※※※ 支援要請
──できるなら。最後に一言だけ、お別れの言葉を伝えたかった。
フェンリルの魔力の接近を察知した私は、突然立ち止まって頭を下げた。言葉を話せない、私なりのお別れの挨拶だった。
そんな私を見て、3人は首を傾げる。
私の性能ではフェンリルなんぞに勝てるわけがないのはスペック情報としてすでに決定事項であった。それでも、こんな私でも一緒にいてくれた3人が大好きだから。ジェスチャーでは決して伝えられないこの思いは、墓場まで持っていく。誰にだってくれてやるものか。
精一杯の笑顔をしているつもりだが、表情筋がないので私は今どんな顔をしているのだろう。せめて涙を流す機能があれば、今のこの気持ちを伝えられたのかも知れない。
静かに『さよなら』と口だけを動かす。
「「「ホムちゃん?!」」」
突然戦闘機動で走り出した私を呼ぶ声を振り切り、フェンリルの迎撃に向かうために駆け出す。
3人が追って来ることを想定して、最初にフェンリルと反対方向に向かって走り出し、少し振り返って姿が見えなくなったところで大回りしてフェンリルのいる方向に向かう。3人を逃がすために犠牲になるのだ。同じ方向に来られても困る。
マザーへの支援要請を発しているが応答はない。ここはどうやら交信限界深度を越えた場所らしい。私の近くに中継機となりそうな機体もいないようだ。
攻撃型の派遣要請を続けてはみるが、どう足掻いたところで支援機が到着した頃には私は良くてバラバラ、悪くて消し炭ぐらいにはなっていることだろう。探索型の私には大した戦闘能力はない。ゴブリンやコボルト程度なら相手はできるが、フェンリル級の魔物に対処するには攻撃型の支援が無ければ無理だ。
森を駆けながら去来するのは、3人と共に過ごした穏やかな日々。ホムンクルスとして生まれていなければ、幸せな時間がもっと続いたのかも知れない。ホムンクルスだから『ホムちゃん』と、安直だが名付けてくれた。言葉を話せない私には番号羅列の名前しかなかったが、その時初めてこの世界に生れ落ちることができて良かったと思えた。
地滑りに巻き込まれて地面に埋もれて機能停止していたところを助け出されたあの瞬間から、私の人生は始まったのだと考えている。地滑りに巻き込まれたときに50%の機能が停止してしまっていて、魔石を燃料に変えて駆動する魔力機関は機能していない。辛うじて大気中の魔力を回収して活動できていた。魔法を使うと回復に一定の時間がかかるのが悩みの種だった。
一度だけ修理型を要請して診てもらったことがあるが、彼の話では直る見込みがないのでマザーに連絡すれば確実に配置転換の後に廃棄処分になるとのことだった。彼は私の落ち込みようを見て、マザーには虚偽報告になるが問題なしと連絡をいれてくれるとのことだ。本来なら対魔獣兵器である我らにそんなことは許されないのだが、前文明が滅び去った今となっては我々の司令塔であるマザーですら路頭に迷っている。前文明の亡霊である我らにはぶっちゃけどうでも良いことだ。存在理由の根底にある人類保護という理念を貫く真似事をしているだけだ。
改善案として、コミュニケーション機能の不足を進言してもらうことにする。情報収集の一環として現地民との会話は必須である──ということを隠れ蓑に、私はただ友人たちとの会話がしたかった。あと、できれば食事できる機能なんかも欲しい、なんて言ったら修理型の彼が苦笑いしていたっけ。
修理型の彼は、久々に自我のある仲間に会えたのが嬉しかったそうで、一緒に遠くへ逃げないかとも提案されたが、3人の為に断ったら悲しそうな顔をしていた。
魔力反応のある方向へ駆けると、体高10メートルはある大型の個体が視界に入った。数匹の群れを引き連れて、森を移動している。縄張りの巡回だろう。
魔力反応の強度から考えて、私が生還できる確率はゼロ。そんな未来は存在しない。まさかあのクラスが巡回しているとは思っていなかった。
生還が絶望的なので、せめて自分がここにいた証だけは残そうと思い立つ。もし攻撃型が到着することがあったら、私の記憶を引き継いであの3人を守って欲しい。もっと一緒にいて欲しい。
『ウィル。ルシェ。テシア。私の、最初で最後の友人たちを守って』
記憶を保存し、強い願いと共にテールユニットの制御を切り離す。後任の手助けになれば、と情報を残すために。
切り離されたテールユニットは救難信号を発しつつ、戦闘区域から離脱していく。その内エネルギーがなくなって地面に落ちるだろうが、最低限救難信号だけ発信し続けてくれるだろう。
──フェンリルたちがこちらに気が付く。
私はただ、己の拳に最後の命を燃え上がらせ、フェンリルに立ち向かって行くだけだ。
願わくば、この気持ちが、この願いが、3人の友人へ届きますように──記録終了。
アーマードコア6の発売と出張が重なるので、更新が一時停止するかも。