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FOXMACHINA  作者: 黄昏狐
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第3話 人狐遭遇

 白い狼を倒してから森の中を少し駆けてみたものの、戦闘機動に準ずる動きはとても燃費が悪い事が分かった。


 数キロ程走った所で、急激な体の怠さ(?)に近い感覚を覚え、移動を徒歩に切り替えた。


 徒歩であればさほど消費するエネルギー量は大きくないようで、特に体の不調も感じない。


 歩き始めてしばらくして、日が傾き始める。道中、特に動物に遭遇することもなく、深い森のさらに深くへ進んでいるのか、抜け出せる方向に進んでいるのかさえ分からない。


 せめて街道くらいには辿り着いておきたいものであったが、今日は諦めることにしよう。


 さらに歩くペースを落とし、周囲の観察に主眼を置く。休憩場所として良さそうな場所を探し始めた。


 大きな岩が2つ転がっていて、その陰が良さそうな休憩スポットになりそうだった。


 岩にもたれやすいように藁が敷いてあって、焚火の跡があった。人類の痕跡だ。何者かがここで休憩を取ったに違いない。しばらく使われてはいなそうな状態であったため、使わせてもらうことにする。


 腰を下ろして足を投げ出す。座った高さはちょうどケモミミだけが岩よりも高く突き出る程度だった。


 人間であれば疲れたとかそんな声が漏れるのであろうが、やはり自分は人外だ。特にそのような感覚はない。エネルギーの不足を感じるくらいではあったが。


 急激に日が落ち、夕闇が訪れる。見上げれば満天の星空がそこに広がっていた。星空が見えるということは、森から脱出できる方向へ来ていたのだろうか。


 長狼の石を袖ユニットに収納していた事を思い出し、食事とする事にした。


 取り出すと自身の頭ほどの大きさがあったので、どう食べるべきなのか思索した。他の狼の石は口に含めるサイズだったので特に支障はなかったが、これは少々苦労しそうだ。まさか顎が大きく開くなんて事はないだろうし。


 とりあえずチョップしてみたが割れる気配はないので、齧り付いてみる。


 予想に反してシャクッと歯が通り、口を離すと石に綺麗な歯形が残っていた。顎の力おかしいだろ。


 ツッコミは置いておいて、食べ進める事にする。自我を認識してから水分を取った記憶はないが、特に喉が渇くとかその辺の感覚はない。排泄行為も特に必要ないようだ。


 半分程まで黙々と食べ進んでいると──微かな声が聞こえた気がする。


 ケモミミを動かして音の方向を探ると、ガチャガチャと音を鳴らしながら何かが走る足音が聞こえてきた。後方、つまり岩を挟んで反対側からこちらへ向かってくる。


 背中を預けている岩に微弱な振動を感知。


「──よっと!」


 声とともにドスッと何かが目の前に着地した。2足歩行で膝をクッションにして衝撃をころしている所を見るに、人間のようだ。


 こちらに背中を見せているので我に気が付いている様子はないようだった。


 もう大分暗くなっているので、じっとしていればやり過ごす事ができるだろうか。


「今日はここで一休みして明日の朝一で街へ戻れば良いだろう」


 呟きを聞くに、これはまずい状況だ。石を食べる手を止め、状況判断に困り果てた。


 声から判断するに男であろう人影は背負っていた荷物を下ろしてまさぐると、何かを取り出した。


 カラカラと木が転がる音がして、そのそばにしゃがみこんで何かを始めた。カッカッと何かを打ち合わせる音が聞こえてきて、その後すぐにふーっふーっと息を吹き込む音が聞こえた。


 ずいぶん手慣れたものだな、とか感心している場合ではないのだが。


 燃え始めた薪が辺りに柔らかな光を放ち始める。風もないので、絶好の焚火日和だ。


 焚火に照らされる男の後ろ姿は軽装の皮鎧を着込んでいて、腰に剣とスモールシールドをぶら下げていた。ガチャガチャ言っていた音の正体はそれだろう。特に脅威度は高くなさそうだ。


「まったくもう、ルシェはいつもせっかちなんですから──?!」


 目が合った。


 岩を回り込んできた紺色ローブ姿の男が我を見るなり固まっている。


「ウィル、どうしたの──?!」


 続いて岩陰から現れた白いローブ姿の少女もまた、我を見て固まっている。


「ウィルもテシアも突然どうしたんだよ──?!」


 二人が固まっているのを笑いながら、視線の先に目をやるために振り返った男も我を見て固まっている。


 座り込んだ謎物体が石に齧り付いているのだ。そりゃあ言葉を失うだろう。


 個体名「ルシェ」は咄嗟に剣に手を添え、個体名「テシア」は何もできずに口を手で覆うだけ、個体名「ウィル」は──。


「ぐぇ」


 思わず声が漏れた。ウィルと呼ばれた男が突然走り出して突っ込んできて我を抱き締めてきたのだ。


「生きてたんですね?! 探したんですよ?!」


 どうやら我はこの男と面識があるらしい。我としてはこんな男知らないが。


「ウィル、待て。そいつは前に会った奴と微妙に違うぞ。そんなに目付き悪くないし……何より胸の宝珠の色が違う。別個体だろう」

「え?! ああ……」


 我の胸の宝珠を確認するために抱き締める腕を緩めたウィルが、少し悲しげな表情をした。


「──我を知っているのか?」


 声を上げてみる。とりあえず目の前の男とは敵対していないようだ。


「え?! え?! あなたは喋れるのですか?!」


 いちいち煩い男だ。まるで喋れるのがおかしいような言い草だった。


「人違い──いえ、ホムンクルス違いだと思います。あなたに似た個体と数年前に会って、それっきり見かけてなくて……」

「悪りぃな。こいつ、ホムンクルスに目が無くてよ。前に会った奴は一言も喋りやしねえ、物静かな奴だったよ。お前も魔の森の探索に来たのか?」


 どうやら別個体がいたようだ。待て──別個体を知っている。食べかけの石を一度収納し、長狼に投げて寄越された個体から回収したひび割れた赤い宝珠を取り出し、目の前の男に見せる。


「それは──!?」

「狼に破壊された個体から回収した。惨たらしい最期を迎えたようではあったが……」

「……そうか」


 別個体の仲間であると認識されたようで、ルシェは剣に添えた手を離した。


「──教えて欲しいことがある。ホムンクルスとは何だ? 我は何者なのだ?」


 ホムンクルス──人造生命体。記憶はなくとも知識にはある。聞きたくなかった言葉の一つである。


「「「………………?!」」」


 3人は見るからに困惑していた。


「我は魔の森の深くで目が覚めた。それまで何をしていたのか記憶がないのだ」


「お前が何者かなんて、俺たちが聞きたいよ。大昔に作られて、今もなお亡霊のようにさまよう人造生命体なんてな」

「ルシェ! そんな言い方しなくても良いじゃない?!」

「そうですよ、ルシェ! こんな貴重な存在に嫌われてしまったらどうしてくれるんです!?」


 テシアとウィルに言われたルシェはバツが悪そうに頭を掻いた。弱冠一名、怒る方向性が違っている気がするが面倒なので突っ込まない。


 我はウィルから解放されたのだが、隣に座った彼に抱き抱えられ、今度は膝の上に座る形となった。ウィルの手が優しく我の頭を撫で、尻尾をもふもふしてくる。


「それにしても良く無事でしたね。魔の森──フェンリルの縄張りで」

 ウィルが言いながらヨシヨシしてくる。我は完全に幼子扱いのようだ。

 

 今フェンリルと言ったか? 我が滅したのは、それではフェンリルの群れということになる。


「たぶん、フェンリルなら倒した。証拠は──これか? もう半分程食べてしまったが」


 手に持っていた別個体の宝珠を収納し、食べかけの石を取り出す。もう半分ほどのサイズにはなっていたのだが、わかるのだろうか?


「おいおいおいおい! これで半分の大きさの魔石って、どれだけデケェ奴持ってたんだよ、フェンリルは?! しかもそれを食うホムンクルスと来たもんだ! 無傷で丸々1個あれば、一生遊んで暮らせたっていうのによぉ!」

 ルシェは膝を打って大笑いした。


「フェンリルを倒したの?! まさか……」

 テシアはまた驚愕して口を覆っている。私の給料低すぎ的なリアクションは見てて面白い。


「君は強いのか。ふーん……」

 言いながらウィルが頬擦りしながら各部の色々な所を触ってくる。少し鳥肌が立つ気分だったが、ホムンクルスの気持ちいツボを心得ているのか、あまり嫌な気はしない。ケモミミの付け根とか尻尾とかを撫でられるのは気に入ってしまった。


「とりあえず、飯にして、食いながら色々話そうじゃねえか」

 ルシェが言うと、ウィルとテシアが頷いた。


 今日の夕食はたまたま狩れたウサギ肉をスライスして焼いたものをパンに乗せるだけのものという。


◇◇◇◇◇


 食事の準備が終わり、テシアが何か呪文のようなものを唱えた後、食事が始まった。お祈りとかそういうものだろうか。テシアは着ているローブといい、神官なのだろうか。我は食欲が湧かないというか、人間の食事が食べられるのかわからないので、とりあえずパスした。


 我は相変わらずウィルの膝の上に抱き上げられていて、ルシェとテシアが呆れるように見ている様子を見る限り、他の個体に対しても同様の事をしていたようだ。


「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はウィリアム・バーグライト。ウィルと呼んでください。職業は魔法使い」

「私はルーテシア・ハウゼンベルグ。テシアって呼んでね。職業は神官。って言ってもまだ修行中の身だけどね」

「俺はルシェール・マグナス。めんどくせえからルシェで良いぞ。職業は軽剣士。まあ斥候兼前衛みたいなもんだな」


 三人の簡単な自己紹介が終わり、視線が我に集まるが、どうしたものか。我は我について何も知らないのだが。


「とりあえず、我は『我』としか。ホムンクルスというものらしい。記憶がないので何とも言い兼ねる。魔の森でフェンリルを倒して街道を目指していた所を3人に出会った。今後の指標がないので、できれば人の領域まで案内して貰えると助かるのだが」

「役目を見失ったホムンクルスねぇ……?」


 ルシェが何やら呆れた目でこちらを見てくる。


「前に会った奴はただ盲目に命令をこなしていたみたいだけどな」

「我は記憶にない」

「これはよい機会です。僕たちのパーティーにはタンク役がいなかったじゃないですか。フェンリルだって倒せるんですから、きっと戦力になります」

「正気かよお前。突然記憶を取り戻していなくなるかも知れねえぞ」

「その時はその時です」

「もう……」

 我はウィルの膝の上で弄ばれながら、情報交換に興じる。


「ところで、あなたの名前を決めませんか?」

 ウィルが思い付いたように我に言った。我は思わずウィルの顔を見上げてしまう。


「フォクシーなんてどうでしょう?」

「安直な」

「見た目通りね」

 ルシェとテシアが呆れた顔で言う。


「見た目通り……なのか? 我はどんな姿形をしている?」

「狐オプションてんこ盛りのホムンクルスですね。狐耳と尻尾、手足もちょっともふもふしてます。触り心地はとても良いですね。前に会った個体よりも素敵な触り心地をしています」

「……そうか」

「お前、前の奴は触りすぎていつも逃げられてたもんな」

「しーっ! それは内緒ですよ!」

「できればお手柔らかに頼む」

 なでなでスキルが高すぎてもうほとんど陥落しかかっていた我ではあったが。


◇◇◇◇◇


 月が三つ登り、夜だというのに結構明るく見える。


 食事も終わり、交代で火の番をしながら、眠りに就くことになった。


 やはり我はウィルの膝の上に居る。拗らせ過ぎだろこいつ。


 我は眠る必要がないらしい。今はウィルの番なのだが、我を抱き抱えて満足してしまったのか、寝息を立てていた。本来なら交代で眠りに就くべきなのだろうが、彼らは疲れていたようなので、代わりを務めるとしよう。


 浮遊ハンドで遠くから薪を足しながら、また思索する。


 敵対しなくて良かったとは思う。心情的に人間はあまり積極的に攻撃したくないのだ。


 そういう風に造られているのだろうが、どうにもそれだけではない気がする。


 とりあえず、別個体が彼らに出会っていてくれたお陰で、我は敵対せずに済んだのではないかと思う。我が彼らではなく衛兵とかに出会っていたら話は違ったのかも知れない。


 ただ、今はただ──。


 前任者(?)の冥福と安寧を、この満天の星空に祈ろうと思う。ホムンクルスに魂というものが有るのであれば。

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