第1話 聖騎士転生
左腕は斬り落とされ、腹には矢が三本ほど刺さっている。
右太ももは槍で穿たれ、おびただしい量の血が溢れていた。
どう見ても瀕死だな……と、僕は自分の体を他人事のように分析した。
「し、シノヴァン団長!!」
紫髪の騎士が近づいてくる。
彼は僕の率いる第三師団の副団長だ。
「やぁ、クロード君。君は無事だったんだね」
「団長……」
クロード君は僕の体を見て、瞳に涙を浮かべた。
「い、今すぐ治療魔術を!」
「無理でしょ。僕も君も修道士のジョブバングルは持ってない」
ジョブバングルはジョブジュエルという宝石が埋め込まれた腕輪だ。これを装備することで人はジョブを纏うことができる。ジョブを纏えばそのジョブに対応した様々な恩恵が得られる。例えば、修道士のジョブバングルがあれば高位の治癒魔術が使えるようになるのだが、
「死んでいる兵士から奪えば……!」
「無理だよ。もう、魔術でどうにかなるレベルじゃない」
全身から溢れる血の量はとっくに致死量を超えている。呆れるほど丈夫な僕の体だから、まだ死んでないだけだ。例え優秀な修道士が居ても、もうどうにもならない。
「……戦いは終わったんだね」
「はい。団長のおかげです。団長がこの門をたった1人で守ったおかげで、我々はこの〈べリウスの壁〉を守ることができました」
僕たちの国〈グランガルマ王国〉と敵国〈アルパロス聖国〉を分断する壁、それが〈べリウスの壁〉だ。
ここを突破されると本土に攻め込まれ、本格的に戦争が始まってしまう。ゆえに、ここで〈アルパロス聖国〉の軍勢を撃退できたことはかなり大きい。それこそ、歴史を揺るがすほどの戦果だ。
「間違いなく、此度の戦の英雄は団長でございます」
そう言って、クロード君は目の前に広がる大量の死体へ目を移した。
これまでも多くの人間をこの手で殺めてきたが、そのすべてを足しても、今日1日で殺した数には及ばない。
我ながら、殺しが上手くなったものだ。
「ごふっ!」
血の塊を吐き出す。どうやら、もう死期が近いようだ。
「団長……!!」
遺言……とやらを、遺さないとな。
「僕の全財産は妹へ。それと、妹に『すまない』と言っておいてくれ」
「……わかりました」
「あと、は」
駄目だ。喉に血が絡んで、うまく声がでない。
まぁいいか。最低限、言いたいことは言った。
大粒の涙が目の前に落ちる。クロード君の涙だ。クロード君は僕の肩を揺らしてなにか言ってるけど、なにも聞こえない。
真っ暗闇が全身を包み込んだ。
こうして、シノヴァン=エレクセスの28年の旅は幕を閉じた。
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「どこだ、ここ……?」
天国――と言うには殺風景な場所に僕はいた。
背後と左右には真っ白な壁。正面には透明な仕切りがあり、仕切りには声を通すためか小さな穴が空いている。仕切りに密着してテーブル、そしてテーブルの前には椅子がある。
「ここは死人と神様の面会室だよ。シノっち」
仕切りの向こうに、女の子が座っていた。
多分18歳ぐらいの少女。顔には髑髏の仮面をつけており、全身に黒装束を纏っている。人相はまったくわからない。
「あなたは、神様なのですか?」
っていうか死神?
「そう、私は神様さ。名は“エンマ”。死人の罪を裁定し、天国や地獄へ振り分ける役割を持っている」
「僕は、多分地獄ですよね」
国のため、民のためとはいえあれだけ人を殺したんだ。天国へ行けるわけはない。
「残念。君は地獄行きではない。かと言って天国でもない。君にはもう1度、君の世界で生まれ変わってもらう」
「……どういうことですか?」
「まぁとりあえず座りたまえよ」
とりあえず言われた通りにするか。
僕はテーブルの前にある椅子に座る。
「まずはこれを見てほしい」
エンマ様は指をパチンと鳴らす。すると頭の中に、森を歩く男女4人が映ったイメージが流れ込んできた。
1人は黒髪の少年。褐色肌で鋭い目つきだ。戦士のジョブバングル(腕輪に嵌っているジョブジュエルの色が青)を装備している。
1人は紫髪の少年。細い体で1人だけ身なりが豪奢だ。魔導士のジョブバングル(ジョブジュエルの色が紫)を装備している。
1人は緑髪のミディアムヘアーの少女。表情が豊かで、場を盛り上げているのがわかる。このパーティのムードメーカーなのだろう。錬金術士のジョブバングル(ジョブジュエルの色が銀)を装備している。ダボダボの白衣を着て、ゴーグルを頭に乗せており、4人の中で一番背が低い。
1人は赤髪のロングヘアーの少女。その澄んだ翡翠の眼からは強い意志を感じる。狩人のジョブバングル(ジョブジュエルの色が黄)を装備している。
戦士・魔導士・錬金術士・狩人のパーティか。バランスが悪いな……前衛が1人だし修道士がいないから回復力も微妙だろう。恐らく、錬金術士がアイテムを駆使してパーティの回復役を担っているんだろうな。
って、そんな分析してる場合じゃないか。
「これは……魔導士が使う【テレパシー】のようなものですか」
「まぁそんな感じ。シノっちにはこれからさ、この4人の内、1人に転生してもらいたいんだ」
「転生?」
「そう。もっと詳しく言うと、4人の誰かの魂を抜き取って、空になった体にシノっちの魂をぶち込む」
「お断りします。僕は現世にそこまでの未練はないし、誰かの人生を奪うのもご免だ」
「キミならそう言うと思った。でもね、ここでキミが誰かに転生しないと……この4人、全員死んじゃうよ?」
「……どういう意味ですか?」
エンマ様はまた指を鳴らした。
頭の中に山岳地帯のイメージが浮かび上がる。
「いま彼らはこの〈サルマン山岳地帯〉を目指している。この地帯はとある盗賊団の縄張りで、彼らはその盗賊団を討伐するためにここへ向かっているわけだ。だけど彼らは近い未来、盗賊団の返り討ちに遭い、男2人は即殺され、女2人は体を穢された後に売りに出され、1年後に赤髪の少女は自殺し、緑髪の子は4年後に性病で命を落とす」
「なんだって……!?」
「だけども、キミがこの内の誰かに転生し、このパーティを止めれば最悪の未来は免れる。もちろん、キミが言ったように1人は人生を終えることになるけどね」
4人の命と1人の命、天秤にかけるまでもない。
「わかりました。転生を引き受けます。ただ1つだけ聞きたいことがあります」
「なんだい?」
「どうして僕に転生の機会が与えられたのですか? 他の誰でもなく、僕に」
死人なんて大量に居るはずだ。
その中で僕が選ばれた理由を知りたかった。
「ここ最近で命を落とした者の中で一番優秀だったのがキミだったからだ。このパーティが壊滅すると世界は少々悪い方向へ進んでしまう。だからひときわ優秀なキミにパーティを支えてもらいたいんだ。キミは非常にグッドタイミングで死んでくれたんだよ」
僕的には嫌なタイミングで死んだな。
こんな役目、受けたくはなかった。
「さて、質問は以上かな? では早速転生する相手を選ぼうか。私のおススメはゼイン君かな、ほらこの黒髪の子ね。筋力、敏捷性、持久力、いずれも高水準だ。この4人の中で、生前のキミの肉体に一番近いのは彼だね」
確かに、服の上からでも鍛えているのがわかる。
まだ未熟で、僕が満足できるレベルの筋力には程遠いけど。
「異性でも良ければ赤毛のシエンナちゃんもいいね。ゼイン君より身体能力は低いけど、五感の鋭さは彼女が一番だ。特に耳がいい。緑髪のヘーゼルちゃんは錬金術の才能が高いけど、錬金術は魂や知識に依るところが多いし、わざわざ彼女の体を奪う意味はないかな。ちなみにみんな歳は14歳だよ」
戦力を考えるなら、ゼイン君が一番いいのだろう。
だけど、僕の判断基準は才能ではない。
「この中で、一番のクズは誰ですか?」
「……クズ?」
「はい。どうせ人生を奪うならクズがいい」
なるべく、人生を奪って心が痛まない相手がいい。
「くくっ! 相変わらず、善意の方向性がズレてるよね。――一番のクズは間違いなく紫髪の子だ。ハモン=ファルシオン。〈アルレシア〉という街の領主の息子で、とんでもないボンクラだよ。権力を盾にセクハラはするしパワハラもするし、暴挙の限りを尽くしている。そして能力は最底辺。魔導士の癖に基礎的な魔術1つまともに使えない。このパーティも全員彼の金で雇われているだけで、彼と好んで組んでいる者はいない」
「それなら彼でお願いします」
「本当にいいの? 魔力は並みだし、体力は並み以下だよ?」
「大丈夫です」
たとえ、
「魔力がなくたって体力がなくたって、僕が入るなら問題ない」
驕りや傲慢ではなく、これは事実だ。
「その自信は隠さないんだね。シノっちのそういうところ好きだよ。よかろう、では――転生を始める」
エンマ様が指を鳴らすと、空間が崩れ始めた。
壁が、テーブルが、椅子が崩れていき、真っ白な空間に僕とエンマ様だけが残される。
「我が名はエンマ、輪廻を司る神なり。シノヴァン=エレクセスの裡に眠りし輪廻の門よ、理を破り開きたまえ」
僕の背後に巨大な門が現れ、開いた。
後ろに、門の中に――引っ張られる……!!
「うわああああああああああああああああああっっっっ!!!?」
僕は門の中に吸い込まれていく。抗いようのない引力だ。
「良い旅路を」
門の中に吸い込まれ、門が閉じた時、全てが真っ黒に染まった。
こうして――僕の第二の人生、ハモン=ファルシオンが始まる。