第2話 神狼邂逅
さて。どうしたものかと思索する。
先ほど倒した狼の石を喰らって色々と現実を理解した。
我が我を自覚する前まで、ここで何をしていたのか。我は誰なのか。
思索しても答えは出ない。人外──早い話が魔物なのか、それとも魔法生物的被創造物なのか。それで今後の行動も変わってくると思われる。
自由意志で生存本能によって行動していたものに自我が目覚めたのか。それとも何かの支配下に組み込まれて、自由意志無く活動していたものが、何らかの現象により自我が解放されてしまったのか。
もし魔物の一種であった場合、人間と遭遇した場合は胸糞悪い未来しか見えない。討伐対象とされて最悪の場合は、自己防衛のために先ほどの狼のように対処する必要がある。自ら望んで殺されるつもりはない。
被創造物であった場合、創造主に発見された場合は問答無用で回収又は破壊が実行されるかも知れない。自分で言うのもなんだが、先ほどのグーパンチの威力がおかしい。どこかの大国が開発して戦線に投入した戦略兵器という可能性も危惧した。もしかしたら、今後我と同等の存在に出会う可能性もある。
わからないことを思索すると頭が痛くなる。痛くなるということは生物なのだろうか。疑似的に再現されているだけなのかも知れない。
思索を始めると出口のない迷宮に囚われてしまうので、一旦ここで終了としよう。
森の中に居ても何も始まらない。いや、先ほどの狼との戦闘ならば頻発するかも知れない。
石の補給のためにしばらく狼の探索を続けるのも良いかも知れない。あの狼が生態系の中でどのような役割をしているのかは知らないが、手頃なエネルギー供給源であるのは既知の事実であるので、恨みは無いが狩られてもらうしかない。またエネルギー不足になって動けなくなるのも嫌ではある。
とりあえず自身の能力を確認することにしよう。
跳躍能力、歩行・走行能力、脚力・腕力、その他諸々。
思い付いた事を試してみる。
手足こそ短いが戦闘に当たっての瞬発力は確保されているようで、瞬間的に10mほど跳ぶ事もできるし、高速で持続して走る事もできるようだ。短い手足だが戦闘には十二分に耐えられる。
我ながら面白いと思ったのは、浮遊ハンドの使い方だった。人体であればリーチは精々1mほどであろうが、我の手は我の思考通りにぶっ飛んでいく。最大射程50m程か? 停止状態から高速まで予備動作なしに加速するし、全身を使って殴るような動作を付けてやると最高速で音速を超えるのか衝撃波が発生する。拳を打ち込む時に捩じるような意識を加えてやると更に威力が増すようだ。ロマンを感じる「ロケットパンチ」のような感じだ。ところでロケットとは…?
まあいい。言葉が思い浮かぶがどんな物かわからないことも多々ある。考えるのは止めだ。
──ふと視線を感じるので振り向くと、そこら中に転がっている苔生した岩の陰から、白い獣が顔を覗かせていた。
色々暴れたので、爆音やら振動やらを察知して警戒しに来たのだろう。
見ると1頭や2頭ではない。ぞろぞろと白い毛並みの獣が姿を現す──群れだろうか?
体高2メートルくらいの犬型。初めて倒した狼と同種と判別する。初めて倒した個体より大きいので成体と判定するが、一番奥にさらに大きい個体を認識した。体高10メートルはある大型の個体だ。
大型の個体を中心に、我に対して扇型に展開配置されている所をみるに、あれが群れの長と見て間違いないだろう。
尖兵として比較的小型な個体が姿勢を低くしてこちらを警戒しながら力なく横たわっていた同種族の亡骸に歩み寄り、鼻先を寄せて匂いを嗅いでいる。その瞬間に眉間から鼻先に掛けて皺が寄り目付きに酷い憎しみがこもった気がする。鼻息も突然荒くなった。
尖兵が突如として駆け出す。
距離は100m程あるので瞬間的に詰められる距離ではない。
尖兵が駆け出した瞬間に長らしき狼が何か鳴き声を上げた気がするが、尖兵は止まらない。
憎しみに燃える瞳が我を明確な殺意で捕らえて離さない。
不整地もなんのその。四足駆動は優秀なものだなと再認識する。姿勢を崩さず、地表を舐めるように高速でこちらに接近してくる。
あと20mという所で、こちらも防衛体制に入る。見た目は変わっていないが、意識的に戦闘状態に移行していた。
予備動作無しで浮遊ハンドのグーパンチを振り抜く。
キャイン、と鳴き声がわずかにした気がする。また狼の胸に大穴を開けて石を回収した。
手元に戻ってきた石を見ると、前の個体の者より小さい。まだ幼体だったのだろうか。
付いていた血を振り払い、石を口に含んでガリガリと咀嚼する。
狼たちが一歩だけ後退りしてドン引きしている気がする。
長が唸り声を上げ、直後に大きく吠えた。すると周りにいた狼たちが一斉に動き出した──18頭同時に襲い掛かってきた。
我はそれを見てもう一度浮遊ハンドのグーパンチを振り抜く。
バスッ、バスッ、バスッと小気味よく3頭を貫いた所で、4頭目の狼を貫けずに打撃ダメージを与えただけだった。
威力が足りないと判断し、全身の動きを足した予備動作あり右手パンチに切り替える。
先ほどよりスピードと威力が上がり、ババババババババッと連続で8頭貫いた。
右手で石を回収しつつ、今度は左の浮遊ハンドの予備動作ありパンチを繰り出す。バババババババッとまた小気味よい音がして狼7頭が貫かれて絶命した。
右の浮遊ハンドが手元に戻ってきたので、手の平一杯に抱えていた石を口に放り込む──あっ血を振り払うのを忘れた。
もう遅いので仕方なく口いっぱいに頬張った石を咀嚼する。少し血の味がするが仕方ない。
口元に付いた血を手で拭い、今度は左手が戻ってきたので、そちらは1個ずつ血を振り払い、口元に運ぶ。
石を咀嚼しながら長狼(勝手に長の狼と書いてちょうろうと名付けた)を睨む。
長狼はスナック菓子感覚で食われ続ける仲間の石を見て、小さい個体が見せた表情と同じ反応をしたのだが──足元から何かを咥え、こちらに放り投げて寄越した。
ボロ雑巾のようにボロボロになっていた「それ」は放物線を描いて地面に叩き付けられて何度かバウンドした後、その形状のせいで転がってきた。
人間から手足をもぎ取ったような体系なのは一目見てわかった。コケシのような体系だった。
胸元にひび割れた赤い宝石が嵌っている。ボロボロだが、着ていた服のようなものの意匠は今自分が着ているものに似ている気がする。
皮膚のようなものの一部が剥げてその下のフレームのようなものが見えていて、無残に食い千切られて半分程しかなくなっている片方の獣耳が、長時間に渡って玩具にされていた事を物語っていた。
片目もすでに潰されていて、生気のない残された方の目は傷だらけだが遠くを見つめてピクリとも動かない。
事切れてから長いのか、手足等の追従パーツは無いようだ。
似た意匠であることから同種と判断されたのだろう。
──亡骸を返すから去れ、ということだろうか?
残念ながら、そんな事をされても憎しみとか恐怖とかそのような感情は湧いてこない。
同種ではない。被創造物ではない。そう否定したかったのだ。
なんとなくひび割れた赤い宝石が気になったので、足元に転がる亡骸から取り外し、思わず口に運んだ。何をしているのか自分でも動揺したが、さらにひびが広がっただけで咀嚼できなかったので思わず吐き出した。そこまで無意識的な動作だった。
長狼がドン引きしている気がする。まあ仲間だろうと思ったらその個体の胸から取り外した宝石を食べ始めたんだから普通はドン引きするわ。うん。しかも食えずに吐き出したし。
なぜか気になるので、とりあえず袖ユニットに収納しておく。袖に宝石を近づけたらシュポッと収納された。マジックバッグとかそんな感じの反応だった。自分でやっておいて驚愕する。
宝石を収納すると、残されていた亡骸が砂のように崩れ去った。元がどのような形であったのかはもう認識できない。
気を取り直して長狼に向き合い、駆け出す。全力で跳躍したため、数歩で狼の元に辿り着いた。
狼は慌てて何かをしようとしたのか、正面に魔法陣のようなものが形成され始めたが──こちらの方が動きが早く、極至近距離からのパンチを喰らい、空中に放り出された。
長狼の口から血が噴き出るのと同時に魔法陣が崩壊した。
高さ30m程まで巨体が打ち上げられたが、防御力が高いのか貫通することはできなかった。
なので、今度は予備動作ありの捩じり込みロケットパンチをお見舞いする。
爆音とともに放たれた浮遊ハンドが長狼の胸を貫通した。
確かな手応えを感じたので見上げると、我の頭部と同じくらいのサイズの石があった。
石だけは丁寧に回収して観察することにする。綺麗な濃い紫色をしていて、わずかだが向こう側が透過して見えた。美味しそうとかそう思ったわけでもないのに、なぜか思わず口元から涎が垂れた。
石を眺めていると、すぐ側に長狼の亡骸が落下してきて地面に叩き付けられた。最高到達高度は見ていなかったが、ビターンと叩き付けられた反動で血が広がった。石が無くなると防御力も極端に低下するのかも知れない。
だが死体には興味がない。
雑巾代わりにして付いていた血を綺麗な部分の毛皮で拭い、石を袖ユニットに収納した。
ふぅ、と一息ついて周囲を確認する。
無残に転がる狼の亡骸が合わせて20。放っておいても問題はないだろうか?
我は自分に言い聞かせるようにその場を去ることにした。
大丈夫なわけないよなぁ( ゜Д゜)??






