第6話 石食茹狐
茹でホムンクルス一丁上がり。そんなところが正直な感想である。我は頭から湯気を上げていた。体温調整機能は正常に動作しているようで、ゆっくりと体温が下がって来ている。
少し申し訳なさそうに我を抱き上げていたテシアが手で扇いでくれている。
浴場から皆が戻り、揃って食堂へやって来た。
階段を下りていくと、ちょうどテーブルが1卓空いていたので、4人で席に着く。ルシェの対面にテシア、その隣に我、ルシェの隣で我の対面にウィル、といった感じだ。
すぐに給仕らしき女性が近づいてきて声を掛けてきた。
「おやまあ、ウィルにテシアにルシェじゃないか! またここに泊まってくれるなんて嬉しい限りだわねぇ!」
バンと背中を叩かれるルシェ。
「冒険者稼業は順調なのかい? 1週間も先払いしてくれるんだから、よっぽど儲かってるのかねぇ?」
バンバンと背中を叩かれるルシェ。
「今日は何にするんだい?」
バンバンバンと背中を叩かれるルシェ。
ここのおばさんはどうやらルシェを酷く気に入っているようで、オーダーするときに背中を叩かれるのがルシェの役目だそうだ。階段を下りてくる前に、少しだけ嫌そうなルシェから話を聞いていた。
「──と、そのちっちゃい子はなんだい?」
おばちゃんはいつものパーティーメンバーに新顔が居ることに気が付いたようで、我の方を食い入るように見つめてきた。
「彼女はホムンクルスのフォクシーです。今回の依頼の帰りに偶然出会って、連れて帰ってきました」
「フォクシーだ。よろしく」
ウィルに紹介されたのでとりあえず名乗っておく。本当の名前ではないだろうが。
我が口を開くと、おばちゃんは我を訝し気に見つめてきた。
「ホムンクルスって喋れたのかい?! てっきり喋られないとばかり思ってたよ!」
門番やおばちゃんの言動を見る限り、我のようなホムンクルスは複数いて、喋ることはできないのだろう。
「我が喋ることができるのは特別なのかも知れない。我の仲間が無口で無礼を働いたなら、代わりに詫びる」
軽く頭を下げる。
「よしておくれよ! あたしゃぁあんたたちに感謝してるんだからさ! 無口で不愛想でも、人間が魔物に襲われているとどこからともなく現れて、助けに来てくれたりするんだからさ! 私も数年前に助けられた身さね」
おばちゃんの言葉に、少しだけ衝撃を受けた。我のようなホムンクルスは人間の守護者のような立ち位置を取っているのだろうか。
「あんたと違ってもっと無表情で赤い宝珠が胸についててね。ゴブリンに襲われてた時に助けてくれたんだけど、ありがとうって言ったら何か言いたげに口をパクパクさせていたけれど、すぐにいなくなってしまってね」
ルシェの隣にいたおばちゃんがテーブルをぐるりと回り込んで我のそばに来た。徐に我の手を取り、じっと顔を見つめてきた。
「あんたのお仲間なんだろう? 会ったら改めてありがとうって言っておいておくれよ!」
「あ、ああ、わかった。伝えておく」
おばちゃんの勢いに押された我は、とりあえず返事をしておく。
赤い宝珠の個体──彼女は最後の瞬間まで何を考え、何をしていたのだろうか。彼女の亡骸を知っている我は少しだけ後ろめたい気がした。
「──そうそう、注文しましょ! もうおなかペコペコ!」
我の視線が泳いでいることを察知したテシアが、話題を逸らしてくれた。
「そうだな! おばちゃん、ここの名物の肉煮込みスープはまだあるか?」
「はいよ、まだまだいっぱいあるよ!」
「じゃあ僕もそれで」
「私もー!」
3人とも少し動揺しているのか、目が泳いでいた気がした。
「フォクシーちゃんはどうするんだい?」
おばちゃんが尋ねてくる。
「すまないが我は人間の食事は食べられない。持ち込みで申し訳ないが、これを食べる」
我は袖ユニットから、道中で倒したゴブリンとコボルトの魔石を複数取り出してテーブルに広げ、その1つを摘み上げるとそのままシャクシャクと食べて見せた。
「えっ、あんた魔石を食べるのかい?! あーもう、だったらお皿にくらい置きなさいよ。テーブル直置きなんて汚いでしょう?」
おばちゃんは取り皿を置き、その上に魔石を置きなおしてくれた。綺麗か汚いかなんて概念はなかったが、人間で言うならテーブルに食品を直置きしているようなものかと納得した。
「ああ、すまない」
「じゃあドリンクも無理なのね。せっかく割引してあげようと思ったのに」
「すまない」
「謝らなくていいわよ。私の命の恩人のお仲間なんだから。じゃあ、肉煮込みスープ3つね。いつものラガー2つとオレンジジュース1つと」
言い残すと、おばちゃんはカウンターの奥へ消えて行った。
「……我のようなホムンクルスは結構存在するものなのか?」
魔石をシャクシャクと齧りながら、正面のウィルに聞いてみる。
「うーん、意外と目撃されてはいますね。人間との積極的な接触を図ろうとはしてきませんが。フォクシーの前に会った子が初めて長期間一緒にいることができた子ですね。そして、こうして会話をしているのは、フォクシー、たぶんあなたがホムンクルスで世界初だと思います。喋れることが広まると、国の偉い人とかから目を付けられる可能性はあるかも知れません」
我の問いに、ウィルは鼻の穴を少し大きくして興奮した様子で早口で答える。その性格はちょっとどうにかならないのかと辟易した。
「一応、私たち人間はホムンクルスを味方として認識してるから安心してね。一部の人は疑問視してるみたいだけど」
テシアが言いながらルシェを見る。視線を向けられたルシェはプイッと視線を逸らした。
「──へい、お待ち!」
「わーい!」
おばちゃんの掛け声とともにテーブルにジョッキ三つとスープ3つが乗ったトレーが置かれ、テシアが歓声を上げた。