俺の料理で恩返し
昼過ぎから始まった俺の異世界での料理は、晩餐の時間に丁度良い頃合いで仕上げる事が出来た。これなら自信を持ってお出しする事が出来る。
てっきり俺が配膳までするものだと思っていたが、料理の完成を見届けたサレアさんに食堂の椅子まで連行されてしまった。客人扱いって事なのかな?
食堂では既にルーリ先生が席に着いていて、静かに晩餐の準備が整うのを待っている。なんか緊張してきたな…
すると俺が作った料理をサレアさん親子が運んできて例の如く颯爽と配膳を済ませて行く。
ルーリ先生は料理が配膳されるたび、じっくりと観察しているようだったが、いつもの怜悧な表情を崩す事は無かった。
料理の配膳が整いサレアさん親子が一礼すると、いよいよ本日の晩餐が始まった。
「いただきます。」
ルーリ先生の反応が気になって仕方がない俺はチラチラと彼女を盗み見る。非常に失礼な事をしている自覚はあるんだが、ここで気にならない奴なんか料理人じゃない。
彼女はスプーンを手に取って炊きオーヌを掬い上げ、口に運ぶ。
長い咀嚼の後、再び炊きオーヌを口にする。今度は先ほどよりも早い。
今度は玉ねぎもどきと卵のブイヨンスープを掬い口に運ぶ。彼女は目を閉じてじっくりと味を確かめているようだ。
そして干し肉のトマト煮込みを掬い口にした時、突然彼女は目を見開いた。そして手招きでサレアさんを呼び、何事かを確認し合っている。
おいおい、何かマズい事でもあったのか?
俺はドキドキしながら会話の内容に聞き耳を立てるが、まあ分からんわな。ただ、時折オーヌだとかシュートだとか俺の知っている食材の名前が聞き取れたのは確かだ。
ビクビクしながら二人の様子を伺っていると、突然ルーリ先生が席を立ち俺の方に歩み寄って来る。どうしよう、ヤバいな、怒ってるよな絶対…
次の瞬間、スッと額に柔らかいものが触れてルーリ先生の感情がドバドバと流れ込んできた。それは恐れていた負の感情ではなく、歓喜や感謝、驚きや嬉しさといったものだ。
あれ?喜んでくれたのかな?良かった…本当に良かった。
俺はニッコリと微笑んで、冷めてしまう前に続きをお楽しみ下さいと意思を伝える。
俺の意思を受け取った彼女は真っ赤になって一礼し、席に戻って食事を再開した。
あ、そうだ、彼女に伝えなきゃならない事があったんだ。俺はわざとらしい咳払いを一つして彼女に呼び掛ける。
「ルーリ…」
俺が伝えたい事を言葉にするのは難しいのでジェスチャーで伝えるしかなかったが、干し肉のトマト煮込みを炊きオーヌにかけて食べて欲しいって事だ。
この国では行儀の悪い事かもしれないが、干し肉のトマト煮込みと炊きオーヌの相性は抜群に良いハズだ。
何の味付けもしていない炊きオーヌは、確かにオーヌ本来の香りや味を感じられて旨いのだが、少し濃い目の干し肉のトマト煮込みと合わさると、お互いの良さを引き立て合って更に美味しくなるのだ。
それをあっさりとした玉ねぎもどきと卵のブイヨンスープで流し込むと最高に旨い。
俺の伝えたい事を理解したルーリ先生は、おっかなびっくりといった感じでトマト煮込みを少しだけオーヌにかけて口に運ぶ。彼女はうっとりとした表情を浮かべた後、トマト煮込みをドバドバとオーヌにぶっかけて、一心不乱にスプーンを動かしていた。
あ、お行儀が悪いわけではないのね…
日本人の俺はカレーライスとかハヤシライスでお馴染みの光景だから何とも思わんが、地球でも海外では受け入れられない国もあるだろう。
ともすれば、ここは異世界なんだから受け入れられるか疑問だったんだよな。
まあ、これほど美味しそうに食べてくれるのは俺にとっても凄く嬉しい事だ。
これでちょっとでも恩返しができただろうか?
「ごちそうさまでした。」
晩餐が終わると、満足そうな表情を浮かべるルーリ先生の姿がそこにあった。いつもの怜悧な表情は完全に消えている。
サレアさん親子が晩餐の後片付けをしている中、ルーリ先生が椅子ごと俺の隣に移動してきた。
何だろう?
彼女はいつもの光殺法のヤツで俺の額に触れると、次々に意思を投げかけてきた。意味合い的に微妙なところを補完しつつ会話風に表現するとこんな感じだ。
「今日の晩餐は非常に美味でした。」
「ありがとうございます、喜んで頂けたのなら俺も嬉しいです。」
「特にあのオーヌと煮込み、私は今まであのような物を口にしたことがありません。オーヌの香ばしさと噛むほどに広がる自然な甘み、干し肉のコクと野菜の旨味…炊きオーヌと煮込みはそれぞれ単体でも非常に美味でした。ですが、それらが合わさった時、この世のものとは思えないほどの美味が完成しました。まさに至高と言う言葉が相応しい。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「あれはシュンの世界の料理なのですか?」
「いえ、俺の世界の技法は使いましたが、食材が全く異なるので…」
「技法…という事は、シュンは特殊な魔法が使えるのですね?」
「魔法ですか?いえ、俺の世界には魔法なんて存在しませんよ。」
「魔法が存在しない?魔法ではない特殊な技法…という事は錬金術の一種…」
「あの、俺はただの料理人です。魔法とか錬金術の類なんて一切使えませんよ。」
「そう…ですか…。あの、もしよろしければ明日からも食事を作ってもらう事はできないでしょうか。元の世界に戻る方法を見つけ出す事には全力で協力させて頂きます、ですからどうか!」
「いえ、こちらとしてもそれは有難いです。お世話になるうえに協力までしてもらうんですから、俺に出来る事で精一杯恩返しをしないとフェアじゃありません。」
「ありがとうございます。これからよろしくお願い致します!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
とまあ、こんな感じのやり取りを終えた後お互い寝室に戻り、この日は幕を閉じた。
俺の料理で恩返し出来て本当に良かったと思う。これからもルーリ先生には世話になるんだから明日からも気合を入れて頑張ろう。
命の恩人に恩返しができた事と、この世界に俺の居場所が出来た事で安心しきった俺は、久しぶりに泥のような深い眠りに沈んで行った。