いつもとは違う世界
ここは異世界かもしれない。
そう考えるといつもの見慣れた町並みも違ったものに見えてくる……いや、実際微妙に違う気がする。
はて?
いま一度確認してみよう。
日本橋にダンジョンが出現したことにより周辺の店が大きく変わった。
オタロードのフィギュアの専門店やメイド喫茶だった場所は探索者用の装備を売る店に変わった。
電気街の店も探索者用の装備や魔石を使った道具を扱うようになった。
日本橋ダンジョン近くには“堺筋通”と言う車が通ることのできる道があったがダンジョンが出現したことで車両通行が禁止された。何でも探索者が近くまで車で乗り付けて(ダンジョンが出現した場所は駐車場だった。)不法駐車が多かった為らしい。
日本橋ダンジョンは政府が周辺の土地ごと買い上げた後、ダンジョンと合わせ様に灰色の石畳に変えられている。
ダンジョンの周りをゆっくりと眺めてみる。
入り口近くには探索者協会のビルが建ち、その向かい側には探索者専門の店が並ぶ。いつもの電気店の店先には魔石を利用した道具が以前より多く並べられているようだ。
この近くにもあったアニメやフィギュアの専門店の多くは別の店になっていたが一、二軒は残っていた。
店先には戦国武将を美形化した大型のポスターが張られ……?
何だ、あの武将は?見たことがない武将がいるぞ?でもえらくガタイがいい武将がポスターの中心にいる……。六文銭をつけているのは真田とわかるが誰だ?
そういえばその周りにいる武将連中も見たことがある気がするが……丸に三つ柏紋ってだれだったか?それほど詳しくないのでわからない。
ブリストルさんに聞いてみようか?いや駄目だ。わし自身、戦国武将には詳しくない。“あれば武将の○○です。“と言われてもそれが正しいかの判断はできない。
それよりも単純な物の方が良いだろう。例えばダンジョンの名前はどうだろうか?
日本のダンジョンの入口にはダンジョン名の書かれたプレートが定礎の様に埋め込まれている。
「おや、トキイ殿。どちらへ?」
「ちょっとダンジョンで気になることがあって……」
「ニホンバシダンジョンで気になることですか……」
ブリストルさんの妙に言い方が気になるが日本橋で間違いないようだ。
でも一応確認はした方が良いだろう。そう思ってダンジョンの入口に近づき名前を確認する。
<二本橋ダンジョン>
<出現:平成二十一年(皇紀2681年)>
(名前が違う?いやこれは東京の日本橋の名前の由来と言われるものだ。それに皇紀ってなんだ?)
似ているようで違うといった訳の判らない状態に頭が混乱する。
そこへブリストルさんの何気ない言葉が飛び込んできた。
「あ、大型ポスターが新しくなっているわ。今回はヒデヨリか、流石トヨトミ治世の基礎を築いた名君、貫禄あるわねぇ」
間違いない。ここは異世界だ。
わしがいた世界では豊臣家は家康によって滅亡した。だから豊臣治世なんてありえない。
あまりの出来事にわしは二三歩ダンジョンの方へ後ずさりした。
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異世界交差点事務所の中ではアンダンテとフォルテがアレグロット監察官の前で子らからの事を考えたのか顔を青くして縮こまっていた。
「転移の設定ミスでひとつ上の階層に送るのだが罠自体が出ないはずの一階で使われたためオーバーフローを起こし最下層へ転移させたと……。ふむ?それでやってきた人間を保護する目的で強化を使った。まぁ、転移の設定ミスは問題だが強化は仕方がない。しかし問題はその効果の長さだな。千年か……」
「は、はい……」
アレグロット監察官はフォルテの方へ目を向けた。アレグロットは確認の意味で見ただけなのだが、フォルテからすれば鋭い目つきで睨まれたように思えた。
「そして、強化された魔力を元に元の世界を判断し、送り返したと」
「は、はい」
今度はアンダンテの方へ目を向けた。アンダンテもフォルテと同じように蛇に睨まれた蛙の様な面持ちになっていた。
アレグロットは軽くため息をつくと事務所の端末を操作し始めた。
「やれやれ。仕方ありませんね。今回の件は私が対処しましょう。幸い……おや?」
端末の画面にはダンジョン内の状況が映っているが、その中でトキイの現在位置は表示されていなかった。
「死亡した?いや、死亡した場合でもしばらくはその場に表示が残る。これはダンジョンを脱出したか?」
事実、この時点で時井はダンジョンを脱出していた。だが次の瞬間、端末の画面にトキイの座標が表示される。
(これはダンジョンの入口か!何らかの事情で足を入れただけかもしれない。)
そう考えた後のアレグロットの行動は早かった。
「時間変移加速100倍、転移、弱体化、転移、解呪」
まず自分の時間の流れを100倍に早める。そして早めた時間の中で転移を使いダンジョンの入口へ。
そこで見つけた時井に弱体呪文を使い再び転移でこの場所に戻ってきた。
加速してからの時間は僅か0.4秒。瞬きするほどの時間である。
「何とかなったな。弱体化の効果時間も千年で強化とはわずかに時間差があるが誤差の範囲だろう」
「弱体化?解呪ではなくて?」
アレグロットの使った呪文を聞いたフォルテがなぜ弱体化を使ったのか尋ねる。
「ああ、簡単なことだ。我々が解呪を使った場合、ほぼ全ての魔法効果が解呪される。それだけではなく周囲の魔法的物品も対象になる。だから個人を目標にした弱体化にしたのだ」
「なるほど」
「まぁ強化と同じ値を弱体化させれば同じことだろう」
だが、この弱体化の呪文が別の効果をもたらすとは事務所の誰も思いつかなかった。




