24.幕間Ⅱ ~国立銀行の計画~
「聖職者は、他の所有者と同様の所有者ではないと私は思っている。聖職者が享受し、そして自由に使えないその財産は彼らの利益ではなく、務めの手助けのためにある」とタレーランは説明した。
「私が確信していることとして、この国はその中に存在する全ての組織をその一部とする、とても広範な影響力を享受している。宗教の信仰に本質的に必要不可欠であるために、聖職者全体の組織を破壊する権利がないのならば、もしただ役に立たないだけか、または有害かを判断したならば、または彼らの存在の権利が必然的に彼らの財産の処分における広範な権利を齎しているならば、確実にその特定の組織集団を破壊できる」
「同様にこの国は、発起人の意思を保護するというまさにそのことによって、機能なしに利潤を取り除く権利を持ち、一連の原理において、現在空席であるこの性質の財産の製品を、大臣に役立つよう、そしてその公益の利潤のために転用する。そして、奨励すべき一連の全ての用途のために用いるべきである」
タレーランによる聖職者財産の国有化の動議に際して、聖職者は反対の声を上げるが、ミラボーは国有化を支持する。
「あなた方は、国家によって政府や軍隊の官職として、国王と同じように給与を貰い、世俗の出来事についての責任から自由であり、しかしまた品の良い暮らしを保証され、名誉ある職務で働かねばならない彼らを、尊敬すべき聖職者と仮定することを想像できるでしょうか?」
11月2日、議会は568対346でタレーランの提案を可決した。
「国民議会は宣言する。第一に、国家は教会の全ての財産を自由に使ってよいものとする。聖職者たちの維持と貧しい人々への救済のために、地方の監督下で指示に従って、礼拝用の出費を相応しい方法で供給する責任がある」
「第二に、宗教的な聖職者の維持を提供するためにすることの規定において、住宅と庭を除いて、年間1200リーヴル以下のあらゆる主任司祭にも提供されることを保証できない」
教会の土地資産は4億リーヴルと見積もられ、総資産は20億リーヴルだと当時は考えられた。そしてこの膨大で、かつフランス全土に散在している財産に対して、管理する機関が必要になる。聖職者の負債に関しては12月17日に議会が補償することが決まる。
また国王の財産も国有化されることになった。こちらの決議は10月7日。ヴェルサイユからパリのテュイルリー宮殿へ国王が移住した後、議会で決定された。国王や王妃、一家の支出は議会で定められることになった。
もう一つの大きな提案──国立銀行の設立案は、1789年11月14日、ネッケルによって提示される。
彼は1790年に想定される2億3400万リーヴルの赤字予算に触れ、旧体制からある割引銀行を国立銀行に期限付きで転換し、2億4000万リーヴル相当の紙幣を発行させるという計画を立ち上げた。
この私企業である割引銀行の資本金は1787年には1億リーヴルであったが、ネッケルは1株4000リーヴルの新株12500株を発行して1億5000万リーヴルにする予定を組んだ。この割引銀行の紙幣が2億4000万リーヴル分流通していると想定し、このうち1787年にカロンヌが借り入れていた資本金7000万リーヴルを差し引いた分から金利3%で1億7000万リーヴルを確保し、8000万リーヴルは新株の金利4%に充て、残りは投資に充てる。新株は1000リーヴル、および2000リーヴルにも分割される。
国庫には7000万リーヴルに加えて1億7000万リーヴルが入ることになり、2億4000万リーヴル相当の紙幣がそれを保証するという。
国立銀行の試みが旧体制の頃にもあったことは第2部分で示した。75年前の失敗がずっと尾を引いていたのだろうか。
ド・ヌムールは、私企業特に割引銀行によって信用が保証されるべきであって、政府が信用を保証することはないと考えていた。そして競争原理によって最も理想的な提案をした私企業を銀行として扱うべきだという。
他方、国家にとって紙幣を発行することは借金しているようなものだとミラボーは訴える。彼は国家が信用のために私企業に頼ることに反対していた。また1788年にブリエンヌによって行われた手形の強制流通によるインフレに警鐘を鳴らした。彼が要求するのは割引銀行ではなく、銀行家を頼らない新しい銀行の運用だという。
ミラボーは言う。
「割引銀行は、王国の全ての支配地に広げたいという信じがたい野心を何よりも保っており、国立銀行になると主張している。この肩書きは、そのような銀行の契約に応じることを国民に義務付けるだろうか? その自惚れは愚かな行為であろう。そしてもし国立銀行という肩書きが、国民の保証を伴わないならば、それは何を意味するのか? 私たちは永久に詐欺の証を誇示するのだろうか?」
「恐らく私たちには国立基金が必要になるだろう。また恐らく慎重に調整された銀行業界は、一時的には私たちの財政運営に適しているだろう。しかし私たちは、特定の個人の利益に繋がる策略を警戒している。私たちは、国家の必要性によって富を得る機会を求めるという、資本についての長年の習慣を恐れている 」
「これからの信用は国民の意志の結果として生じるのであって、外国人が支える必要は全く無い。商業が求めるのと同じくらい銀行があったとしても、彼らの競争は常に役立つ。しかし国立銀行──その銀行は彼ら自身の働きについて、商業と国家を全て一度に支えるという危険しか提示せず、とりわけ立法府の組織の法令を回避する手段を行政上の権力に提供し、その意図やその政策に対して金銭的救済を齎すものであると主張する」
「この組織は、全ての種類の事業を把持する銀行を監視するのだろうか? その監視は自由の原則に反するし、銀行の管理は秘密無しに出来ない。しかし正確かつ厳格な監視なしに、信用を通じて私たちに求めることを強制された私たちの財政状況における財源の行使をそのままにするのか? いや、違う。諸君。なぜならその監視自体はどんな秘密も要求しない。それ自身が信用の基礎となるからだ。商業向けの銀行はそのままにしておき、そして私たちの銀行はそこから慎重に分離することが必要なのだ」
11月18日、財務委員会は議会において、現在の債務が8億7800万リーヴルであることを示し、聖職者の資産4億リーヴル、1/4の強制融資2億7900万リーヴル、割引銀行による融資1億7000万によって返済するプランを発表する。
議会はこれを好意的に受け止める。ここからネッケルの立てた計画は、タレーラン案と融合して聖職者財産を用いる方向へと転換されていく。
1789年12月19日から21日にかけて、教会の土地資産4億リーヴルと愛国的寄付を受け取る機関として臨時基金Caisse de l'Extraordinaireが設立された。
発行される紙幣はそれぞれ1000リーヴル、300リーヴル、100リーヴルで、金利は3%。この合計4億リーヴル分の国債はアシニア債券assignatと名付けられた。このうち1億7000万リーヴルを割引銀行に償還し、8000万リーヴルも同じく割引銀行に前払金として支払われ、残りは債務返済に充てられることになった。




