想定外の事態
わしが手に持ったダガーから放たれた閃光の魔法は辺り一面を照らし人や物の影をくっきりと浮かび上がらせた。
閃光の魔法は滅びの言葉だったらしい。建物の内部から連中の悲鳴が聞こえた。
「うぎゃぁあああああ!目が!目が!」
「ミエナイ!ミエナイぃぃぃ!」
「誰かいないのか!我を助けよ!助けよ!」
「迎撃用の闇精霊がっ!」
連中は突然の光で一時的に視力を失い浮足立っているようだ。先程からの声で建物内部が右往左往しているのが判る。
「どうやら必要以上に浮足立っているようですね。簡単に制圧できそうですが……。予定では砲撃を行う手はずですが……時井殿どの様に考えますか?」
確かに松雪さんの言う通り、ここまで効果があるとは考えてはいなかった。しかし、浮足立っているとは言え赤脛巾団は一応騎士団の末端組織でもある。無力化させないと反撃を受ける可能性が高い。
そうなると制圧する人数の少ないこちら側が不利になるだろう。
「予定通り砲撃を行いましょう。何、柱の一つでも壊れれば建物が傾き寮上も出来ないでしょうから。それに繭は……例えば建物が崩壊しても傷一つつけることは出来ないので問題はないと思います。」
実際、繭はかなり強固な防御呪文だ。それこそダイナマイトで吹き飛ばされても傷一つつかないだろう。
「判った。予定通り砲撃で建物を傾かせよう。時井殿頼みます。」
「了解。」
わしも松雪さんは砲撃と言っているが正確には砲撃ではない。”パイルバンカー”要は建物に対する杭打ちだ。杭打ちなので当然砲弾が飛んでゆくことはない。
したがって射線を気にする必要はなく安全なものである。
と、このときはそう思っていた。
「パイルバンカー射出用意。魔力充填開始!」
わしがパイルバンカーのグリップを握り魔力を充填する。グリップから充填された魔力は魔力回路を通り強力な磁界を発生させる。
「パイルバンカー射出!」
わしが引き金を引くと電磁コイルで加速された特殊金属製の杭が猛烈な勢いで射出された。射出と同時に装輪装甲車が大きく前に傾き何かが壊れる破砕音と何かが引きちぎられる破断音が響く。
その破断音が響いた途端、装輪装甲車は後ろに傾いた。パイルバンカーの射出と同時に装輪装甲車が大きく前後に揺れた格好だ。
「何だ?すごい揺れだ……。破砕音も連続して響いた気がしたが……。」
パイルバンカーが柱を砕いた影響で砂埃が舞う中、わしは目を凝らしてパイルバンカーの後を確認する。
「……トキイ殿……建物に孔が空いているような気がするのですが?」
「空いていますね。」
「それに向こう側の景色が見えたような気がします。」
ブリストルさんの言う通りパイルバンカーは建物の柱を粉砕しただけではなく続く向こう側にあった柱も粉砕している。
いた、向こう側だけではない。パイルバンカーの射線上のすべての物が粉砕されて向こう側まで見通せるようになっていた。
「な、何だ!今の轟音は!」
「お、おい!この部屋なにかおかしいぞ?」
先ほどまで目が見えなくなっていた上の階の連中が音を聞いて更に騒ぎ始める。それと同時に建物がゆっくりと傾いてきた。
「不味い。巻き込まれるかもしれない!全速後退!」
わしはパイルバンカーのグリップを装輪装甲車の操縦桿に持ち替えギアを後ろに入れると同時にアクセルを思いっきり踏みこむ。
装輪装甲車は甲高いスキール音を立てて大きく後退する。その眼前で建物が大きくゆらぎ轟音を立てながら横倒しになった。
建物の大部分が倒れたためか先ほどとは比べ物にならない程の砂埃が舞ってなかなか視認できない。
砂埃の向こうから何やら不気味なうめき声が複数聞こえてくる。
「流石にこの砂埃の中、ハッチを開けたくないなぁ……。」
隣に座る松雪さんの方を見ると同意するように頷いていた。
「と言っても、先ほどの閃光の効果が薄くなって辺りが暗くなっています。」
光の魔法なら問題は無いだろう。それに少し上空へ出せばいいだけだ。
「光あれ!ライト!」
わしが構えたダガーの先から大きな光球が上空へ向かって進んでゆく。建物の上辺りに達するとさらに輝きを増し辺りを照らし始めた。
「よし!今度は眩しくない。成功だ!」
わしは思わずガッツポーズをする。ダガーに注入する魔力を押さえた結果、丁度良い大きさの灯りが出来たのだ。
その後しばらくして砂埃が収まり倒壊した建物がはっきり見えるようになった。
砂埃の向こうから聞えてきたうめき声は建物の瓦礫の下になった赤脛巾団の連中の声だった。
「……丁度いいですね。このままにしておきましょう。」
松雪さんの言葉を聞いて一同は頷く。わしらの第一の目的は繭の回収であり、赤脛巾団を捕縛するのは回収してからの事なのだ。
わしらが崩れた建物の奥の方へ目を向けると大きな白い繭が瓦礫の隙間から顔をのぞかせていた。
 




