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青の賢者の錬金術師  作者: Gary
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知らないよそんなもん

 ひたすら黙々もくもくと青い髪の美女の背中を追って木々の間を歩き続けた俺は、いつしか深い森の中にたたずむ不気味な洋館の前に辿り着いていた。

時間にしておよそ20~30分といったところだろうか?競歩に近い速度で進んでいたもんだから激しく息切れはしているし、シャツは汗でビッチョリだが、肌寒いくらいの気候のせいか立ち止まると清々すがすがしくさえ思えてくる。

もちろん移動している間は彼女に聞くべき事や、あらゆる事態を想定して早急に家に帰る方法を検討けんとうしていた。

もし万が一ここが海外だったらパスポートなんて持ってない俺は、日本大使館を探して事情を話し、助けてもらわなきゃならんからな。

酔い潰れて目が覚めたらここに居ました…なんて言ったって信じてもらえるか分からないが記憶がないんだから仕方がないだろう。

空港なり港なりの監視カメラとか調べてもらえば俺に何が起こったのか分かるかもしれないな。

 と、おどろおどろしく眼前にそびえる巨大な洋館を見上げながら呆けていると、金属の巨大な門を押し開けた青髪の美女が俺に流し目を送って来る。

入って来いって事だろうな。


「お邪魔します。」


 彼女に頭を下げながら門をくぐると、よく手入れされた広い庭園の先にもまた巨大な館への扉が威容いようを放っていた。

細かい花の装飾がほどこされた金属と木製の大扉。こんなものテーマパークでしか見た事がない。謎の植物のつたがまとわりついた壁や窓、屋根の作りなんかも洋風の凄い館としか言いようがないと言うか、建築様式の知識がない俺には建物から国を推察すいさつする事なんて出来るわけがないが。

キョロキョロと視線を彷徨さまよわせてはうなりながら、彼女の先導に従って大扉をくぐり館の中へ足を踏み入れた。

敷居しきいまたぐ時にも一応「お邪魔します。」と頭を下げたが、門と館の入口、どっちで言うのが正しいんだろうな?

まあそんなどうでも良い疑問は脇に置いて、昼間でも薄暗い洋館の中を奥へ奥へと進んで行く。

エントランス?を抜けて壁も床も天井も石造りの廊下を歩く事しばし。

映画で見た事のあるザ・応接室と言った雰囲気の部屋に辿り着いた。

家具や調度品のたぐいを見ても、やはり知識のない俺にはアンティークっぽいって事しか分からない。

 彼女にすすめられるままに皮張りの硬いソファで人心地着いた俺は、対面に座る彼女と視線を合わせた。

ここからが勝負だ。とにかく可能な限りの情報と家に帰る手段を模索もさくしなければならない。

と、意気込んだのも束の間、ノックと共に中年の女性が部屋に顔を出した。

彼女も明らかに日本人ではないが、どこにでもいる普通のオバチャンと言った雰囲気で、人前には出られないようなボロボロの洋服を身に着けている。

しかし、その所作しょさは洗練されていて、家政婦と言うよりも侍女じじょと言ったおもむきがある。

彼女らはいくつか言葉を交わすと、侍女じじょのオバチャンが幾度か部屋を出入りし、颯爽さっそうとお茶を用意して退室して行った。

光沢を放つ大きな木のテーブルで、ふんわりと温かい湯気をくゆらせる2つのティーカップ。もちろんそれは俺と青髪の美女の分で間違いない。

出されたものに口を付けないのはどこの国でも失礼だろうから、俺は恐る恐るカップを手に取った。


「いただきます。」


 この香りは紅茶だろうか?いや、烏龍茶か?今まで嗅いだことのない香りに戸惑うも、熱々のお茶を口に含む。

鼻に抜ける苦みとしぶみ、薬膳茶やくぜんちゃをハーブティーで割ったような独特なコクと後味。

甘からず、辛からず、かといって旨からず…

吐き出してしまいたいとまでは思わないが、二度と味わいたくない逸品だな。

せっかくの厚意に微妙な反応をしては角が立つからな、ここは愛想笑いでごまかそう。

こんなところで言葉が通じない状況が幸いするなんてな。

感想を求められたらコメントに困るところだった。


 さて、気を取り直して早速さっそく彼女とコミニュケーションを取る事にしよう。

俺は右手の人差し指と中指を立てて閉じたピースサインを作り額に押し当てる。

何やら光殺法こうさっぽうが出そうなポーズだが、モンスターにおそわれた時、彼女が行った不思議なコミニュケーション手段をもう一度やって欲しいというジェスチャーは伝わるだろう。

じっと俺の奇行を見詰める彼女の視線は痛々しいが、こうするしかないのだ。

そして、一瞬目を逸らした彼女は小さく溜め息をらし、あの時の様に口元で何かをささやき身を乗り出して、ぼんやりと光る細くしなやかな指を俺の額に押し当てた。


 彼女から聞くべき事は山ほどあるが、とにかくまずはここがどこなのかが何より重要だ。

俺は額に触れている彼女の指に向かって一心不乱に、ここはどこなのかと念じ続ける。

そして彼女からの意思が返って来た事にほっと安堵の息をらすが、その内容が要領を得ない。

北方、暗い枯れ枝、我が家。この3つが彼女の答えだ。

北方とは世界地図で言うところの上の方なのか、この国で北の方に位置する場所なのかはっきりしないが、お盆を過ぎたこの時期に肌寒さを感じるような地域だから北半球で北極寄りの場所だろう。

日本で北方と言えば北海道だが、北海道で生まれ育った俺が知らない植物しかないなんて、そんな事は有り得ない。という事は海外のどこかの国で間違いない。

我が家ってのは彼女の家って事だろうから置いておくとして、問題は暗い枯れ枝だ。

なんだそりゃ、地名か?

この方法でのコミニュケーションでは言葉ではなく意思のようなものが伝わって来ると考えられるから、恐らく暗い枯れ枝と言う意味の地名だろうか…

知らないよそんなもん。英語すらマトモにしゃべれない俺に他の言語の意味だけ言われても分かる訳がない。

 気を取り直してもう一度やってみよう。

今度はもっと明確に国の名前だ。国の名前…国の名前…国の名前…

古オースゥインと分かたれたミルダの末裔まつえいの国?なんだそりゃ!

いや、待て。落ち着け。オースゥインとミルダ…意味じゃなくて名詞だ。

それにさっきよりブツブツ感が無くなった?


(解決する、時間が必要、慣れや同調)


 なるほど、彼女の意思を察するに時間が経って慣れれば、より鮮明な意思を相手に伝える事が出来るようだな。

良いんじゃないか?これなら少しずつでも明確なコミニュケーションが取れるんじゃないか?光明が見えて来たぞ。


 そして数時間にも及ぶ彼女とのコミュニケーションで得た情報を大まかにまとめるとこうだ。

まず、周辺諸国の名前を聞いてみたが、知っている名前は存在しなかった。

世界で一番の大国を聞いても知らない名前だった。

そして彼女は日本と言う国を知らなかった。

俺が何者でどこから来てどこへ行くのか?という彼女の哲学的な質問にも正直に答えたが、彼女は首をかしげるばかりだった。

そして彼女の名はルーリディオコンデッタと言うらしい。ルーリと呼んで良いそうだ。

俺がシュン・イワイと外国風に名乗ると、彼女は俺をシュンと呼ぶ事にしたようだ。

 最後に俺が国に帰りたい、帰る事が出来そうにないとなげくと、ルーリは一瞬だけ微笑みを浮かべ、この館に滞在する事を許してくれた。

俺は泣きそうになりながらルーリに深い感謝を送り、必ず恩は返すと心に決めた。

だが、仕事どうしよう…無事に日本に帰れたとしてもクビになってるだろうな…本当に泣きそうだ。

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