王女の独白。②
私は彼と過ごした日を忘れたことがなかったが、この日もすべてを決して忘れない日になった。
その日も毎日と言ってもいいほど訪れている彼の家に向かうつもりだった。
当時の私はお城の人たちを騙すためと、常日頃使っていることで幻覚魔法を極限まで鍛え上げられていた。
だがそれでも騙せない相手というものが存在していた。
私の父、国王から最高の魔法師の称号を得ている〝大いなる魔法師〟の一人であり、私の魔法の先生には私の幻覚魔法は通用しなかった。
全く通用しないというわけではないが、それでも私よりも経験豊富な魔法師に違和感を抱かせればそれだけで幻覚魔法とバレてしまう。
その日は、その先生が来る予定がなかったのにもかかわらずその先生が来ていた。
そのことに私は少し嫌な予感がしたが、お城から抜け出しているということが一度でも知られれば抜け出すことが難しくなると思って、大人しく先生の授業を受けることにした。
でも、それが人生で最大の失敗だった。
あの時に自分の嫌な予感を信じて彼の元に向かえば良かったと、何度も思ったことか。
そして先生の授業がいつもより長い半日ほどあり、私は思わず早歩きになって変装のことなど忘れて彼の家へと向かった。
だが、そこには強盗が入ったかのようにお洒落な服が地面に落ちて何人もの人々に踏み荒らされて、お店の中はボロボロだった。
お店の中に泣き崩れている彼の母親にすぐに駆け寄り、どうしたのかと問いかけた。
すると彼の母親は私の方を見ずに泣きすすりながらこう言った。
〝敵国に自国の情報を与えたスパイの容疑で連行されて行った〟
と。
その時に一瞬でも彼がそんなことをしたのか、と思ったことが恥ずかしい。
すぐさま私は来た道を戻り、彼の行方を捜そうとしたが、捜すまでもなく彼の姿は大衆の面々の前にさらされていた。
片腕はなく、もう片方の腕も潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
片足は膝から下がなく、片足は根本からなかった。
お腹からはおびただしい量の血が流れており、傷口がえぐれていた。
片耳は切り取られ、片目はえぐりとられていた。
そんな生きているかどうかもわからないような状態で彼は十字架に貼り付けられていた。
見るも無惨な光景に、私は吐きそうになるのをおさえ、すぐにでも彼を助けに行こうとする。
だが私の前に立ちはだかったのは、さっきまで私の授業をしていた先生だった。
その瞬間、この先生もこの件に関わっていると理解した。
私は彼を助けるために先生を殺そうとするが、歴戦の魔法使いであるためこの時の私ではそう簡単に先生を殺すことができなかった。
その間にも彼の処刑がなされようとしていた。
不本意ながら私の婚約者と名乗り、地位だけが高く魔法の才も人間としての格も何もかもが醜い男が彼の死刑執行人を担当していた。
男は国民の前でありもしない罪をでっち上げ、あまつさえ王女である私を洗脳したということで即打ち首にされようとしていた。
最初はそんなことを、国民が信じるものかと思っていた。
彼は城下町では有名な洋服屋で彼の腕も認められて、彼の人格もいいものだと知られているから、そんなことを国民が信じるものかと思った。
だが、この場で上がった国民の声はすべてが彼の処刑を求める声だった。
私は絶望した。彼は言っていた、この国が、この国民が好きで、この日常が続けばいいと思うと。
それなのにここの国民は粗末なでっち上げを信じて彼を処刑しようとしている。
私はこんな国民のために頑張ってきて、彼はこんな国民のことを思っていたのかと思うと、私の中で信じられないくらいの憎悪が沸き上がってきた。
今すぐにでも彼を助けに行きたいと思い、彼の方を見た時に、彼は顔を上げて薄っすらと片目を開けたことで私と目が合った。
この時の私の姿は、彼が知っている女ではなかった。
だが、彼は私だと見抜いたような笑みを浮かべて、口を動かしていた。
私と彼の距離では声が届くわけがないが、それでも彼が何を言っているのか、私には理解できた。
〝よかった、無事で〟
その瞬間、執行人の男が彼の首を打ちはねた。
彼は首を打ちはねられてもなお、私に笑みを浮かべており、死を恐れている顔などなかった。
ただ、私のことを思っている顔だった。
愛する人を、この世界で一番愛している人を、私の命よりも大切な人を、私は目の前で失って、気を失った。
だが、気を失っている中で私は初めて生まれた憎悪に身を焦がされていた。