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13.バスティーユ襲撃Ⅳ ~革命の日のパリ庶民の収入~

 1789年7月13日に結成された国民衛兵──この頃はブルジョワ民兵と呼ばれていた──は、基本的にはパリ市民で構成される。ただしパリ市民といっても地方から都市への流入者が多くを占める。18世紀後半パリの人口増は出生率や死亡率の変化以上にこの流入に依存する。

 ブルジョワ民兵の中にもサンテールのような豊かなブルジョワも多少はいたが、大半は庶民である。いわゆる無頼漢もいたが、多くは職人や小商店主である。

 ここではそうしたブルジョワ民兵について纏める。



 民兵は元々中世の頃から存在していた。彼らは必要に応じて結成し、街を警備するだけでなく、街の防衛のために外国の正規軍と戦ってきた。彼らが伝統的なシュヴァリエ・ド・ゲに代わって町の警備を常任するようになったのが16世紀。

 その自律性を失ったのがルイ14世の時代。民兵が国王の指揮下に置かれ、自警団としての立場は失われた。パリの民兵は警察機構の傘下に置かれ、また地方の民兵はアウクスブルク同盟戦争に抽選で徴収されて従軍し、戦後になって解散した。

 地方の民兵はルイ15世の時代に再び結成され、有事の際の警備を担当した。最低限の訓練が実施されるようになり、オーストリア継承戦争においては112個の民兵大隊が結成され、その一部が1742年にはボヘミアへ、1745年にはドイツに派遣されている。また七年戦争においては100個の民兵大隊が結成され、そのうち15個の民兵大隊がライン川方面に派遣された。そして大半の大隊は予備兵力や防衛用の戦力として扱われた。

 パリの有事における秩序維持は1666年以来、パリ衛兵Garde de Parisが担当した。彼らは1765年以来、騎兵128名、歩兵850~950名の部隊が置かれていた。

 パリ衛兵は1788年10月にアンヌ・ジャン・オーギュスト・ド・リュリエールの指揮下に置かれた。1789年4月のレヴェイヨン事件には介入せず、7月12日以降はフランス衛兵と共に群衆に協力した。


 1789年、穀物不足がフランスの各地で庶民の暴動を引き起こすと、4月から5月にかけてマルセイユやオルレアン、モンペリエなど地方都市でブルジョワによる民兵が編成された。彼らは秩序を維持し、反乱を鎮圧することを任務としていた。

 地方の治安維持は元々はフランス憲兵隊gendarmerie françaiseによって維持されていた。各主要都市に配置された100人に満たない憲兵隊は従来は諸地区の巡回、市場や密輸の監視、犯人の逮捕、暴動の鎮圧を担当していたが、この年の各地の暴動に対する対応するだけの戦力を持っていなかった。

 大規模な暴動の鎮圧には大きな戦力が必要だった。地方各地では群衆による民兵が結成される一方、1789年4月に起きたレヴェイヨン製紙工場に対する労働者の暴動には、フランス衛兵がその鎮圧に貢献していた。



 パリのブルジョワ民兵を構成する庶民の職業についてはリューデの書籍に纏まっている。例えば家具工、錠前師、靴屋、印刷屋、仕立て屋、宝石商、大工、ワイン商、庭師などである。

 これらの人々の職人の日給を1790年の賃金表を参照すると以下のようになる。

 家具工 2リーヴル 8スー ~ 3リーヴル

 錠前師 2リーヴル10スー

 靴屋  2リーヴル 5スー

 印刷屋 1リーヴル10スー※夜間作業には3リーヴル

 皮鞣し工1リーヴル12スー

 仕立て屋2リーヴル

 宝石加工3リーヴル    ~ 3リーヴル10スー

 大工  2リーヴル 5スー ~ 2リーヴル10スー

 庭師  1リーヴル15スー ~ 2リーヴル

 石工  2リーヴル    ~ 3リーヴル

 金細工師2リーヴル ~ 5リーヴル

 眼鏡屋 2リーヴル    ~ 3リーヴル10スー

 他にも無数の職業がある。日給は大体2~3リーヴル。年収にすると1000リーヴルは超えない。熟練工で年収600から750リーヴル程度。

 当時としては近代的だった銃鍛冶屋や時計屋の職人の収入は少し高く、日給3リーヴルから6リーヴルに達していた。彫刻屋は5リーヴルから6リーヴル。さらに熟練した楽器作り職人は7リーヴルを受け取った。

 樽職人やかつら職人など月末払いの仕事もあるが、日給制よりは実入りが少ない。賄い付きの仕事(※特に徒弟)は日給1リーヴルを切ることが多かった。女は学校や親から裁縫を学ぶので仕立て屋や洗濯業で働いたが、賃金は3/4から2/3程度に抑えられていた。

(※Études économiques sur le XVIIIe siècle Les prix en 1790)

 給料は練度によって上昇する。レヴェイヨン製紙工場では最低賃金25スー。基本的には30~40スーで、熟練工は50スーを受け取った。


 親方層や商人は、その規模で収入が変動する。

 政治規範辞典Dictionnaire universel de policeから親方層や商店主の人頭税(※収入の1割)を確認すると、年収数百から3000リーヴルになるが、極端に低い例もある。パリでは特に衣類、食料品、小間物、毛皮、靴下、金細工の六つの業種が特に金回りが良かった。

 教師も大抵それ位の収入であり、大学教授や貴族の家庭教師でやっと1000~3000リーヴルを受け取った。

 その他の仕事として水汲みは桶1杯につき1スー。煙突掃除は1階層6スーから8スー。靴磨きは1回6ドゥニエ(※1スーの1/2)だが無税。


 比較対象として高等法院の公証人、そして特に優れた医者は年に5000から2万リーヴル稼いだが、地方の弁護士や医者の収入は一日20リーヴル程度。彼らの収入は中流ブルジョワに位置する。

 司教や修道院長の年収は数万から10万リーヴルまで。一方で下級聖職者は1000リーヴル以下から2000リーヴル程度が多く、税制特権があるにもかかわらずブルジョワの稼ぎには及ばなかった。

 大貴族は数十万の収入があり、一般的な貴族も数万リーヴルの収入がある。しかし地方の貧しい貴族の収入は1000リーヴル前後しかなく、自ら農作業をする者までいたという。

 貧しい日雇い農場労働者は大体年収200から250リーヴル。



 こうした収入に対して税金がかかる。

 2つの20分の1税の支払い、また教会に十分の一税を支払う必要があった。またどんな職業であっても第三身分であれば収入に対して人頭税がかかり、土地に対してはタイユがかかる。

 1789年にかかる複数の税金の支払いを引くと、大体収入の6割が手元に残る。


 賄いで食費を節約できる層は収入が少ない一方で納税額が減る。勿論、食費分を考慮した程度で経済的に豊かになるということは無い。執事をはじめとした家庭内使用人の給与は食費だけでなく宿泊費も無償である代わりに、富裕層の下で働いているにもかかわらず年収100リーヴルを切るほどに低かった。



 さて、当時の貨幣単位はリーヴル、スー、ドゥニエである。12ドゥニエ=1スー。20スー=1リーヴルになる。リーヴルは後のフラン、スーは後のサンチームと同じようなものだが、賃金や物価の上昇率と合わせないとあまり参考にはならない。


 通貨には金貨と銀貨と銅貨がある。


 金貨はルイ16世の時代に3種類鋳造された。

 1774年鋳造のルイドール・オ・パルム金貨は8.1グラム。

 1775年から1784年まで鋳造されたルイドール・オ・リュネット金貨も8.1グラム。倍の重さのドゥブル・ルイドール・オ・リュネット金貨、半分の重さのドゥミ・ルイドール・オ・リュネット金貨も造られた。

 金貨の価値は1726年以来、通常1枚24リーヴルで、ドゥブル金貨は48リーヴル、ドゥミ金貨はその半額の12リーヴル。

 1785年以降鋳造されたルイドール金貨は7.65グラム。1枚で24リーヴルなのは変わらないので、リーヴルの価値が下がった。ただし金の流通量が増えたためではない。同様にドゥブル金貨、デュミ金貨が鋳られた。

 金貨による現金支払いは、特に官職売買のときに行われた。企業の証券や土地資産、そして割引銀行の預金と手形は貨幣以外の財産を保証するが、安定性は貨幣に劣る。そして信用のある紙幣は無い。財政難の国庫は現金を欲しがっていた。


 銀貨にはエキュ銀貨(ダルジャン)で、価値は30グラム弱で6リーヴル。デザインにはローリエとパルムの二種類があるが、価値は同じ。

 プチ・エキュ銀貨(ダルジャン)は半分の3リーヴル。

 そしてピエス銀貨(ダルジャン)が三種類あり、それぞれ24スー、12スー、6スーの価値がある。三つのデザインは一緒で、大きさだけが違う。


 銅貨には、ソル銅貨(ド・キュイーヴル)がある。価値は1スー。また半分の価値のデュミ・ソル銅貨(ド・キュイーヴル)は6ドゥニエ。

 そして最も価値の低いリア―ル銅貨(ド・キュイーヴル)は、2.8グラム弱で3ドゥニエの価値があった。

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