一方その頃:全てが暴かれる
海事は受付嬢の言葉を聞いて耳を疑った。
“ダンジョンへ行く時に宝箱を持っていた”
ありえない。
まず時井課長が宝箱を持ってダンジョンへ行くこと自体がありえない。宝箱の訓練を行う場所は会社の訓練用の部屋で指導員の元、訓練を行う。ダンジョンへ訓練のために宝箱を持ち込むこと自体あり得ない。
それに宝箱が持ち出された時間、時井課長は探索者協会で免許の交付を受けている。
「すまないがその話は本当だろうか?誰から聞いたのか判れば教えてくれないだろうか?」
海事は受付嬢に頭を下げた。
「ちょ、ちょ、海事課長。頭を上げてください。私は探索者の方々が話しているのを少し聞いただけの事なのですよ。」
「ではその話をしていたと言う探索者の人たちを教えてくれないだろうか?」
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「時井課長?ああ、宝箱を持ってダンジョンへ行ったっていう人だね。え?まだ帰っていないの?」
探索者の一人の言葉に海事は大きく頷いた。
「時井課長が宝箱を持ってダンジョンに行ったという話は誰から聞いたのか、すまないが思い出してくれないか?」
「思い出すも何も営業の瑠玖院の奴ですよ。いつもなら受付のねーちゃんの方へ行くのに珍しく俺たちの方へやってきた……と思ったら時井課長の悪口だ。その時、課長が宝箱を持ってダンジョン方へ行ったとか何とか……。」
「瑠玖院がねぇ……。」
海事は顎に手を当てて目をつぶり考える。
彼の頭の中にいる瑠玖院は営業以外の課、探索課や設計課を下に見ている困ったやつだ。営業が仕事を取ってきているから他の連中が食っていけると考え、他の課の実力があるから仕事をもらえると考えない典型的な駄目な営業の人間だ。
「何にせよ、瑠玖院から話を聞かなくてはならないか……。まぁ、あれの事だ。事務の女性の所へ行っているだろう。すまないが君も少し手伝ってくれ。」
「?まぁいいですよ。」
瑠玖院は海事の予想通り事務の黒川さんと話をしていた。少し離れて見ていると、黒川さんは少し迷惑そうにしている。おそらく瑠玖院が話しかけたことで仕事が滞っているのだろう。当の瑠玖院はそれに全く気が付いていない様だ。
「やれやれ……おい、瑠玖院くん。少し話がある。別室まで来たまえ。」
黒川さんとの話を中断されたのを恨んでか瑠玖院は海事の方を忌々し気に見た。反対に黒川さんは邪魔な瑠玖院がどこかへ行きそうなので安堵しているのか伺える。
「なんですか。海事さん。ここではだめなのですか?」
「……ならここで話そうか。瑠玖院くん。君は“時井課長が宝箱を持ってダンジョンへ行くのを見た“と聞いたが本当かね?」
「何だ、そんなことか。ええ見ましたよ。時井の奴が宝箱を抱えてダンジョンの方へ歩いて行くのをね。」
海事は瑠玖院の言葉に相槌を打つように頷く。
「ふむふむ、なるほど。ではその見た時間は何時頃だ?」
「確か夕方の四時ごろだと思いますが……それが何か?」
「四時ごろ……帰宅時間だな。普段まっすぐ家に帰る君にしては珍しい。」
「そうですか?その日は少し用事があって会社に残っていたのですよ。あ、私用なので残業はつけていませんよ。」
瑠玖院は淀みなく答える。それは用意していた答えを言うかの様だ。
「もう一度確認するが、見たのは時井課長で間違いないのだね?他人の空似と言うことは無いのか?」
海事が再度確認するかの様に尋ねると瑠玖院は不敵そうな笑みを浮かべながら答えた。
「間違いありません、時井でしたよ。私は気になって声を掛けたぐらいですので。」
「ほう、声をね……で?なんと声を掛けたのだね?」
瑠玖院の答えを聞いた海事の表情が少し厳しくなり目が光る。だが瑠玖院はその差には全く気が付いていない。
「“どこへ行くのか?“ですよ。」
「それで時井課長の答えは?」
「“ちょっとダンジョンへ”でしたよ。いったい何をするつもりだったのですかね?」
「ダンジョンか……なるほど、よく判った。少し手間を取らせたね。」
海事はその場を後にしようとする。しかし、二、三歩進むと不意に立ち止まった。
「ところで瑠玖院くん。君が時井課長を見た四時だったか、その時間は時井課長が免許の交付を受けていたことが確認されている。一体君はだれと会ったのかね?」
瑠玖院は一瞬何を言われているのか判らないと言う顔をする。
「何!そんな馬鹿な……。」
とっさに踵を返し瑠玖院は海事から逃げるように遠ざかろうとする。が、瑠玖院の通り道を幾つもの屈強な体が防いだ。探索課の連中だ。
「おや?瑠玖院さんはどちらにゆかれるので?」
「君たちには関係ないだろうすぐに退きたまえ!」
瑠玖院は男たちを退かそうと声を上げるが彼らはニヤニヤ笑うだけでいっこうに動こうとしない。
「ゆっくりと向こうでお話しようじゃないか。」
「ま、遠慮するな。」
探索課の連中は瑠玖院の肩を掴むと別室の方へ引き摺って行こうとする。
「な、何をする貴様ら!!」
「では一時間ほどよろしく……。」
海事は探索課の連中に声をかけると彼らは軽く会釈をして瑠玖院を別室の方へ連れて行った。
その後の海事の動きは素早かった。
瑠玖院の身柄を探索課の連中に抑えてもらっているその日の内に社長の許可をとりつけた。社長の立ち合いの元で鍵のかかった瑠玖院の机やロッカーを開けるつもりだ。
社長が立ち会う中、探索課の連中が瑠玖院を連れてやってきた。瑠玖院は社長の姿を見つけるといきなり泣きついた。
「社長!聞いてくださいよ。僕はこんなに頑張っているのに探索課の連中や海事課長が僕を陥れようとしているんです。」
そして海事たちが瑠玖員の机を開けようとしているのを見ると顔色を変えた。
「何をしている!そこは僕の机だ!勝手にいじるな!プライバシーの侵害だ!」
瑠玖院は開けさせまいと自分の机にしがみつき抵抗するが鍛えられた探索課の連中に机から引きはがされた。
「さて、何が出てくるかな?」
「や、やめろー。開けるな!開けると後悔するぞ!そ、そうだ、机の中にはカビの生えた腐ったサンドイッチが入ってすごい匂いなんだ!開けると後悔するぞ!」
瑠玖院は訳の判らないことを喚きながら机の解錠を妨害しようとするが屈強な探索課の連中に阻まれ近づくことさえ出来ない。
白い手袋をした海事が解錠された机の引き出しをゆっくりと開けると中には乱雑に放り込まれた数々の名刺に混じって白地のIDカードが出てきた。白地のカードの上には黒マジックで”えろじじい”、”ハゲ”、”デブ”、”キモオタ”などの文字が書かれていた。
「白地のカード……これは?」
「し、知らない。誰かが勝手に入れたんだ!俺は知らない!」
更に机の中を調べると無記名の領収書が何枚か出てきた。日付をその時々に応じて書き込み会社に請求するつもりだったのだろう。
ただ領収書に金額が問題だ。出てきた領収書の金額はどれも数十万を下らない物で中には百万円を超えるものもある。
これは瑠玖院だけではなく会社の経理担当者も関わっていると見るべきだ。
海事が机をさらに調べていると部屋に慌ただしく部下の湖川が何かを掴み駆け込んできた。
「海事課長!瑠玖院のロッカーからこれが出ました!」
湖川が掴んでいる物は顔をすっぽりと覆うことの出来る覆面だった。あの防犯ビデオに映っていた覆面に間違いはない。
海事はそれらの証拠品を確認する覚悟を決め社長の方を見た。
「これは警察に連絡するしかないな。社長もいいですね?」
「……何と言う事だ。瑠玖院くんがこんなことをするなんて。警察か……聞けば時井くんの行方不明にも関わっているのだろう。当然の事だな。」
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警察では、IDカードや覆面、領収書が詳しく調べられた。
当初、IDカードについて“自分は知らない。他の者が勝手入れた。陥れられた。”と言っていたがカードからは瑠玖院の指紋しか出なかったことが決め手となった。
厳しい取り調べの中、更に瑠玖院が犯した罪が暴かれてゆく。
IDカードに書かれていた蔑称は”えろじじい”が時井だったことを除けば、他は全て“あけぼのダンジョン開発”を一身上の都合で辞めていった人間達だった。彼らの多くが探索課などの今までと違う職場に出向になり辞めていっている。
全て瑠玖院がダンジョンで罠にかけ会社をやめる様に仕向けたものだった。
その後、瑠玖院は三つの犯罪行為で書類送検された。
会社所有の宝箱を盗んだ“窃盗”
他の社員のIDカードを偽装した“私文書偽造”
宝箱を使い他人を害した“傷害”(残念ながら殺人未遂での立件は無理であった。)
それだけではなく瑠玖院の叔父の横領も発覚し瑠玖院の者はすべて“あけぼのダンジョン開発”から駆除された。
“あけぼのダンジョン開発”も無傷ではなく宝箱の管理責任で半月の業務停止。この事はニュース上に流れ世間の注目を受けたが次第に忘れ去られていった。




