第2話 近衛隊長と宿
~リービット王城訓練場~
「そこまで!! 午前の訓練は終了だ!!」
近衛隊長のゲイルが声をかけると、訓練を終えた兵士達が、その場にヘタリこむ。
それを眺めるゲイルだったが、一人だけ余裕そうに立っている者がいたのでそちらへ向かう。
「さすがだなイサルガ、スキル持ちは伊達ではないということか」
「へへ、俺の天剣は世界最強になる予定っすからね。こんな所でへばってられませんよ!」
イサルガの言葉に、ゲイルは少し眉を潜める。
いつも自信過剰な所があるとは思っていたが、今日はいつにも増して機嫌が良さそうだ。
「イサルガ、何か良いことでもあったのか?」
「あ、やっぱ隊長は分かります?」
「それだけ嬉しそうにしていれば分かるさ」
「実はさっき、リュウの奴が追い出されたんですよ!」
「な、それは本当か!?」
「本当っすよ! あのスキル持ち、やっぱ無能過ぎて使い物にならなかったんでしょうね!」
「うーむ……」
ゲイルが考え込んでいることにも気が付かず、イサルガは続ける。
「やっぱり俺が最強のスキル使いってことっすよ! っしゃあ午後の訓練も頑張るぞー!」
そう言いながら、イサルガは訓練場を出ていった。
「あの優秀なリュウ殿を追放するとは……この国はどうなることやら……」
誰にも聞こえない声で呟いたゲイルは、用事を思い出したように足早に訓練場を後にした。
――
――
「さて、まずは宿だよな」
王城を追い出された俺は、貯金と軽い荷物だけを持って城下を歩いていた。
「そこのおにいさーん! 宿を探してるならうちにしない? 安くしとくよ!」
「うん?」
キョロキョロと周囲を見ていたからだろうか、おそらく宿の看板娘であろう女の子に声を掛けられた。
それにしてもお兄さんか。
まだ十代だろうに礼儀がしっかりしているな、どこかの生意気小僧も見習ってほしい。
「それじゃあ泊めさせてもらおうかな」
「やったー! こっちだよー!」
俺が承諾すると、女の子は俺の腕を掴んで宿の方へ向かっていく。
掴んで……というより抱き抱えるようにしているので、もろに当たってしまっている。
これがわざとなら、商魂たくましいことこの上ないのだが、さすがにこの歳でそれは無いか。
「お父さーん! お客さんを連れてきたよー!」
「おぉ、お帰りリカ。お客様をお部屋へ案内して差し上げなさい。お客人、せまい宿ですがゆっくりおくつろぎ下さい」
細身の男性店主が、丁寧にお辞儀をする。
「ありがとう、ちなみに料金はいくらだ?」
「三食付きで日に1500リッド、素泊まりで500リッドになります」
「なるほど、安いけど少し値段が上がってる気がするな」
「はい……先月からまた税が上がりまして、この辺り一帯の宿は値上げせざるを得ない状況なのです。申し訳ありません」
「いやすまない、やっぱり皆も税で苦しんでるよな。軽率な発言で悪かった」
男性店主が頭を下げようとしたので、あわてて止める。
どちらかと言えば、俺は税を管理する立場だったわけで、むしろ申し訳ない気持ちになってくる。
「ねーねー、難しい話は終わった? 早くお部屋に行こうよ!」
「ああ、今行くよ」
リカちゃん(て呼ばれてたよな)に手を引かれて、二階の部屋へ向かう。
宿全体は、なかなか清潔感があって綺麗だ、どうやら当たりの宿だったらしい。
「それじゃあ、何かあったら呼んでねー」
「ああ、ありがとう。これはお礼だ」
「えっ、こんなにくれるの!? ありがとー!!」
小袋からチップを渡すと、リカちゃんは満面の笑みで部屋を出ていった。
本来は良いことをしたはずなんだが、日本での知識があるせいか、少し後ろめたい。
「三十代が十代の子にお金を渡すなんて、ロリコンとか言われないだろうな」
等と下らない事を考えながら、ベッドに腰かける。
「さて、これからの目標……というか生活をどうするかだけど」
王城の自室から持ってきた私物と、退職金代わりの小袋から硬貨を取り出す。
「宿が一日1500リッドだとして、まあ10年くらいは生きられるか」
宿代プラス諸経費を考えても、ざっと10年以上はもつ計算になる。
コツコツと貯金してきたおかげだな。
退職金の方は、本当に雀の涙くらいしか入っていなかった。
心も懐も寂しいことこの上ない。
「まあ、しばらくはゆっくりするか」
俺は考えるのを一旦放棄して、ベッドの上に寝転がった。
リュウ「そういえばリカちゃんの名前の由来って何なんだ?」
リカ「たしか、フレデリカ様って昔の偉い人の名前から取ったはずだよ」
リュウ(何で毎度呼びづらい名前ばかり出会うんだろうか?)