてはいけないのだろうか。


 苦しくて、苦しくて仕方がない。そして腹が立って仕方がなかった。アーウェスが怪我をしているのに、何もさせてくれない。


 近くにいるようで、こんなにも遠い。

 手を伸ばせば触れられるのに、決して手が届かない。

 なぜ、こんな風に惨めな気持ちになっているのかエルオーシュにはわからない。いつから、自分は距離の近さを求めるようになったのか。


 自分はアーウェスの気まぐれな存在だと認識していて、別にそれでもいい、と割り切っていたのに、この心の変化は何なのだろう。感情がとまらない。


 この感情は、何?

 自分はいったいどうしたのだろう。


「‥‥二度と心配なんてしてやらないからな!」


 耐えきれなくなって、そう叫んで部屋を出た。

 自分の発言の間抜けさに情けなくなってくる。

 子供が、八つ当たりしたような台詞。

 もっと言うべきことも、行動もあったいうのに。


 本当は、こんなことを言いたいわけではなかった。

 カルロスの病のことや、アーウェスが次代の王候補になったこと。本当は心配だった。

 顔を合わせない間、心配でしかたなかったのだ。今も、ひどく心配している。動転しているほどに。


 離れている間に、何だか自分がすっかり変わってしまったのかのように思えた。

 顔を合わせなかったのはたかが数日だというのに。それなのに、その間、気づけばアーウェスのことばかり考えている。


 ナーナと話しているときも、気がつけば考えている。そうして、たまらなく苦しくなるのだ。


 どうして、分かり合えないのだろうと今も苦しい。


 歩みをとめて、回廊でうつむく。

 泣きそうになるのをじっと堪える。


 先ほど強引に触れた唇に、そっと触れてみた。

 こちらの気持ちなど考えない口付けなのに、なぜか心がときめいていた自分が不可解すぎる。


『かわいそうに。殿下に恋をしたって無駄なのよ』


 くすりと笑った、ローネリアの声が蘇る。

 恋?これが?こんなに苦しいものが恋なわけがない。


 でも、と胸をおさえる。

 だったら、溢れてこぼれ落ちるこの気持ちはいったい何なのだろう。



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