第7話 権限移譲
夕食を終えた我々は部屋に戻り、時折明日の予定などを会話しながら、各々の時間を過ごしていた。やはり我はウィルの膝の上に抱き上げられているわけだが。
ウィルは我の頭越しに何やら小難しそうな魔法書を読んでいて、ルシェは装備のメンテナンス。テシアは我の2尾ある尻尾ユニットの片方を強奪してもふもふと堪能していて、抱き枕にしてそのまま眠ってしまいそうになりながらウトウトしていた。お祈りとかそういうものは良いのだろうか?
「あ、そうだ。フォクシー」
我を呼ぶ頭上からのウィルの声に反応して見上げる。
「明日、冒険者ギルドに行く予定なのですが、その時にできるかわかりませんが、冒険者登録しませんか?」
「ふむ?」
「昨日も言ったかも知れませんが、フォクシーが活動を続けるためには魔石が要りますよね? でもその他の素材は要らない。だったら魔物から魔石を採取しつつ、素材を売ると良いでしょう。売ったお金で街中で多少なりと魔石を買うこともできます」
「ホムンクルスが登録できるかは当たって砕けろ、と?」
「……そうなりますね。登録できなかったとしても、例えば僕らが代理で素材を納品して、その代金をフォクシーに渡すことはできます」
「ふむ」
ちらりとルシェの方を見ると、我とウィルの会話に聞き耳を立てていたようで、一瞬だが目が合った。ルシェからの完全な信用はまだ得られていないのか、すぐに目を逸らされた。
「それにしても、また4人で冒険するなんて、あの頃を思い出しますねぇ……」
「あの頃?」
「あの子が、まだ一緒に冒険してた頃です。ルシェとあの子が前衛で、僕とテシアが後衛で……あっそうだ。僕たちのパーティー名って『狐火』って言うんですよ?」
ウィルは読んでいたはずの魔法書をパタリと閉じ、懐かしそうに話し始めた。
「──おい、それはお前が勝手に書類書いて冒険者ギルドに提出しやがったからじゃねーか! 俺は認めてねえからな」
「──私も認めてないからね、それ」
ルシェと、眠そうにしていたはずのテシアの強力な横槍が入る。
「あの子がいた頃は2人とも喜んでくれてたじゃないですか。酷いですね……」
言いながら、ウィルが狐耳吸いを始める。
「名前の由来は、あの子が火属性の魔法を使って──殴って戦ってたからですね」
「──殴った???」
我は思わずグルんと頭を180度回して、突っ込みを入れてしまう。そこは魔法使って遠距離攻撃じゃないのか?
「だから俺は認めてねえんだって! 誰だって火属性魔法特化の魔法使いパーティーに思うだろ!」
「だよねー」
「でもなんか情緒があって良い名前だと思いません?」
ギャーギャー言い合い始める3人を他所に、我はふと考える。ホムンクルスはとりあえず敵を殴る脳筋生物なんじゃなかろうかと。
「──でねでね、そういえば今日はちょうど5年前にあの子と4人パーティーを結成した日なんだよ。書類上は残念ながら3人だったけど」
テシアが少し複雑そうな顔で言う。その顔は大半が我の尻尾ユニットに埋もれたままだが。
別個体は結局冒険者登録できなかった、ということなのだろう。
「ジェスチャーでコミュニケーション取れるだけじゃあ、冒険者登録はできないからな。あいつは面接で落ちて駄目だった」
「でもフォクシーは喋れるわけですから、一気に期待が高まりますよ!」
「冒険者になるにはどのような試験? があるのだ?」
疑問に思ったので聞いてみる。企業への就職面接かなにかか???
「一応、技能評価試験と面接による質疑応答があります」
「面接は話をするのだろうが、技能評価試験とはなんだ?」
「罠の技術、魔物解体の技術、剣術・体術・魔術などの戦闘技術つまりは得意なことを示せれば良いんです。それで個人ランクが決定されて、そこから冒険者人生が始まります」
「ふむ」
浮遊ハンドのロケットパンチについて、見せてしまって問題ないのだろうかと思索する。戦闘技術など無く、単純なパワーでフェンリルをブチ抜いて倒したのだ。逆に言うと我にはそれしか能がないとも言う。
「戦闘技術での技能評価試験は試験官との模擬戦になります。間違っても試験官の胴体に大穴開けるとか、マーレの街始まって以来の大事件を起こさないでくださいね? 力と技の一端を見せつければ大丈夫ですから」
「ウィルは我をなんだと思っている?」
「フェンリルを倒しためちゃ強いホムンクルス、ですかね?」
言いながらウィルはまた狐耳吸いを再開する。いい加減やめろ。さっきより吸い付きが強い?!
冒険者登録について話が終わると、少しの間沈黙が流れた。
相変わらずウィルは我の狐耳に吸い付き、テシアは尻尾を枕にし、ルシェは装備の手入れを続けている。
我はされるがまま。特に何もすることがない。
ふと思ったので、袖ユニットから別個体の赤い宝玉を取り出す。
一度口に入れて噛んだ影響か、前よりヒビが大きくなっている気がする。
──??? 眠気……? 体が怠い。
赤い宝玉に意識が引っ張られるように体の力が抜けていく。魔石も摂取した後だし、何も問題ないはずだったのだが。
『テールユニットの権限が委譲されました。魔力回路にドライバーをインストールの為、本機の再起動を開始します。5……4……3……』
──ナニヲイッテイル──???
「えっ? フォクシー?!」
突然脱力した我を呼ぶウィルの声が遠くに聞こえる。これから、何が起こるのか。
不安に思いながら、最後の力で浮遊ハンドを動かし、ウィルの手を握る。
我は消えるのか──?
『2……1……再起動開始』
意識がブラックアウトする──。