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ベルリオールの花嫁  作者:
第一章
11/48

ep10 裏切り①

 


 ベルリオールを発った騎兵ばかりの強行軍は、国境を越え、四日もかからないうちにアルライドの王都に近づいた。


 軍の数はおよそ二千。 小規模な軍団だが、トラファニアがアルライドに攻め込んできた時には、国境付近に集結し、後を追ってくる一万の兵がやってくる。 たとえ、いずれ攻め込もうと思っていただけだとしても、脅しになるくらいの軍勢だ。


 アルライドの軍と合わせると、数は充分だ。

 負けるわけがない勝ち戦。しかし、アーウェスは違和感を覚えていた。


「嫌な予感がする。慎重に行け」


 配下の者達にそう言い放ち、アーウェスはゆっくりと谷間の道を進み出した軍列を眺めた。


 ここを越えれば、都が見えるだろう。目と鼻の先に、目的地がある。アルライド軍と合流を果たし、まずは詳しい情報を得ることが先決だ。


 トラファニアがどのような動きをしているのか、何を企てようとしているのか。それを正確に把握し、先手を打たねばならない。


「殿下!」


 遠方から、騎馬に乗った男が一人、駆け抜けてきた。大声をあげながら、慌てた様子で必死に馬に鞭を入れている。


「どうした」


 男は、アルライドの様子を先に見に行かせた配下の者だ。アーウェスも、自らその男に馬を寄せる。


「王都に、王都に軍が!」


 ざわり、と周囲に緊張が走る。アーウェスでさえも、まさか、と眉を寄せた。


「トラファニアの兵が?アルライド側からは何の知らせもなかった。伝令を殺されでもしたのか」


「おそらく‥私がベルリオールの者だとわかったとたん、矢をむけてきました」


 アルライドの王都は、制圧されているのだろう。


 遅かったか、とアーウェスは舌打ちをした。

 父と国を守って、と必死な目をしたエルオーシュを思い出す。


「すぐさま王都へ向かう。お前はそのまま後方の援軍を呼びにいけ。全員戦闘準備を」


 アーウェスの言葉に、皆がせわしなく動きだした。

 面倒なことになった。急がねばならない。しかし、そう思っていたのは束の間だった。


「殿下!王都の方よりこちらへ軍勢が攻めてくるようです!」


 もうひとり、アルライドへ探りを入れさせていた伝令が息を切らして指をさす。


「なんだ、この計画的な速さは」


 嫌な予感が背筋を()う。


「トラファニアの数は?」


「殿下、それが」


 配下が口を開く前に、その青ざめた顔の原因が見え始めた軍勢のせいで明らかとなった。

 掲げられた旗は、まさしく‥


「アルライド軍です!」


 最悪だ。

 アーウェスは、もう一度舌打ちした。アルライドは裏切ったのだ。


「それでも守れって?アルライドの王女さま」


 ため息をついたのち、アーウェスは自軍へと振り向き声を上げた。


「撤退だ」





******




「やはり、深追いしてきたな」


 早々と軍を引かせたアーウェスに喰らいつくような執念で、アルライドの敵軍は追ってきた。

 アルライド軍は、ベルリオールの援軍の三倍以上の数になる。

 

 アーウェスは、すでに戦場となっている場を見渡した。


 この数ならば皆殺しにできると過信して、追ってきたのだろう。

 愚かな、と敵軍を見つめる。


 細い道に入っていくことに気がつかずに、のこのことやってくるとは。


 兵が多くとも、狭い道に入ればそれを活用できはしない。条件は互角になる。

 さらに、ベルリオールのように戦慣れした手練ればかりの軍を相手に、敵軍は単純な戦術を仕掛けようとしている。無謀というより他はないだろう。


「死ね!忌々しい悪魔が!」


 襲いかかる敵兵を、馬上から薙ぎ払い、またひとりまたひとりと命を奪っていく。


 大人しく今から軍を引けば、被害も少ないだろうにと、死にゆくものたちに軽い同情を覚えながら、剣をふるっていく。


「貴様ぁ!」


 目の前に現れたのは、騎馬に乗った若い男だった。豪奢な金髪も顔も土埃に汚れ、風貌はよくわからない。


「王子!お引きください!」


 後方から駆けてきた騎士が、王子と呼んだ男の前に躍り出た。


「私がこの男の相手を!セドリック王子は、お逃げください!陛下のご命令です」


 セドリックという名は、知っている。アルライドの第一王子で、国王に溺愛されているという噂の王子だ。エルオーシュの異母兄か、とその姿をながめる。身体は細く、貴公子然としているため、鎧がひどく重そうに見えた。


「そのとおり。王子様は退いたほうがいい」


 状況がわからない中では、なるべく王族は殺したくない。なにしろ面倒なことになるからだ。 なぜ前線に出てきたのだ、と苛立ちを覚える。


「うるさい!俺を馬鹿にするな!」


 剣が振り上げられる。

 捕虜にでもするかと、しかたなく応戦しようとしたその時、ひゅんと風を切る耳障りな音がなった。


 すべてはあっという間の出来事だった。

 光がセドリックの喉元に突き刺さった。傾いた彼の体はそのまま馬からずり落ち地面にころがった。

 流れ矢だ。


「王子!」


 彼らの悲鳴は、喧騒にむなしく消える。 手を掛けてきた世継ぎを失うのは、彼らにとって絶望と言えるのだろう。


「おのれ‥!許さんぞ、ベルリオールの王弟!」


 勝手に死んだだけだろう、と言うのをこらえ、アーウェスは剣をかまえた。


 本当に面倒なことになった。ベルリオールとアルライドの関係は、もう元のようには戻れないだろう。

 もっとも、先に仕掛けたのはアルライドのほうだ。向かってくるのなら、殺すまでだ。


「アーウェス殿下!別動隊が高台に到着いたしました」


 駆けてきた兵が、小高い丘を指差した。


「なんだ、早いな。この戦を終わらせるときが来たようだ」


 憎しみをおびた瞳でアーウェスを睨み付ける王子の騎士に向かい、アーウェスはにやりと笑った。


 その笑みが合図だっかのように、アーウェスの指示を受けていた別動隊の騎馬兵が、断崖を下った。アルライド軍の横腹を薙ぎ倒す勢いで、次々と手練れた兵達が戦場に(なだ)れ込んでくる。


 後方で起きた悲鳴に、一瞬後ろを振り返ったセドリック王子の近衛兵達は、ガタガタと体を震わせながら、再びアーウェスに顔を向けた。


 小さく唇が動く。悪魔、と。





********







「今から貴方は、敵国の王女となった」


 兵士を伴い、私室へ現れたカルロスは、緊張を孕んだ声でエルオーシュにそう告げた。


 すべては、突然だった。


 経緯を語るカルロスの話は、現実に起きていることだとは到底信じられなかった。

 それでも、すべてを聞き終えた時、エルオーシュはひどい目眩におそわれた。

 体中の力が抜け、その場にへたり込む。


「‥そ、そんな‥。嘘だ‥」


 背後から体を支えてくれるロッソの腕も、かすかに震えている。


「アルライドは…、国王陛下はどうなったのです」


 声すら出せなくなったエルオーシュの代わりに、ロッソがカルロスに向き直る。父上‥、と口の中で呟いた瞬間、心臓がつぶれるほどの強い痛みが胸に走った。


 父上はご無事なのか。どのような処遇を受けるのか。聞かなければならない。しかし、聞きたくはない。 エルオーシュは、己の耳に震える手を当てた。もう何も聞かなくても良いように、耳を閉じてしまいたかった。


「アーウェスが捕え、こちらに連れてくるそうだ」


「この国で‥ベルリオールの地で、処刑されるのですか?」


「まだ何も決まってはいない。情報が少なすぎる。まずは、裏切った理由を本人に聞かねばならない。‥その事情は王女殿が知っていると思ったが」


 カルロスの険を宿す鋭い声音に、エルオーシュははっと顔を上げた。


「‥私は、何も…。何も知らないのです」


 父からは、何も聞かされてなどいなかった。知らせも来ない。ただ、嫁げとしか。


「父は‥、私に‥両国の‥良いかけ橋と、なるようにと‥おっしゃったんだ」


 口の中が乾いていく。

 なぜ父は、ベルリオールを裏切らねばならなかったのだろう。

 娘を嫁がせた国だ。それなりの理由があるはずなのだ。


『かわいいエルオーシュ。お前だからこの任をまかせられるのだ。きっとどの娘より、わしの為に力を尽くしてやり遂げてくれるだろう』


 そう言って、頭を撫でてくれた。


「裏切られたのは、我々だけではなかったということか」


 カルロスが、憐れみをこめた瞳を向けた。

 裏切られた。その言葉が、エルオーシュの胸を鋭く切り裂く。

 そんなはずはない、とそればかり頭の中で繰り返えす。

 父が私を裏切った。

 そんなこと、あるはずがない。


「アーウェスからの伝令でも、貴方は何も知らないはずだと書かれてあった」


「‥アーウェスが?」


「ああ。私も王女殿を信じることにしよう。軟禁状態になるのは、他の者達に示しがつかぬゆえ、我慢してもらうしかないが」


「父は‥父とは話ができるのでしょうか」


「それは、難しいだろう。しかし、なるべく配慮はしよう。‥今後の、王女殿の待遇が決まるまでは自由にはさせてやれないが、理解していただきたい」


 自分も処刑されるのだろうか。裏切り者の王女として。

 父はこうなることも知っていたのだろうか。



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