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青の賢者の錬金術師  作者: Gary
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魔法って凄い

 異世界に転移して10日が過ぎた。現代日本と比べれば色々と不便な部分もあるが、まあなんとか順応してきたのではなかろうか?


 まず最大の障害だった言語の壁だが、ルーリ先生のお陰で日常生活に支障が無いレベルまで習得する事ができた。まだまだ変わったスラングや慣用句、専門用語なんかは分からない事はあるが、意味を聞けば理解できるから問題はない。


 次に煙草の問題だが、これはルーリ先生からキセルを借りる事ができた。このキセルはルーリ先生のお父様の形見だそうで、年季が入っているが俺でも分かるくらいの高級品だ。そんな大事な物を俺なんかが使うのは畏れ多いのだが、ルーリ先生は使われないまま飾っておくのは可哀想かわいそうだとこころよく俺に貸してくれた。もちろん大切に使わせて頂いている。


 そうそう、このキセルの持ち主だったルーリ先生のお父様は先代の賢者様で、幾度も国難を救った偉大な方だったそうだ。魔法の力の強さってのは女系に強く出るらしくて、男ながらに強大な力を持っていたらしい。俺のいた世界の知識で考察すると魔法の力ってのは遺伝するもので、特に女性の方が強く遺伝子を引き継ぐって事なんだろうな。

ちなみに俺からは全く魔力を感じないそうだ。魔法のある世界に転移したんだから期待してたんだけど、そう甘くはないよな…。


 そしてルーリ先生は幼い頃に母親も失っているようで、家族と呼べるのはこの館の使用人達しかいない。血縁関係、つまり同じ賢者の血を引く人間はルーリ先生以外にはもういないから先代が亡くなった時、自動的に次の賢者を名乗る事になったそうだ。

いや、正確には同じ賢者の血を引く血族は存在しているもののルーリ先生ほど強く力を遺伝している人間は存在していないようだ。それでも数百人に1人くらいは力を発現するそうで、賢者ほどの力は持たないものの魔法使いとして様々な分野でその力を発揮しているらしい。もちろんその多くは騎士団や傭兵なんかの戦力として力を使っているそうだが、ゴドリのようなモンスターが跋扈ばっこする世界なんだから当然と言えば当然だよな。

この数日で知り得た血族と魔法に関する事はこのくらいかな?


 さて、俺の異世界生活だが、ある程度のルーティーンが出来上がった。朝起きてアレの壺を処理してグラフ爺さんにおちょくられ、浴堂で身を清めてからブランチを作ってルーリ先生と2人で食べた後は国語の勉強。夕方になったら晩餐を作って、食べ終わったらルーリ先生や使用人の誰かしらと雑談を交わして就寝する。そう、俺の生活の中に晩餐の後の雑談タイムが新たに加わったのだ。これは語学の実践と情報収集に効果覿面こうかてきめんだった。お陰様でこの世界の常識を身に付けつつ、この館に住む人々とコミュニケーションを図る事が出来たのではなかろうか。まあベインさんは夜警という事もあり、あれ以来一言も言葉を交わしていない。と言うか顔を合わせても俺が挨拶をするくらいで、それ以上の会話はしない。だってあの人怖いんだもの…。

俺の事を信用していないのも警戒しているのも分かるんだけど、毎度あの顔でにらんで来るんだぜ?ゴドリも泣いて逃げ出すってもんだ。


 次に俺の仕事についても色々と進展があった。まず大きかったのはグラフ爺さんが俺専用の砥石と包丁を作ってくれた事だ。ルーリ先生にすすめられて晩餐後の雑談タイムで砥石の件を相談してみたところ、わざわざロラン君と山に入って砥石を切り出して使いやすいように加工してくれたのだ。おまけに古くなった農具を打ち直して俺の使いやすい形の包丁を作ってくれたんだよな。毎朝俺をおちょくってくるから少しばかりイラついていたが、俺の仕事に欠かせない砥石と包丁を作ってくれたんだから全て水に流そうじゃないか。


 料理の方はと言うと、悪戦苦闘、試行錯誤の毎日が続いている。倉庫の中の食材は全て把握する事は出来たが、用途に困る食材がいくつかあるんだよな。ほとんどの食材は俺の世界でも似たような物があるから使いようはあるけれども、この世界独自の物はサレアさんに調理方法を聞いて色々試してみてはいるものの納得のいくものは出来ていない。

それに葉物野菜の鮮度を維持するのが難しい。北海道よりも寒い地域で湿度も非常に低いから根菜類の保存には問題が無さそうだが、葉物野菜はどうにも難しいんだよな。

それに、圧倒的に調味料が不足している。塩とハーブ類しかないから自作するしかないんだが、納得のいくものはあまり出来ていない。魚介類や香辛料があればもっと料理の幅が広がるんだがな…。


 オーヌ(俺の認識で麦でいいや)を使った発酵食品も作ってはいるがまだ時間が掛かりそうだな。これが成功すれば酒や酢なんかが作れると思うんだけど俺も醸造なんて初めての経験だから成功するまで苦労しそうだ。


 逆に成功したものもある。それは原料にヒールの実を使って5日間発酵させた天然のパン酵母だ。実はこの酵母の作成に魔法の力が大きく関わっている。

まず材料となる水だが、館の井戸には水を浄化する魔法が掛けられているらしく、雑菌が存在しない。酵母菌自体も死んでしまうかと危惧きぐしていたが、井戸に溜まっている水にのみ魔法の効果があり、井戸から汲んでしまうとその限りではないそうだ。

そして最大の難関である温度管理だが、館の中は室温を一定に保つ魔法が掛けられていて暖炉が無くても快適に過ごす事が出来るのだ。つまり、この寒い地域でも発酵に必要な25℃~30℃の温度を保てるという事だが、ルーリ先生に相談してみた結果、俺の寝室の隣の空き部屋を発酵部屋として1部屋だけ少し暑いくらいの室温に調整して自由に使っても良いと許可してくれた。ルーリ先生が部屋の中でゴニョゴニョと呪文を唱えてピカッと光ったら一瞬で室温が上がったんだけれども、仕組みや原理は理解できそうにないな。魔法って凄い。

そんなこんなで浄水とヒールの実を発酵させて5日間、毎日かき混ぜては様子を見つつ、遂にパン酵母が完成した。

そして最後に人体に害は無いかの確認なんだが、これもルーリ先生の魔法によって判定してもらった。ルーリ先生は毒を見分ける魔法が使えるそうなのだ。まあそんな便利な魔法があるんなら、得体の知れない異世界人の俺なんかが料理を作るのを簡単に承諾しょうだくしてくれたんだろうし、思い返せば最初に作った晩餐の料理をルーリ先生が凝視していた理由にも納得だよな。魔法って凄い。


 さて、出来上がったパン酵母だが、これに同量の麦粉を加えて良くかき混ぜ、2倍くらいのかさになるまで更に発酵させる。それを3回繰り返してパンの元種もとだねの完成だ。出来上がった元種と麦粉、水、塩、卵、植物油で生地を練って、またまた発酵させて、小分けにして成形し、かまどの中へ。もちろん事前にグラフ爺さんに頼んで3つあるかまどの1つをオーブンとして使えるように改造済みだ。火口を塞いで開閉式の取り出し口を付けて熱が逃げないようにして、直火に当たらないようにかまどの中に台を設置してもらったんだけど、驚くほど完成度が高い。さすがグラフ爺さんだな。

早速さっそく、試作用に焼き上げたパンを取り出して試食してみよう。

と思ったんだけど、いつの間にか調理場の中に館の住人が勢揃せいぞろいしていた。

さすがにベインさんは来ていないけれども、ロラン君?キミはちょいちょい調理場に顔を出しているけれども警備の方は大丈夫なのかね?ゴドリが襲ってきたらどうするのさ。


「あの…皆さんお揃いで、どうしたんですか?」


「シリア、あんた洗濯は終わったのかい!」


 おっと、さすがにサレアさんもお怒りのようだ。


「うるさいわね、もうとっくに終わってるわよ。」


「ロランも見回りは大丈夫なのかい!」


 そうだそうだ。キミにはしっかり仕事をしてもらわないと困るんだよ?


「賢者様の結界がありますし、この辺りのゴドリは既に狩り尽くしましたから…」


 え?結界なんてあったんだ。やっぱ魔法って凄い。


「爺さんも、普段は調理場に近付きゃしないってのに、どういう風の吹き回しだい?」


「そこのかまどをこさえたのはワシじゃ。職人として問題がないか確かめに来るのは当然じゃろう。」


「何が職人だい、あんた庭師だろうに。」


「まあ良いではありませんか。皆この香りに寄せられて集まって来たのでしょう?それでシュン、今度は一体どんな料理を作ったのですか?」


 ルーリ先生はいつもの怜悧れいりな表情で問いかけてきたが、期待で目を輝かせているのを俺は見逃さなかった。まあ期待してくれるのは嬉しいんだけど、あくまで試作だから微妙な出来だったらガッカリさせちゃうかもしれないし、困ったもんだな…


「これは俺の世界でパンと呼ばれる料理で、オーヌと水を練って発酵させ焼き上げたものです。」


「ハッコウ…例のあの部屋で作っていたものですか?」


「はい。この世界でも酵母菌がいるのか不安はありましたが、苔やキノコが存在するなら作れるのではないかと思いまして。」


「コウボキンというものが何なのか分かりませんが、この世界で初の試みという事ですね。私も頂いて構いませんか?」


「ええ、是非。あまり量はありませんが、折角ですので皆さんも試食してみて下さい。」


「まあ、ワシが作ったかまどで焼いたもんだから当然じゃな。」


「まったく、偉そうな爺さんだね。」


 焼きあがったコッペパンサイズの2つのパンを3等分ずつに切り分けて試食開始だ。

フカフカふわふわのパンとまではいかなかったが、それほど硬くもない。酵母菌を作る時に糖分が足りないかとも思ったが、問題はなさそうだ。それにグルテンの含有量がんゆうりょうも申し分ない。ほど良いふんわり感とモチモチ感ではなかろうか?

欲を言えばバターも加えたかったが、これはこれで味も香りも申し分ないな。

うん、上々の出来だろう。さて、皆の反応はどうだろうか?


「これは、ケルンじゃな!」


「ケルンですね!」


 グラフ爺さんとロラン君はパンを知っているらしい。どうやらこの世界ではケルンと呼ばれているようだ。


「バカをおっしゃい!こんなに柔らかいケルンがどこの世界にあるってんだい。」


「サレアさん、ケルンというのは、このパンと同じ材料を使っていますか?」


「そうさね、オーヌ・メヒと水を練って焼いたもんで、コウボキンだの卵だのは使わないよ。硬くて塩っ辛いだけの貧乏人の食べ物さね。」


 オーヌ・メヒってのは俺の世界で言うところの大麦とかライ麦に相当する単価の安い穀物なんだろうな。硬くて塩っ辛いのは保存期間を優先した結果の産物だろう。


「ケルンを作る際に、かまど税だとかケルン職人許可証なんてものは必要ですか?」


 確か俺の世界の中世ヨーロッパでは職人の権利を守るために、個人でパンを焼くのを禁じた法律なんかがあったと聞いた覚えがあるんだよな。


「いいえ、ケルンを主食とする国や地域は多くありますが、そのようなものは聞いた事がありません。ただ、このパンとケルンは全くの別物です。オーヌの薫りと香ばしさ、そして絹のような柔らかさと、噛みしめる度にじわりと感じる自然な甘さ。これは神々のケルンと称するべきものでしょう!」


 ルーリ先生、それは大袈裟おおげさですって。それに彼女は旨いものを食べると妙に饒舌じょうぜつになるんだよな。まあ、苦労して作ったぶん、その賞賛は謹んでお受け致しますがね。


「シリアちゃんはどうだった?」


「うん。ケルンは食べた事ないけど、このパン?はすっごく美味しかった。」


「そうかい、そりゃ良かった。それじゃあ今日の晩餐はパンにしようかと思うけど、それで良いかな?」


「うん、すっごく楽しみ!」


 シリアちゃんとはちょっと気まずい部分もあったけど、素直で明るい子だから今では姪っ子みたいな感覚で接している。母親であるサレアさんに聞いた話だと激しく人見知りをするタイプのようだ。滅多に来客も無いんだろうし人見知りなのは仕方が無いのかもしれないな。


「さあさ、シリアもロランも爺さんも食ったならとっとと仕事に戻りな!」


 サレアさんの蜘蛛の子散らし。3人共スッと消えて行ったね。さて、俺も晩餐の支度を進めましょうか。ん?ルーリ先生が何やら思案してらっしゃるぞ?もしかして晩餐はパンじゃない方が良かったか?


「シュン、今日の晩餐を2人…いえ、3人分多く作って頂けませんか?」


 あれ?パンがどうこうって事じゃなく晩餐の量を増やして欲しいと。


「はい。それは構いませんが、お客様でもいらっしゃるんですか?」


「ああ、今日はルドヴィアス領の献上品が到着する日でしたね。」


 思い出したように言うサレアさん。ルドヴィアス領の献上品って何だろう?


「1冥月めいげつに1度、この地の領主が献上品を納めに代官を遣わします。今日はその日になるのですが、恐らく代官以外にもこの館に来る事になるでしょう。」


 冥月めいげつってのはこの世界の暦で、24日周期の月の満ち欠けを基準にしている。どうやら金品や食料なんかを納めて賢者様に庇護ひごをしてもらおうって事らしい。賢者様ってのは王様よりも力があるらしいから、政治的な事とか色々面倒な取り決めもあるんだろうけど、俺はただの料理人で政治の事なんてからっきし分からないから出来るだけ首を突っ込まない方針で行こうと思う。

でも、代官様以外のお客様まで来るって一体何があったんだろうな?

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